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    yasumisan_

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    yasumisan_

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    推古天皇の治世のとある春。
    山背国相楽で、初めての仏塔が建立された。
    願主はかつて、蘇我馬子のもとで通事を務めた子麻呂という老人。
    彼は、先立たれた義理の弟を偲びながら此処に寺をつくった。
    義弟の名は、東漢坂上直駒。
    彼はかつて、子麻呂が初めて通事を務めた、未知の国から来た使者の大使であった.......

    #歴史創作
    historicalCreation
    #歴創
    successiveEmperors
    #飛鳥時代
    asukaPeriod
    #古墳時代

    高麗の遣使 プロローグ:立柱 梅の花が散る丘の上に、村人達が集まっていた。彼らの視線の先は、綱で結ばれた方形の柱である。
    「ソオレ! ソオレ!」
     白衣びゃくえの男たちが、太鼓の音に合わせて声を張り、一斉に綱を引くと、柱はゆっくりと礎石の上で起き上がっていく。やがて、ズシリと重い音とともに、柱は晴天を衝かんとばかりに真っ直ぐそびえ立った。
     それを見守っていた村人は、わあっと歓声をあげ、皆一同に拍手を送った。
     この日、相楽さがらか(註:京都府木津川市)の地で初めて、仏塔が建てられたのである。
     簡素ではあるものの、美しく、力強い塔であった。
     
     時は推古すいこ天皇の御世みよ。天皇のみことのりにより、臣下の者達は自らの氏族うじぞくの威信にかけ、競って寺を建てだした。
     この時代、大半の民衆はまだ仏教というものに馴染みがなかったが、此処、相楽では少し事情が違っていた。
     というのも、この地には朝鮮半島から渡来した人々が集住しており、彼らの中には、仏を拝める日を心待ちにしていた者も、少なくなかったのである。
     しかし、後に『高麗寺こまでら』と呼ばれるこの寺に、金堂や講堂といった伽藍がらんが整うのは、あと半世紀ばかり待たなければならない。
     今はまだ、南には弥勒菩薩みろくぼさつを祀る堀立の小堂、東には心柱しんちゅうだけの仏塔、北の離れには僧房そうぼうと思しき居館が、輪韓河わからかわ(註:木津川)を望む北岸の台地にひっそりと佇むだけである。
     この時、本格的な伽藍を有する寺は、皇族か、大臣おおおみ蘇我馬子そがのうまこのそれ位で、多くはこのような草庵に過ぎなかった。
     
     塔の前で、高句麗コグリョから来た僧が法要を営む。その後ろで列立するのは、白髭を蓄えた老人と、彼の家族である。
     老人は、鞍作村主くらつくりのすぐり子麻呂こまろといった。他ならぬ、この寺の願主である。
     彼は以前、東漢坂上直やまとのあやさかのうえのあたい子麻呂と名乗り、通訳、接待役として蘇我馬子に仕えていた、渡来人の一人である。
     子麻呂はゆっくりと息を吐き、目を細めながら居館を見た。
     昔、高句麗から初めて公的な使者が来着した際、子麻呂は通訳として彼らの対応に当たった。
     その使者が滞在していた地こそ、この相楽であり、彼らの宿泊施設として建てられた『高楲館こまひのむろつみ』があった場所が、あの居館なのである。
    こまよ、見てるか。 やっと、吾らの寺ができるぞ……』
     そう子麻呂は心中で呟き、ちらりと家族に横目を流した。皆、静かに手を合わせ、儀式を見守っている。この寺は、家族全員の宿願であった。
     やがて僧が読経を終え、子麻呂達に向き直ると、子麻呂は前に進みでて、深々と一礼した。
    立柱りっちゅうのお勤め、ありがとうございます。 曇徴どんちょう様」
    「いやいや、お顔を上げてくだされ、子麻呂様。 このような縁に感謝を申し上げるのは、拙僧のほうです」
     子麻呂の低い物腰に、曇徴は少し戸惑いを覚えた。
    「この地は画工えたくみが多いと聞いておりましたので、てっきり、いつものように顔料や紙墨の技法を教えるために呼ばれたのかと。 よもや、祖国の遣使が訪れた場所に寺を建てる大役を仰せつかるとは思いませなんだ」 
     曇徴は照れくさそうに言いながら、子麻呂に会釈をした。
     彼の気負わず、はきはきとした姿勢が、子麻呂には心地よく、自然と口角も緩くなった。
    「勿体のう御言葉です。 此処は、吾と義弟おとうとの思い出の場所であります故」
    「そう、それです。 初めて聞いた時は驚きました」
     曇徴は深い相槌を打った。
    「あの一件は、拙僧も噂には聞いております。 しかし、大使の高磐コパン様が倭国に帰化し、子麻呂様と兄弟の契りを交わしていたとは……」
    「ええ。 東漢坂上直こま。 それが、この地での彼の名です」
     そう言うと、子麻呂は塔に目をやり、儚いため息とともに言葉をこぼした。
    「あれは出会った時から、一人で無茶をする男でした……」
     物憂げな子麻呂に、曇徴はただならぬ事情を察した。
     だが同時に、自分が風聞でしか知らない件について、本当は此処で何があったのかを、子麻呂自身から聞かなければならぬとも考えた。
     曇徴は意を決し、子麻呂の瞳をまっすぐに捉えながら、奥ゆかしく尋ねた。
    「……良ければ、お二人の出会い、詳しく聞かせて願えませぬか。 この寺に関わる者として、同郷の者としても、本当の事を知らずに過ごすことはできませぬ。 それに、拙僧が聞き手であれば、子麻呂様の御心も、少しは軽くなりましょう」
     曇徴の情け深い言葉に、子麻呂は目頭が熱くなるのを、唇を噛み締め堪えた。
    かたじけない。 老人の思い出話ですが、聞いていただけますか」
    「ええ、ええ。 勿論です」
    「では、あの館で、夕餉でも食べながらお話しましょう」
     子麻呂は家族と共に、曇徴を北の居館へと招いた。
     館の茅葺き屋根は、砂金を散らしたように陽光を照り返しいる。
     ふと西を見ると、沈む夕日が、生駒の山際を黄金色になぞっていた。
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