Scoutが食事を終え立ち上がった時、食堂の入り口には人だかりができていた。
人だかりを覗き込むと、数名のオペレーターが足元のコンテナから細長い缶を取り出して周囲に配っている。鮮やかな色とわかりやすいイラストの入った細長い缶を受け取った面々は嬉しそうに彼らに礼を告げ、めいめい足取り軽く去っていく。それらの背中を見送りながら、適当なひとつに並んだScoutは缶を手渡してくれた男に話しかけた。
「昨日のミーティングで言ってた特別な支給品か」
「ああ、調達部門が期限切れを押し付けられたというのが真相だが、味は悪くなっていないし栄養的にも特に問題はない」
できるだけ穏やかな口調で話しかけると――というのもScoutは自身の長躯と様相が威圧感を与えることを十分に承知していたからなのだが――小柄な白衣の男は一瞬目を見開き、にこりと人当たりの良い笑顔で流れるように答えてくれた。もう何度も同じことを答えているのだろう口調はなめらかで、しかし特に妙な様子などないはずの目の前の男のことが少しだけ意識に引っかる。
「いちおう、腹痛を起こしたら医療部までご一報を」
「まだだいぶん残ってるようだが手伝いはいるか?」
「いいや、お忙しい隊長さんにこんなこと手伝わせられないよ、お気持ちだけもらっておこう」
ひょろりとした細い腕はコンテナを移動させるのさえひと苦労なようだった。だからつい出てしまった申し出だったのだが、男は先ほどと全く同じ笑顔のままあっさりと断り、ひらりと手を振った。
「では、今日も任務を頑張ってくれ。よい一日を」
「ああ、よい一日を」
にべもなく、とはこういうことを言うのだろう。だが妙に引っかかる心とは別にScoutの気分は良かった。片手に持ったままの缶ジュースはなんとなく飲む気になれず、そのまま新しく与えられたばかりの自分のデスクの上に。そのままフォーマットが新しくなった報告書と格闘していると、背後から聞きなれた同僚の声が聞こえた。
「やっぱりお前さんもドクターからもらったのか」
「…………は?」
振り返ると、同じ缶を持ったAceがニヤニヤとこちらを肘でつついてくる。だがそんなことよりも今さっき聞こえた内容である。愕然としたままのScoutに対して追い打ちをかけるように、Aceは言葉を続けた。
「食堂だろ? その味のやつ配ってたのドクターじゃねぇか」
「嘘だろ!?」
「嘘ついてどうするんだよ、こんなことで。って、お前本当に気付いてなかったのか。声は毎日聞いてるだろ」
「だってフードもフェイスシールドも着けてなかったし……」
「そりゃ、ドクターだって外すときはあるだろ。艦内なんだし」
呆れ顔のAceに返す言葉がない。まさか、そんな。だがそれよりも問題なのは。
「どんな顔だったか思い出せん……」
「おいおい、そこまで凹まなくてもいいだろ? 今度飲みに行ったときにでも見せてもらえよ」
「あの人にそんなこと頼めるのお前くらいだよ」
「そうかぁ? 普通に見せてくれたぜ」
「……今度あの人と飲みに行くとき誘ってくれ。一杯奢るから」
いいぜ! と朗らかに答える同僚に感謝を伝えながら、Scoutはもう一度偵察訓練を受け直すべきかどうかと必要書類について考え始めたのだった。