風の生まれた日のこと「それで、お前の誕生日はいつなんだ」
「私の?」
エンカクの誕生日についてはあれだけぎゃあぎゃあと大騒ぎした癖に、自身について聞かれた途端にきょとんと首をかしげてみせる。てっきりさあ自分の誕生日も、と強請られるものだとばかり思っていたエンカクは肩透かしを食らった気分であったのだが、当の本人はといえば至極どうでも良さそうな顔のまま、あっさりと口を開いた。
「ああ、書類上は確か」
そうして告げられたのは約一か月ほど先の日付だったが、その声にはただの数字を読み上げている以上の感情は乗っておらず、ともすれば敵の残数をカウントしているときのほうがよほど人間味のある声をしているほどだった。
「だってね、私記憶喪失なんだよ……あ、その顔はまだ疑ってるな、本当に何も覚えてないんだってば。だからそんな覚えてもいないものに思い入れを持てと言われてもね」
あ、パスワードには使ってないから聞き出しても無駄だよと話題を逸らそうとする男に、知らずエンカクの眉間にしわが刻まれる。目の前の男には時々こういうところがある。自身を軽んじているわけではないだろうが、単純に最悪の棚上げをしてみせるのだ。否、彼は誰にも期待などしていないだけだ。誰かが彼に相応のものを与えられるなど、最初からこの男は期待などしていない。その醜悪な貪欲さを自覚も出来ていない男に、エンカクはうっすらと唇に笑みを刷いて言った。
「覚悟しておけ」
「えぇー! こういうときって楽しみにしてろって言うものじゃないの」
「どうしてお前を楽しませる必要がある」
「私はちゃんとお祝いしたのに!」
エンカクがこの男に与えられるものなど何もない。ありもしないものを求められても困るのだが、目の前の男は酷いだの何だのと意味のわからないことをわめきたてている。その次から次へとまあよくも途切れずに出てくるものだという他愛のない罵詈雑言の嵐を右から左に聞き流しながら、この声音のほうが遥かにマシだなと思ってしまった自分を、エンカクは低く嘲笑ったのだった。