千代古齢糖見聞録全寮制男子高、旭七学園。
俺、模部(モブ)徹男は高二の終わりに次期寮長に指名され、高三の春を迎えた。
今年は入学前から話題になっている新入生がふたりもいて、俺はそんな時に寮長に選ばれた事を呪った。
というのは……。
「模部くん、ちょっといいかな」
「は、はい、鯉登先生。俺に何かご用ですか?」
新入生の入寮を来週に控えた後期の修了式。
俺は体育教師の鯉登平之丞先生に呼び止められ、話があるから進路指導室で話そうと持ちかけられる。
鯉登先生は特徴的な眉をした、背が高く色白の俗に言うイケメンの部類に入るルックスで、優しくて穏やかな人柄で知られる人気のある先生のうちのひとりだ。
ご実家は世界的にも知られている海運会社、鯉登商船であり、国会議員である俺の父親とも親交があるとかないとか。
(俺にはどうでもいい話なので覚えていない)
そんな先生が放課後に俺を呼び出して何の用かと思いながら進路指導室に向かうと、先生は突然俺に土下座して、
「頼む!弟を…音を見守っちょってくれんか」
と言った。
「え!?弟!?!?」
俺が混乱していると、鯉登先生は俺に先生の弟が入学してくる事を教えてくれた。
「こうゆともないだが、音は天使かち思うくれむぞうてな、悪か虫がつかんか心配で心配でたまらんのじゃ」
と、先生は恐らく日本語と思われる言葉を早口で、かなり切羽詰まった顔をして言ってくる。
その勢いに押されて、俺はよく分からなかったが分かりましたと答えてしまった。
鯉登先生は俺の言葉で安心したらしく、
「本当にありがとう、よろしく頼む」
と落ち着いた様子で言ってすぐに俺を解放してくれた。
さて、午後から部活もある事だし急いで寮に帰ろう。
そう思いながら足早に玄関に向かっていると、今度は校長の花沢先生に声を掛けられる。
「良かった、君を探していたんだよ、模部君」
そう言って校長室で話を聞く事になった俺は、そこでも校長先生から土下座され、
「頼む、息子を…勇作の事を見守っていてくれないか」
と言われた。
「校長先生、止めて下さい。俺が出来る事なんてたかが知れてる事、ご存知の筈ですよ?」
実は去年も同じ事をされている俺だったりする。
校長先生は女遊びが派手だった時代があった様で、去年は今でも寵愛しているという愛人との間に生まれた尾形百之助という生徒の見張りを俺に頼んできた。
尾形は俺と同じバレーボール部に所属しているのだが、中学時代、全国大会にも出場した経験があって入部してきた時は校長の隠し子という事よりは期待の新人という事で注目されていた。
口数が少なくあまり人と関わりたくない、という雰囲気を出している尾形とはとても親しい関係にはなっていないが、同じ部活という事も手伝って校長に様子を聞かれても答えられるくらいの間柄にはなっていた。
「いやいや、君は良くやってくれていると思っているから引き続き頼もうと思ったんだよ、模部君」
「はぁ……」
それから、校長先生はこれから入学してくるもうひとりの息子、本妻との間の子である花沢勇作について話し始めた。
彼もバレーボールをやっていて尾形同様全国大会に出場経験のある人物という事で、入学したらバレーボール部に所属するという話と、異母兄弟の兄…尾形の事をかなり慕っているらしく、
「勇作が事を起こさないか不安だからよろしく頼む」
と、よく分からない事を言われた。
事を起こす!?
それって兄貴を襲わないかという事か!?
っていうか愛人の子と本妻の子を自分の学校に通わせる事にしたその神経がまず分からない、と俺は思ったが言える訳がなかった。
そんなモヤモヤを抱えながら迎えた新入生の入寮の日の夜。
その日は歓迎会という事で、寮生全員が集まり新入生はひとりひとり自己紹介をしていった。
「今日からお世話になります、鯉登音之進です。入学したらサッカー部に所属します。よろしくお願いいたします」
クールな印象を受けた鯉登先生の弟は、先生と同じように背が高く特徴的な眉をしているが肌の色は先生とは違って浅黒く、先生とはあまり似ていないがなかなかのイケメンに見えた。
「初めまして、花沢勇作と申します。入学したらバレーボール部に所属します。よろしくお願いいたします」
一方、校長先生のもうひとりの息子は尾形と全く似ていないが爽やかイケメン、という印象を受けた。
男しかいない閉鎖的な空間の中で彼らはたちまちアイドル的な存在となり、奇しくもルームメイトになったふたりの部屋の前の廊下には連日様子を見に来る輩が続出し、俺は面倒臭い事に巻き込まれてしまったと思ったが、頼まれた以上はそれなりにやらなければと、持って生まれた正義感の下で高校生活最後の年を迎える事になった。
それからの俺は、学業とバレーボール部の副主将を務める傍らで寮長として寮での生活を少しでも良い環境にするべく同級生や後輩たちの様子を気にかける毎日を送っていた。
「モブ先輩、ちょっとお話が……」
そんなある日、二年生で尾形と同室の宇佐美時重が俺の部屋を尋ねてきた。
宇佐美は一般家庭出身であるものの柔道の腕前が立ち、オリンピック強化選手にも選ばれている人物なのだが、そんな才能を引き出してくれた顧問であり教頭兼社会科担当でもある鶴見先生にかなり熱を上げていた。
「どうした?顔色があまり良くないように見えるが…」
「先輩、何とかしてください!!部屋に一年の花沢が毎日毎日来て百之助とキャッキャウフフしてて勉強に集中出来ないんです!!!」
「そ、そうなのか……」
花沢が部屋を出ていく姿はかなりの頻度で見かけてはいたが、まさかそんな事になっているなんて。
てっきり部屋の前を彷徨く輩から逃げているのかと思っていた。
くそっ、俺の読みが甘かった。
「先輩の部屋、ふたり部屋じゃないですか!お願いですからここに置いてください!!このままじゃ柔道にも支障が出そうで、結果が残せなくなったらボク、鶴見先生に嫌われてしまいます……」
と言って、宇佐美は今にも泣き出しそうな顔をしながら俺に詰め寄ってくる。
「……分かった。ふたりに事情を聞いてみるが、とりあえず今日は向こうの空いているベッドで休んでくれ」
「ありがとうございます、模部先輩」
勢いに流された俺は、宇佐美の要望を受け入れてしまった。
まずは宇佐美の言っている事が本当なのか確かめなければ、と思い、俺は宇佐美を部屋に残すと宇佐美と尾形の部屋に向かった。
「失礼する、寮長の模部だ…」
ノックをしてからドアを開けると、そこには花沢にバックハグされながらタブレットを見ている尾形がいた。
「お、お前たち何やってるんだ!?」
校長先生が危惧している通りになったと思ってしまったら、つい声がひっくり返ってしまった。
「英語のリスニングの勉強の為に海外のドキュメンタリー映画を一緒に観ているだけですが、それが何か?」
花沢は俺に見られているというのに、恥じらう事も兄である尾形から離れる事もなく、不思議そうな顔でこちらを見ながら尋ねてくる。
「い、一緒に映画を観るだけがどうしてそんな体勢なんだ」
「これは兄様がお部屋が寒いと仰るので寒くないようにしているのです」
「先輩の部屋は暖かいかもしれませんが、俺たちの部屋は寒いんですよ」
悪びれる様子を全く見せないふたりに、段々腹が立ってきた。
「俺たちって、そこはお前たちの部屋ではないだろう。お前たちのせいで宇佐美が困っているんだぞ」
「それなら俺だって困っていますよ。宇佐美が一年の時から毎晩毎晩、起きてるのか寝言なのか知りませんが鶴見先生、鶴見先生って妙な息遣いしながら言ってるんですから」
「なん……だと…!?」
少し荒めのトーンになってしまった俺に対し、尾形は落ち着いた様子で言葉を返してくる。
「俺の言う事が信じられないのなら、今夜先輩の部屋に宇佐美を泊まらせて確かめるといい」
そう言って、尾形は勉強があるのでもう良いですかと俺に出ていくよう促してきた。
部屋替えするしかないのかと思いながら部屋に戻ると、荒い息遣いが聞こえてきた。
「あぁッ、鶴見先生……ッ……!!!」
「!!!!」
これか。
尾形が言っていたのは。
翌日、宇佐美の声が耳から離れずほぼ一睡も出来なかった俺は寮母に生徒間でトラブルがあったので宇佐美が俺の部屋、尾形と花沢を同室にして俺が鯉登と同室にしたいと伝え、了承を得た。
「わぁ、個室なんてラッキー!先輩、ありがとうございます!!これで今日からぐっすり寝られます」
個室になった宇佐美はその後の大会で優勝し、全国大会でも準優勝に輝く活躍ぶりを見せ、鶴見先生に沢山褒められたと嬉しそうに俺に語り、俺へ絶大な信頼を寄せてくれるようになったのだが、俺はあの声を思い出してしまうのであまり関わりたくないと思っている。
宇佐美と尾形、そして花沢を巡る同室問題から数日。
トラブルの事は詳しく言わなかったが、その事を鯉登先生に報告すると、先生はとても嬉しそうな顔をして、
「音の様子を撮れたら送って欲しい」
と、俺にメールアドレスを教えてきた。
「……分かりました」
何で俺が、と思ったが、言える訳がなかった。
俺が同室になった事により、それまでいた、廊下を彷徨く輩は少なくなった。
ルームメイトが同級生から先輩になった事を鯉登は気にしていない様子で、机に向かっている事がほとんどで勉強熱心な様子だった。
そんな様子を兄である鯉登先生に報告しては画像は撮れないのかと催促される日々だったが、ある日学校内にあるサッカーグラウンドで練習試合があり、自分は顧問を務めている剣道部の大会があって応援に行けないので代わりに鯉登の写真を撮ってきて欲しいと頼まれ、俺は先生から言われた試合開始時間に合わせてサッカーグラウンドに向かった。
「キャー!!!鯉登くーん!!!」
「がんばってー!!!」
そこには他校の女子高生が大勢いて、鯉登に声援を送っていた。
ここでも大人気なのか、鯉登は。
と思って鯉登を見ると、女の子たちの盛り上がりなど我関せずと言ったよく見るスンとした表情を浮かべていた。
試合が始まると、俺は全体の様子を撮っているように見せかけつつ、鯉登を撮影していた。
一年ながらスタメンフル出場していた鯉登。
いいアシストをしたりシュートを決めたりと活躍しているように見えた。
先輩相手にタメ口で適切と思われる指示を叫んでいる姿はいつものクールな鯉登とは違っていて、そんな姿も動画撮影も出来た。
そして、もうひとつ。
ハーフタイムの時、鯉登は今まで見た事のない顔を見せた。
「月島ぁ、どうだ?今日の私の活躍ぶりは」
「月島先生だと何度言えば分かるんだ、鯉登」
サッカー部の副顧問で英語と生徒指導を担当している月島先生。
見た目は少し強面で厳しい先生だが、生徒思いのところもあって俺はいい先生だと思っている。
「なぁ、私が今日の試合でハットトリック出来たら次の休みの日に動物園に連れて行ってくれ」
「……平之丞が承知したらな……」
先生と話している時の鯉登はとても嬉しそうでイキイキしているように見えた。
そんな様子も撮影し、先生に送信した。
試合は五対一で勝利し、鯉登はハットトリックを決めていた。
「やったぞ、月島ぁ!!」
女の子たちからの歓声には一切応えず、大声で月島先生の名前を叫びながら先生に抱きつく鯉登。
「…………」
先生の方が鯉登より背が低く小柄なのだが、先生は抱きついてきた鯉登を少し持ち上げて背中をポンポンと叩いていた。
その様子も撮影出来たので鯉登先生に送信した。
その日の夜。
「ただいま戻りました」
「おかえり」
俺は試合後すぐに寮に戻ったが、鯉登は夕飯の時間にも現れず消灯時間の少し前に戻ってきた。
「先輩、今日試合見に来てましたよね?」
「あ、あぁ、クラスメイトに見に来いと言われたから行ったんだ」
「そうですか」
鯉登の言葉に咄嗟に嘘をついてしまったが、信じてもらえた様だ。
「鯉登、ハットトリック決めてたりして凄かったな!脚も速くて相手チームの選手、追いつけてなかったし」
「……ありがとうございます」
鯉登はいつものクールな様子で俺に言った。
やはり、あんな態度は月島先生じゃないとしないんだと思うと、もしかして鯉登は月島先生の事が好きなのかと邪推してしまった。
翌日の放課後、俺は鯉登先生に呼び出されて体育教官室に来た。
「昨日はありがとう。動画まで撮ってくれた事、心から感謝している」
先生はニコニコしながらほんの気持ちだと言って金色に輝く高そうな箱を渡してきた。
「音と一緒に食べてくれ。音が好きなクッキーなんだ」
「あ、ありがとうございます……」
これ、俺ってより鯉登へのプレゼントじゃないか、と思ったが、俺は笑顔で受け取った。
「少し聞きたいのだが、音は基とどのくらいの時間ああしていたんだ?」
「えっ!?」
基って誰だろうと思っていたら、先生はひとりでベラベラと話し始める。
「基と私は幼馴染であり竹馬の友でもあるのだが、音は小さい頃から基がお気に入りでいくつになっても基にべったりなんだ。まぁ、基は音の事を私の弟だと思っているだけだろうからどこの馬の骨か分からない男女と比べたら……」
「…………」
話を聞いていて、もしかして月島先生の事かと思ったが、俺は部活もあったし聞くと更に面倒臭い事になると思ったので聞かなかった。
それから。
高校生活最後の大会を終え、受験戦争に突入したものの、辛くもAO入試で合格し、年内に決着がついた俺。
次期寮長への引き継ぎを終えたものの、鯉登との同室は卒業まで変わることがなかった為、鯉登先生とのやりとりは続いていた。
そんな中迎えた、学生生活最後のバレンタイン。
旭七学園ではこの日、何故か日頃の感謝を伝える日としてお菓子をプレゼントする事が許されていて、購買でもそれ用のラッピングされたお菓子が売られているくらいだった。
また、この日の一年生は必ず調理実習の時間が
あり、クッキーを作ってお世話になっている先輩や先生にプレゼントする、というのが恒例となっていた。
「模部センパイ、いつもありがとうございます!これ、良かったら食べてください!!」
「あぁ、ありがとう。俺もこれ、良かったら」
「わぁ!ありがとうございます!!」
俺も次期寮長からお菓子を貰い、用意していたお菓子をプレゼントする。
昼休みの時間帯はこんな状況があちこちで見られた。
「アシㇼパ先生!!」
「先生、いつもありがとうございます、受け取ってください!!」
「おぉ、済まないな、ありがたく頂くよ」
家庭科担当で弓道部顧問でもある校内唯一の女性教師、アシㇼパ先生。
男勝りな先生はファンも多く、昨年ホッケー選手と結婚したというニュースには悲しんだ奴も多かったが、今年も多くのお菓子を抱えて歩いている姿を見かけた。
「鶴見先生!!」
「先生、受け取って下さい!!」
「ははは、ありがとう、頂戴するよ」
アシㇼパ先生ほどではないが鶴見先生も例年通りなかなかの人気ぶりだ。
……ん?何やら殺気を感じる。
そう思って振り向くと、鶴見先生を囲む生徒たちを物凄い顔で睨む宇佐美の姿があり、手にはうさぎの形をした紙袋を持っていた。
「ひぃッ!?」
その形相にビビった俺は、一目散にその場を離れた。
階段をダッシュで駆け下りた俺を待っていたのは、あの忌々しい異母兄弟だった。
「兄様、いかがですか?」
「普通に美味いです」
「良かった!初めてのお菓子作りでしたが兄様を想って心を込めて作りました!!」
「そうですか……」
二年の教室のある廊下で仲睦まじい様子を見せているふたり。
「……俺からも」
「えっ!?兄様が私に!?」
「こないだの休みの時に親父に頼んで厨房を借りて作りました」
髪をかきあげた後、黄色い紙袋を花沢に渡す尾形。
「う、嬉しいです、兄様手作りのお菓子を頂けるなんて……!!!」
花沢は泣いているのか、少し声を震わせながら袋の中からカップケーキの入った袋を取り出すとすぐにひと口食べた。
「んんん、美味しい、美味しいです、兄様!!!こんなに美味しいケーキは生まれて初めてです!!!!」
花沢の大きな声が廊下に響き渡る。
横にいる尾形は声が大きいですよと言いながらも嬉しそうにしているように見えた。
……もういいか。
というか俺は何でこいつらの様子を見ていたんだろう。
俺もお世話になったバレー部の顧問やクラス担任にお菓子を届けに行かなければ。
俺はふたりを素通りすると一階にある職員室に向かった。
うちの学校の職員室はインターホンで先生を呼び、近くの廊下やロビーで話をする事になっているのだが、俺が職員室に到着するとロビーから鯉登先生の声が聞こえてきた。
「な、ないごてじゃ、ないごておいより基ん方がふて箱なんじゃ!?」
「兄さあ、ないで怒っちょい?兄さあより月島ん世話になっちょっで月島ん方が大きって当然じゃらせんか?」
「音、そんたちごっじゃろ。ちゅうか基、わいはないごて断らんど?」
「何故って……音からの気持ちを受け取らないなんて有り得ないだろ」
声のする方に行くと、ロビーの机とイスが用意されている場所に三人がいて、机の上には貰ったと思われるかなりの量のお菓子があった。
が、三人ともそれには目もくれず、鯉登先生は手に白い箱、月島先生はそれよりひとまわり大きな深緑色の箱を持っていて、そちらの方を見て話をしている様に見えた。
イスは机を挟んでふたりずつ座れるようになっているのだが、鯉登は月島先生の隣に座っていて、その距離はかなり近かった。
「月島ぁ、わいん為に特別に作らせたもんじゃでな、あたいん事を想いながら味おうてたもってくれ」
「あぁ、ありがとう」
「音ぉ、ないごておいじゃなくて基なんじゃ?小せ頃は兄さあとずっと一緒におって、兄さあがいっばんわっぜ好きってゆてくれちょったんに!!」
「兄さあ、いつん話しちょっど、あたいは月島がいっばんわっぜ好きってでぶ前からゆちょっじゃらせんか!!」
えっ、こんな所で兄弟喧嘩!?
だが何を話しているかさっぱり分からない。
誰が好きかって話をしているように聞こえるが。
「平之丞、落ち着け。ここは学校だぞ」
「落ち着くっわけなかじゃろ、おいんむぜむぜ音がおい以外ん事を好いちょっなんて信じよごたなか!!!」
「兄さあ、えーころ加減諦めてくれんか。あたいは月島が好いちょっど」
いつの間にか俺みたいに様子を見ている奴が増えてきていたが、三人はそれにも気づかず話し込んでいる。
俺は途中で自分の用事を思い出し、この場を離れた。
無事に目的を果たした俺はその後授業を受け、放課後を迎えていた。
「模部君」
寮に帰ろうとした時、校長先生に呼び止められた俺は校長室に通されていた。
「今日のふたりの様子はどうだったかね」
不定期に訪れる報告の時間。
校長先生は俺が卒業したら宇佐美に俺の代わりを頼んでいると、こないだ話していた。
「ふたりで仲良くお菓子を交換して食べていましたよ」
校長先生に頼まれているから様子を見続けてきたが、あのふたりは日を追う事に仲の良さがおかしな方向に向かっていると思う。
が、正直に言うと面倒くさい事になりそうなので黙っていた。
「そうか。わしに頼み事なんてほとんどしない百之助から自宅の厨房を借りたいと言われた時はどうするつもりなのかと思ったら、勇作の為に菓子を作っていたのか……」
しばらくの沈黙の後、校長先生は言った。
「……やはり認めるしかないのか……」
「???」
「あぁ、こちらの話だ。模部君、今まで世話になったな。これ、少ないがわしからの気持ちだ。受け取ってくれ」
「は、はぁ、ありがとうございます……」
そう言って、校長先生は赤い縦長の封筒くらいの大きさの箱を俺に渡してきた。
寮に帰宅して中身を開けると、そこには百万円分の小切手が入っていた。