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    3/17発行水ゲタ小説本「君に太陽は眩しすぎる」のサンプル

    【サンプル】君に太陽は眩しすぎる 月明りさえ届かない丑三つ時、仄暗い感情を抱きながら鬼太郎は布団の中で小さく丸まった。墓場で生まれ育った鬼太郎には馴染み深い夜が、まるで己を責め立てるかのようざわざわと騒いでいる。瞼を閉じれば闇が広がり、もうひとつの瞼を閉じれば静寂が広がる。真夜中の喧騒を遮るように瞳を閉じても、どうしてだか心の平穏は訪れてくれない。いつまで経っても騒ぎ続ける心臓の在処に辺りをつけて、鬼太郎はそこをぎゅうっと握った。鎮まらない血液がどくどくと身体を巡り、しまいには下腹部へと集中していく。
     いけない兆候だ。分かってはいるけれど、生理的な反応を止めることなど思春期の鬼太郎には難しい。止めようとしても思い浮かぶのは愛しいあの人のことばかり。養父のことを考えると、暗闇だったはずの目の奥がチカチカと煌めいた。眩しくてたまらない。夜半の布団の中だというのに、鬼太郎はその眩さに思わず瞳を歪めた。
     思春氏特有の潔癖さを持った鬼太郎は、どうしてもすんなりと下肢に手を伸ばすことができない。そうしてしまったら、いよいよ自分が惨めな存在になってしまうような気がしたからだ。夜は自分を自分たらしめ、そうしてこの身を守ってくれる安全地帯だったはずなのに。いつからか布団の中は自分を苛む憂鬱の園になってしまった。
     あの人のことを考えると胸が痛む。それだけならまだしも薄汚い欲望まで芽生えてくる。悔しい、そう悔しいのだ。何もできないくせに、一丁前に欲望ばかり芽生えてくる情けない自分が、ひどく惨めで仕方なかった。自分は欲情をぶつけて夢想に耽るだけの何かを行えているのだろうか、それに耐えうるだけの存在だろうか。そんなことを考えると、鬼太郎の精神はもうダメになるばかりであった。
     あなたは僕に、なんでも与えてくれるというのに。愛したとはいえ同じ雄としての格の違いを見せつけられると、鬼太郎の愛情はするすると解かれ卑屈の海に沈んでしまう。女としてあなたを簡単に愛せれば、ここまで苦しいことはなかったかもしれない。そんな意味のない思考しかできない自分に自己嫌悪しつつ、鬼太郎はいよいよ収まらないそれにそうっと手を伸ばした。嫌悪とは裏腹に、あなたを瞼の裏に浮かべると輝くように身体が悦ぶ。なんとも惨めで、墓場が似合いの自分にはふさわしい結末だ。
     情けない感情を飲み込みながら、鬼太郎は今日も行き場のない精を吐き出すのだった。

     車に轢かれた水たまりが、汚水を吐き出しながらきらりと光る。穢れに隠れている者にも、罪を犯した者にも、夜を生きる者にも、太陽の眩さは等しく降り注ぐのだろう。暗がりを好む虫が岩の下から引きずり出されるかのようなその光景に、鬼太郎は思わず目を伏せてしまった。どんな理由があろうとも、暗闇を生きる自分に真昼間の太陽は眩しすぎる。加えて都会の人混みが、より一層鬼太郎の精神を摩耗させた。先を歩く水木は、鬼太郎のことなど気にした様子もなく人の海をすいすいと泳いでいる。どうしたものかと思案する暇もなく、鬼太郎は懸命に足を動かして水木の背を追った。
     なにせ自分から行きたいと言い出したパーラーへと向かう道中である。男二人で赴くような場所ではないと渋る養父を説き伏せ、なんとか実現させた休日だった。なんでもかんでものらりくらりと受け入れてしまう養父が、嫌そうに表情を歪める様は実に愉快だった。
     ふと、水木はちらりと後ろに視線をやったかと思うと、ごくさりげない仕草で歩幅を緩めた。さすがに手を繋いでやるような真似はしないが、目線だけで鬼太郎の導線を確認してやっている。その動作の意味にも気づけない鬼太郎は、してやったりという気持ちでひとりほくそ笑み続けていた。女性だらけのパーラーに二人で入る時、養父は一体どんな表情をするのだろう。いつまでもそんなくだらないことを考えながら、鬼太郎は慣れない人混みを歩き続ける。見えない養父の手に守られているとは露程も思わず。
     そうしてようやく到着したパーラーでは、案の定というべきか煌びやかな女性や家族連ればかりで鬼太郎の方が眩暈を起こしそうだった。明るい世界はどうにも居心地が悪い。それでも自分で言い出した手前、鬼太郎は水木を煽るよう至極楽しそうな笑顔を作って言ってやった。
    「とっても素敵ですね、お義父さん」
     養父が苦虫を嚙み潰したような表情をする度、鬼太郎の仄暗い愉悦はまるで中空を泳ぐ魚のように昇天していく。誰にも明かせないこの後ろめたい気持ちを、上手く処理する術を鬼太郎は知らないのだ。
    「大の男二人で来るような場所でもないだろ」
    「僕は水木さんの子供なので」
    「調子のいいことばっかり言いやがって」
     鬼太郎がこれみよがしに微笑めば、水木はふいっと視線を逸らしてしまった。水木が自分の無茶な願いをきいてくれると、鬼太郎の居心地の悪さも少しは楽になる。意地が悪いと自覚しつつも、愛する者が自分と同等の存在になったようでひどく心が躍った。まるで太陽を曇らせるかのごとき所業を注意する者も当然存在しない。ほの暗い気持ちが溶けていくような高揚感に、鬼太郎はただただ口角を上げることしかできなかった。
    「毎日忙しいのに、休日までありがとうございます」
    「ほんとにな。ここ最近は昇進の話も出てるんだ、忙しいったらない」
     しかし楽しかったのも束の間、注文の品が届く頃にはもう水木は開き直ったかのように平然と煙草をふかし始めてしまった。嗚呼、この人間はいつもこうなのだ。わずかばかりの愉悦を与えてくれたと思っても、すぐにこうして鬼太郎の願いを乗り越えてきてしまう。せっかく手間暇を掛けてここまで来たというのに、これも終いかと鬼太郎は心の中で気を落とす。どんどん気持ちを沈ませていく鬼太郎とは裏腹に、養父はどこか穏やかな様子で目線を下げるのだった。
    「まぁ、お前が楽しいならよかったよ」
     子の心を知ってか知らずか、水木の笑顔はそれはそれは眩いものであった。まるで愛しい我が子を瞳で抱きしめるかのように、満足気で優しい笑みを浮かべている。その笑顔がどうにも自分にはふさわしくないような気がして、鬼太郎も思わず水木から目線を逸らした。その仕草は眩い太陽から目を背ける、暗がりの生き物そのものだ。
     叶うことなら目の前の太陽を曇らせて、自分と同じ暗闇へ落としてしまいたい。この鬱屈とした逃げ場のない、湿っぽくて汚らしいだけの欲情にあなたを巻き込んでしまいたい。所詮は自分と同じ暗闇の存在なのだと安心して、そうして同じ立場でようやく愛を紡ぎたい。そうすれば、綺麗なあなたの中にも少しは自分を刻めるような気がするから。
     あまりに美しすぎる存在を前にすると、どうしたって卑屈な鬼太郎は自分にはふさわしくないと目を背けてしまう。それでもそんな存在に恋い焦がれ、それの失墜を願っているのだからずいぶんと身勝手で滑稽な話だ。手に入れられない存在を想う度、鬼太郎はそんな自分にも吐き気を催した。こんなにも愛している存在が、手の届かない光だとは思いたくない。愛した存在が太陽であるはずがないと思い込みたいばかりに、鬼太郎は今日も子供の我儘を口にした。たったそれだけの理由で、ここ最近の子供は養父を困らせているのだ。
    「水木さん、僕のと交換してください」
    「お前、いよいよ本当にガキかよ」
    「あなたのガキですよ」
     そう言って鬼太郎は、水木が頼んだメロンソーダと自分が頼んだコーヒーフロートを乱雑に交換してしまう。我儘を言っては相手を困らせると健気な恋をしていた自分はもういない。一度願いを聞いてもらう快楽を得たら、あとは綻びが剥がれていくように感情が決壊してしまった。相手を同じ土俵へ引きずり下ろしたいというどうしようもない願望は、日に日に鬼太郎の貪欲さに拍車を掛けるばかりである。

    サンプル

    「今日は一生懸命夕飯を作りました」
     水木が帰宅するやいなや、鬼太郎はいそいそと意気込んで己の狼藉を披露した。とびきりの笑顔を張り付けた鬼太郎から目を逸らした水木は、食卓の上に並んだ地獄を確認してこの上なく嫌そうな表情をする。
     どこまでも素直な男だ、さすがに嫌悪感を隠しきることができなかったのだろう。養父の寄った眉と下がった口角を見て、鬼太郎は内心でようやく勝てたと安堵した。勝敗を競っていたつもりなど毛頭ないが、本能的に水木を打ち負かしたようでひどく気持ちがよかった。
     ついでに悪態のひとつでもついてくれれば、鬼太郎の心は天にも昇る勢いで弾むというものだ。眩い太陽がまがい物だと知ることができたら、薄暗い世界で終わりを望む鬼太郎にも幾分救いが与えられる。どうか同じ地獄であなたと共に在りたいと、そう願ってやまない。人はただ美しいというだけで何かを恐れてしまうものなのだから。
     しかし鬼太郎がそうやって薄暗い恍惚を抱いたのも束の間、水木はすぐに表情を変えて健気な息子を労わった。そこには一体どんな感情が込められているのだろう。
    「ったくお前は……いい、なんでもない。ありがとな」
     いつものように受け入れられてしまった鬼太郎は途端に食欲をなくし、夕飯どころの気持ちではなくなった。好物であるはずの蛙も、今ばかりは現実に負けた忌み嫌うべき存在にしか思えない。なまじっか中途半端な恍惚を一瞬でも感じてしまった分、余計に己の惨めさが際立つような気がした。いただきますと、目の前で平然と地獄を平らげる水木に、いよいよ鬼太郎は打つ手がなくなる。
    「水木さん」
    「なんだ」
    「……なんでもありません」
     あなたの淀みが見たいのに、どうして輝く笑顔ですべてを受け入れてしまうの。何故そんなにも頑なにすべてを受け入れてしまうのか、鬼太郎には水木の考えていることがまるで分らなかった。一度は嫌な顔をしたくせに、それでも自分を受け入れてくれる理由が皆目見当もつかない。
     もしかすると水木にとっては、こんなことも初めてではないのかもしれなかった。多忙極まる会社員としてどんな無茶ぶりにも応えようとする向上心の強い男だ。地獄を飲み干せという願いなど、本人にとっては他愛ないことなのかもしれないと鬼太郎は思い当たる。
     そうでなくともその見目と性格のおかげで、水木の周囲にはいつも異性の香りがあった。たくさんの人間――あるいは女性から様々な要求をされ、そうしてこの男はそれに応えてきたのかもしれない。だとするなら、所詮は妖怪である自分が思いつく我儘など、水木にとっては取るに足らない稚児の遊びでしかないのではなかろうか。
     そう考えると、鬼太郎はもう居ても立っても居られないほどに感情が沸騰した。手に入れることすら叶わないのに、それを曇らすことさえできない。弱くてみじめな自分が情けなくて、今すぐにここから逃げ出してしまいたくなる。それでも地獄のような夕飯を用意したのは紛れもなく自分だったから、鬼太郎はおとなしく養父と共に食事を続けるほかなかった。目の前の好物を噛み締めるように、この太陽さえ嚙み砕いて飲み干してしまいたい。相手を自分のものにできれば、鬼太郎の憂鬱も少しは晴れるだろう。
     そうやっていつまでも陰鬱な思考をする鬼太郎をよそに、水木はそういえばと、どこか嬉しそうな表情で口を開いた。それはまさに親子が夕食を共にする際の何気ない会話であった。そう、何気ない会話であったはずなのに。

    サンプル

     月明りさえ届かない丑三つ時、仄暗い感情を抱きながら鬼太郎は養父の寝室に足を踏み入れた。墓場で生まれ育った鬼太郎には馴染み深い夜が、まるで己を責め立てるかのようざわざわと騒いでいる。瞼を閉じれば闇が広がり、もうひとつの瞼を閉じれば静寂が広がる。真夜中の喧騒を遮るように瞳を閉じても、どうしてだか心の平穏は訪れてくれない。
    「……こんな夜にどうした」
     障子を開け、音もなく部屋に入ったつもりの鬼太郎だったが、感覚の鋭い養父はそれだけで目を覚ましてしまったらしい。眠気眼で起き上がり、不躾な深夜の訪問者を不思議そうな表情で見つめ返している。
     その様に一瞬は怖気づいてしまった鬼太郎だったものの、すぐに自分の覚悟を思い出した。そうすることでしかこの陰鬱から救われる術はない。終わりに向かって歩むのはいつだって恐ろしいものなのだ。
     水木の布団の前に正座をし、鬼太郎は意を決して口を開いた。まるで今から家を出るとでも言いたげな鬼太郎の異様な雰囲気に、水木はどこか戸惑ったような様子を見せる。彼が何を想像し、どんな展開を考えていたかまでは誰にも分からない話であった。
    「水木さん、お話があります」
    「改まってどうした」
     弱気な表情を見られたくなくて、鬼太郎は長い髪で顔を隠すように俯いた。それはさながら水木という神聖に対して、頭を垂れているような動作であった。緊張感が増した空間の中で、鬼太郎はぐっと息を飲む。これが最後になるかもしれないから、どうかあなたを傷つけることを許して欲しい。どうかこの暗がりの恋だけは――適当に、乗り越えないで。
    「抱かせてください」
     意を決して顔を上げた鬼太郎は、心の奥底から湧き上がる感情を用意していた台詞に乗せて口にした。嗚呼、言葉にしてしまった。伝えてしまった。ずっと隠し通してきた迷惑になるだけの感情を、ついぞ本人に聞かせてしまった。ばくばくと悪い意味で高鳴る心臓の在処をぎゅっと握りながら、鬼太郎はもう一度頭を下げる。養父の表情など見たくもなかった。
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