ぬくもり「赤血操術が使えなくなった」
ひとしきり湧いて出てきた呪霊狩りもひと段落ついたというところだった。
ぱらぱらと雨が降り出したので少し落ち着ける所へ移動しようと声をかけようとした時に脹相が言った。
「それってこの天気だからとかじゃなくって?」
「ああ。最後倒した呪霊にかけられた術式のせいだろう。思うように体が動かない」
「それ大丈夫なのかよ」
脹相の元に駆け寄り、全身を観察する。先程まで戦っていた呪霊は低級が多く、戦闘において苦戦することは無かった。しかし、脹相が言っていたように最後に倒した呪霊。ソレは辿々しく言葉を使おうとした様子があり、その呪霊の言葉を聞く前に脹相が超新星で祓った。が、完全に消え去る前にその呪霊は術式を発動させたらしい。
どのような術式なのかは不明。だが先程まで脹相の周りにあった百歛は溶け無くなっている。
雨も降り出してきたがまだ霧雨程度で赤血操術が使えなくなる程の水を浴びているわけではないはずだ。
「移動なら問題はない。だが、今呪霊が出てこられると不味い」
脹相の鼻の紋様がぷすぷすと蠢いているがそれ以上のことはできないみたいだ。はぁと一つ溜息を零すと悠仁の肩を叩き、歩き出したので慌てて脹相の隣まで向かう。
「すまない悠仁」
「いいって。少し休んだ方がいいかもって思ってたところだったし。それって時間が経てば治るもんなの?」
「元の呪霊自体はもう居ないからな。明日になれば元に戻るだろう」
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二人は昨日寝所に使ったビジネスホテルに再び戻ってきた。
少しでも多くの呪霊を祓うため同じ場所に寝泊まりすることはしないようにしていたが、ある程度呪霊を祓ったこの場所の方が今の悠仁達には有難い場所であった。
一人でもある程度戦うことはできるが今は独りではない。体調の悪い脹相を放置してその間によくないことが起きてしまったらそれこそ問題だ。
距離があるため歩いて向かっていたが脹相の段々と歩くスピードが遅くなっていっている
。本人からすればちゃんと歩けていると思っているのだろう。
一歩、また一歩と距離が離れていくのを気にするなと思う方が難しい話だ。
「なあ」
「……どうした。悠仁」
「あ、いや。歩くのしんどいんだったらおんぶしようかなって思ったんだけど」
「弟におんぶされるとは。それはお兄ちゃん失格だ」
「だーかーらー、俺お前の弟になった覚えないんだけど。ホテルまであとちょっとだから」
ホテルに到着し、脹相は近くの部屋に入って少し休むように伝え、悠仁はホテルの近くにあるコンビニから食糧を取りに行った。
渋谷での一件から数日が経過した。電気は止まり、少しでも腹が膨らみ食べれるものとなればインスタント系になってくる。
幸いな事にちゃんとした水道が出ていたのを昨日の内に確認してある。インスタント麺とゼリー飲料、ペットボトルに入った水を商品棚から取り出してカウンターにお金を置いて出ていった。
階段を駆け上がり、脹相の居る部屋に向かう。扉が開けっ放しになっていたので脹相が入った部屋がどれかはすぐに分かった。
「カップ麺持ってきたんだけどさ、どれたべ──おい!!」
部屋に入ると青白い肌が加速し、必死にかき集めたのであろう部屋にあった毛布を全身に纏わせ、それでも震えている脹相がそこには居た。
「……ゆ、ゆうじ」
「おいどうしたんだよ脹相!」
「からだ、……。ふるえが、」
脹相の頬に手をあてると体が冷えきっており、いつどうなってもおかしくない状態だった。
「おかしくなったの術式だけじゃなかったのかよッ」
「……こうなってからわかったが、呪力の加減を狂わされたのだろう。……俺の、俺達は、呪力を血液に変換できる。呪力と血が、……密接な関係だから、俺自身にも、より大きな影響を受けてしまった、だ、とおも、う」
「ごめん、あんまり無理にしゃべんなくていいよ」
体の震えが止まらない脹相を抱きしめる。
人並みの体温だとしても今の脹相よりはあたたかいはず。
「ゆうじは」
悠仁の肩にそっと頭を乗せる。頭高くに結ばれた二つの髪が悠仁の頬を撫ぜる。少しばかり擽ったい。
「ゆうじはあたたかいな」
「そりゃあ……。うん、良かった」
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しばらくの間そうしていると脹相の震えも落ち着いてきた。
「そろそろ何か食べないとな。脹相普段ご飯いらないって言うけど今日ばかりはなんでもいいから食べて。てか手とか動かせそう?」
「だいぶ落ち着いてきたんだが、すまない。無理そうだ」
「これとかだったらいけそう?」
コンビニから持ってきたゼリー飲料を脹相に見せたが首を横に振られた。
「話すので精一杯で、物を飲み込むのは無理だ」
「そっか」
「俺は大丈夫だ。半分呪霊の身だから食べなくても。それよりも悠仁の方がおなかが空いているだろう。俺の事は気にしなくていい」
「体調悪い時はなんでもいいから食べて薬飲んで寝るのが一番なの。まあ飲む薬はないんだけど。こういうとき反転術式が使えたらなって考えちゃうな」
「反転、術式?」
「怪我とか治したりできる術式なんだって。俺は出来ないんだけど任務とかで怪我した時に治してもらったりしてた。
そういや、呪霊は呪力で治癒ができるから反転術式は必要ないって前に教えてもらったけど脹相はどうなんだろう。今は脹相自身の呪力が狂っているからできないと思うけど」
「やった事が、ないな」
「そっか。まあ今は術式使わない方がいいし少しでも休んで」
「……すま、ない」
脹相の瞬きの回数が増えている。僅かにだが体温が戻ってきているようでそのお陰で眠気も襲ってきているのだろう。
寝ていいよと伝えると瞼を閉じすぅすぅと小さな寝息を立て始めた。
「やっぱ寝れんじゃん……」
ここ数日脹相と共に呪霊狩りをしているが悠仁を少しでも休ませようとし、その間脹相は『寝込みを襲われるといけないから』と言って警備をしてくれていた。
目を覚ました後に脹相も寝てと言うと必ず『俺は半分呪霊だからこうして座っているだけで回復できる。気にするな』と休まずに動いていた。が、日に日に疲労が溜まっていたのだろう。今ぐっすりと眠っており、暫くは起きることは無さそうだ。
脹相のほんの少しあたたかくなった手を握る。この手から出された術式で殺されそうになったんだよなとひとり思い耽る。
一度は殺されかけた人物に再び会ったかと思えばいきなり『兄』と名乗られ、今は共に行動している。
独りでも良かった。
たくさん罪のない人を殺した奴には行く場所も帰る場所もない。だが、今は隣に脹相がいる。こうしてお互いの温もりを分け合って今日を生きている。
悠仁ひとりだと無茶を重ねていたであろう。それでも大丈夫だと思っていた。が、実際は脹相が居てくれた事でいのちを救われた場面はいくつもあった。悠仁にとっては素性もよく分からない人だからこそ気を休めることもできている。
助けられている。脹相に。
『悠仁はあたたかいな』なんて言ってくれたけど、お前が居なかったらあたたかくなんてなれてなかったよ。
普段助けられてばかりだったから、今この一時は少しでも脹相を助ける事ができていたらいいな、なんて。
小さく丸まろうとした脹相の腕をゆっくりと引っ張り悠仁の背中に回させる。
冷たい体にぬくもりを。