皆木綴の悩み「はぁ……」
バルコニーに座って俺は今日何度目になるか分からないため息をついていた。申し訳程度にノートパソコンを開いてはいるものの全く集中できないでいる。
「どったのつづるん、ため息ついちゃって悩み事ー?」
「三好さん」
「あれれ、ほんとに浮かない顔しちゃってこれはカズナリミヨシの出番かなー?ささ、愚痴でもなんでも聞くからさ」
「あの、」
「なになに?」
「……やっぱいいっす」
「えー、なんでなんで」
「三好さんに話すと事が大きくなるだけの予感がして」
「そんな事ないよん。どどーんと大船に乗ったつもりで相談してよ」
「泥舟の間違いじゃないっすか?面白がってるでしょ」
「つづるんヒドス。心配してるだけなのに……」
ヨヨヨと泣き真似をする三好さんがうっとおし…いやいや、少しばかり良心の呵責を覚えた俺は、無駄とは思いつつ相談してみることにした。
「あの、最近万里の俺に対するあたりがめちゃくちゃキツいんですけど」
「え?セッツァーが?なんで?」
「知りませんよ。分からないから悩んでんじゃないですか。さすが元ヤン、凄むとめっちゃ怖くて。俺なんか気に触ることしたかな……」
「うーんうーーん……あ!」
「何か知ってるんすか?」
「たぶんあれのせいじゃないかなー」
「あれ?」
「そう!きっとそうだ」
「三好さんだけ分かってないで俺にも分かるように説明してください」
「俺じゃなくて!分かる人のとこ行ってみよー」
「は?」
第一の証言者Tさんの話
「そういえばこの間、万里くん悩んでる風だったな」
「詳しく聞かせてください」
「分かった。あれは一週間くらい前に万里くんとカフェに行った時のこと、」
新しくできたカフェはコーヒーも軽食も美味しくて静かでとってもいい雰囲気の店だった。万里くんは注文を終えるとWi-Fiの有無をチェックしたりしていた。これは至くんと来る時のために新しいカフェに来るといつも欠かさず万里くんがすることだ。だけど少し元気がないみたいだったから何か悩み事でもあるの?って聞いてみたんだ。そしたら、
「紬さん、至さん好きなやついるらしいんすよ」
「うん」
知ってるよ。今俺の目の前に座ってる人だよね。
「相手は誰なんすかね。仕事と芝居以外はゲームばっかしてるから絶対いねえと思ってたのいつの間に……」
え?分かってないの?嘘でしょ。あんなに分かりやすい好意。
「意外と身近な人かもしれないよ?」
「え、まさかカンパニーのやつとか?」
「うんうん」
やっと分かってくれたかな?
「もしかして、紬さん?」
「なんでそうなるの??」
「だって身近で至さんと仲が良くてって、」
「そう!いるじゃない俺よりもっと至くんの近くにいて仲がいい人」
「……もっと身近…春組……千景さんか綴か」
「………」
だからなんでそうなるの???
「……という事があったんだ」
「なるるー」
「え、まじっすか?万里のやつあれで気付いてないって……」
「俄には信じ難いけどそうなんだよ」
「それな!」
「至さんの考えている事は大体分かる至さん翻訳機万里だと思ってました。だって、万里ーの一言で至さんが何を欲してるか分かるんですよあいつ」
「だよね。俺は至くんに呼ばれても彼がポテチが食べたいのかコーラが飲みたいのか判断つかないけど万里くんは分かるものね」
「そうなんすよ」
「セッツァーはいたるん専用のエスパーだよねん」
けど何故か自分に対する感情は分からないらしい。
なるほど万里がここ最近機嫌が悪かったのはこのせいか、とようやく合点がいったがまだ腑に落ちない事がある。
さっき紬さんから聞いた話では、万里は千景さんか俺かと言っていたらしい。なのに万里は千景さんとはいつも通りに接しているように見える。俺にだけあたりがキツいのは何故なんだ?
「そんじゃー聞きに行ってみよー!」
「ちょ、待って三好さん!」
第二の証言者Cさんの話
「万里?あぁ、そういえば分かりやすく敵意むき出しの時があったかな」
「やっぱり!」
「どうやって手なづけたんですか」
「手なづけるなんて人聞きの悪い。ただちょっと悩んでる感じだったから話を聞いただけさ」
「千景さんが?」
「え、え、チカちょんが?」
万里が剣のある目で俺のことを見ているのには気付いていた。放っておいてもいいが俺も万里のことは気に入っているし、嫌われたままでは一緒に脱出ゲームに行くこともできやしない。まぁ十中八九茅ヶ崎が関係しているんだろうと思った俺はどうしたのか聞いてみることにした。そしたら、
「至さん、好きな人がいるらしいんすよ」
「あぁ。らしいな」
「知ってたんすか?」
「まぁね」
そりゃあ毎日あれだけここでイチャイチャしたり惚気たり、知らないと思う方がおかしいだろ。
「……だけど俺、負けませんから」
「え?」
何?聞き間違えた?俺は耳はいい方なんだけど……
「いくら春組が一番至さんの身近にいるっつっても俺だって、」
聞き間違いじゃなかった。どこをどうしてそうなった?
「いや、万里、誤解してないか?」
「誤解?」
「茅ヶ崎が好きなのは俺じゃない」
「でも紬さんが意外と身近な人かもって……」
「そうだな。それは合ってる。世話好きでよく茅ヶ崎の面倒みてるな」
「千景さんも知ってるんすか」
「知ってるよ」
今俺の目の前にいる。
「至さんの身近にいて、」
「そうそう」
「世話好きで、よく至さんの面倒みてて、」
「そうそう」
「仲がいい……」
「そうそ、「綴か!」
なんでそうなる。万里は頭がいいはずじゃなかったのかな?
「と言うわけなんだ」
「なるるー」
「なるほど、だから万里は俺にあたりがキツくなったんすね。分かりました……じゃないっすよ!なんでそこまで言っといて俺のことも否定してくれなかったんすか」
「俺の誤解は解けたからいいかなと」
「よくないっすよー!」
「どうどう、つづるん」
「三好さんは知らないから言えるんっすよ。あいつヤンキーの本気出してきたら怖いのなんのって……」
もうこうなったら××しないと出られない部屋にでも閉じ込めてさっさと二人をくっつけるしか俺の平穏を取り戻す方法はない。
そんなことを考えていると、チャリ、と俺の目の前に鍵が差し出された。
「奇遇だな、綴。俺もそろそろ焦ったくなってたところだったんだ」
「なんすか、それ」
「なになにー?」
「お互いの好意にのみ鈍感なはた迷惑な奴らはこうでもしないと進展しないと思ってね」
「……、千景さんそれ合法っすよね?」
「一応はね」
……一応?
俺も大概あの二人には辟易とさせられているが103号室で日常を目にする機会の多い千景さんも何やら相当鬱憤が溜まっているらしい。
ニヤリと浮かべる悪そうな笑みが正直とても怖かった。