目を開けると薄明るい。カーテンの隙間から漏れさす朝日が室内に散乱している。
ベッドの中は暑いくらいだ。七海は隣に目を移す。
背中を向けて眠る五条がいる。白い髪が枕の上に流れ落ちているさまは、清流の小さな滝のようだ。背骨の窪みや肩甲骨が作る影が、白い肌の上で緩やかにカーブを描いている。それらがゆっくりと、膨らみ、縮んで、規則正しく呼吸をしている。
七海の伸ばした腕はちょうど枕の下側にある、五条の首と肩でできた小さな隙間に差し込まれているので、重さはない。ただ髪の感触が仄かにくすぐったく感じるだけだ。
七海は起こさぬようにゆっくりと動き始める。ただの寝返りのようにさりげなくそっと体重を移動させる。そうして両腕で包む。
胸に密着させた五条の背中は、相変わらずゆるやかに呼吸をしている。膨らみ、縮み、また膨らむ。
じわじわと腕の輪を小さくする。熟睡中、力の抜けた体は柔らかい。関節も筋肉も、抱きしめる七海の腕に従って、やわやわ形を変える。だからぎゅうと抱きしめきることができる。両腕ごと、両腕で抱きしめる。
相変わらずのんびりと、腕の中の肺は収縮をし続ける。脱力して柔らかいままのからだ、とても無防備に身を預けてくる。何呼吸かの間、じっとそのまま、腕の中に拘束し続ける。
それからゆっくりと腕の力を抜く。
重力に従って、五条の手がベットの上にそっと落ちる。
七海はその指に触れる。ごく自然に丸まった指は、見まがうべくもなく男の指だ。大きくて、強い。しかしピンク色で透明な、綺麗な爪をしている。
指を曲げたり伸ばしたり、ひととおりいじる。爪もさわる。少し伸びている。ほんの一ミリほどの白い場所を七海はつまむ。後で切らなくてはと思う。足の爪もだ。昨夜の記憶が頭をかすめる。きちんと手入れをしなくては。野良猫ではないのだから、大人しく切らせてくれるはずだ。
だが今はまだベッドから出たくない。
目の前の後頭部に顔を埋める。髪の中に鼻を潜らせ、地肌に擦り付ける。七海が愛用しているシャンプーの香りはもうすっかり五条の匂いと混ざってしまって、まったく別物になっている。同じシャンプーを使ってもこうまで匂いが変わるものなのかと七海は不思議で、何度も嗅いで確認する。ふわふわの髪の中は温かくて、少し甘ったるい。
それから次は、くちびるに触れる。
よく動く大きな口は、今はお休み中だ。ただの物体になっている。触るたびに何度でも驚いてしまう程にふにふにと、とても柔らかい。指の背で撫でるとすべすべだった。
すぐ上の鼻から温かい息がかかる。七海は気にせずに、飽きもせずに、くちびるをすりすりと撫で続ける。
と、突然、がぶりと噛まれた。
「……痛いですよ」
噛まれて動けなくなったのでもう撫でることができない。七海は少し不機嫌になった。目を覚ましたのかと思ったけれど五条はそのまま、口の中に七海の指を入れたまま、また寝てしまったらしい。
片手しか動かせなくなってしまったけれど、七海はもう一度、五条のからだをだきしめる。
今度は熟睡ではなく、少しは意識があるようだ。ぎゅうと抱きしめると一瞬呼吸は乱れたし、体もわずかにちからが入って、でもすぐにまた、だらりゆるりと抜ける。やわらかくなる。
七海もうとうとし始める。目の前は見渡す限りの銀色の草原だ。とてもいい匂いがするし、温かい。目を閉じれば寄せては返す波のようにゆらゆら揺らぐのは、これは五条の呼吸だ。かすかにすうすうと呼吸の音もする。胸に手を当てればとくとくと心臓も動いている。草原で、波で、そよそよと、ゆらゆら。七海もうとうとと、夢を見る。ゆらゆらと。