ヴィクター・モリアーティ観察日記 椅子編7月18日
いつものように予告なく研究所を訪ねた僕に、彼は一頻り文句を垂れた後、言ったのです。
「まあ、来てしまったのなら仕方がありません。私は研究がありますので、貴方はそちらの椅子でお寛ぎください」
彼は、一人掛けのソファを手で指し示しました。
茶色の革張りで、艶々と電灯の灯りを反射していました。今にして思えば、その似つかわしくなさに違和感を覚えるべきだったのです。
「おやおや、僕に椅子を勧めてくださる? 教授殿らしからぬ歓待、光栄ですねえ! しかも何です、高級感があって大層座り心地のよさそうな──」
そんなふうに大喜びで、僕がソファへ勢いよく腰を下ろしたときのことでした。
ドンガラガッシャン、とでも言うべき音が研究所内に響き渡り、そして僕は手を肘掛に乗せたまま、床に尻餅をついていました。どうやら、椅子の座面が抜けて直下へ落ちたらしいのです。
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