穂山野
DONE2015.2.17 金荒ワンドロ「吠える」吠える「うちの裏藪からよぉ、なんか聞こえんじゃ…」と三人で夕飯食べていると待宮が言う。
待宮の家は三人の中では一番山に近く、坂の上にある。
その裏の藪から何か鳴き声が聞こえたという。
待宮と俺はそれがなんの生き物かとしばらく話していた。
猿じゃないかとか、猿はあんな風に鳴かんじゃろと待宮が猿の真似をして、それがあまりに下らなくて二人で笑っていると、その光景を不思議そうに見ていた荒北が
「猿ってさァ、そんなよく見る?」
と聞く。
待宮と俺は顔を見合わせる。
「お前はほんと、都会の子じゃな」と待宮が鼻で笑う。
その横で頷いている俺を見た荒北が裏切られたような顔をしてこちらを見た。
「猿、見たことないのか」と聞くと
「猿は動物園で見るもんだろォ?」と言う。
1416待宮の家は三人の中では一番山に近く、坂の上にある。
その裏の藪から何か鳴き声が聞こえたという。
待宮と俺はそれがなんの生き物かとしばらく話していた。
猿じゃないかとか、猿はあんな風に鳴かんじゃろと待宮が猿の真似をして、それがあまりに下らなくて二人で笑っていると、その光景を不思議そうに見ていた荒北が
「猿ってさァ、そんなよく見る?」
と聞く。
待宮と俺は顔を見合わせる。
「お前はほんと、都会の子じゃな」と待宮が鼻で笑う。
その横で頷いている俺を見た荒北が裏切られたような顔をしてこちらを見た。
「猿、見たことないのか」と聞くと
「猿は動物園で見るもんだろォ?」と言う。
穂山野
DONE2015.2.5 フォロワーさんのイラストから文章を起こす企画まるやまさん(@hayao_world)のイラストから書いたもの
来訪「そちらに伺ってもいいですか」という電話があったのは一週間前だった。
自分の部屋は広い訳ではないので、三人で来る、と言われた時は少し考えた。折り返すから、と言って電話を切り、なんとなく不機嫌そうな荒北を見る。
遊びに来たいそうだ、と告げる。
ふーんと返事をした荒北に「小野田も来るぞ」と言うと顔を上げ
「それはいいんだけどさァ、あのエリートチャンと赤頭も来んだろ?」
嫌いなのか、と聞くと「いや、あっちのが好きじゃないと思うんだヨネ」と言った。
自分たちはもうチームメイトであり、過去の諸々も差し出せば腹に納めることが出来る位には話をした。他にもたくさんのことを共有しているし信頼している。でもあいつらは違うだろ、というのが荒北の意見だった。
1512自分の部屋は広い訳ではないので、三人で来る、と言われた時は少し考えた。折り返すから、と言って電話を切り、なんとなく不機嫌そうな荒北を見る。
遊びに来たいそうだ、と告げる。
ふーんと返事をした荒北に「小野田も来るぞ」と言うと顔を上げ
「それはいいんだけどさァ、あのエリートチャンと赤頭も来んだろ?」
嫌いなのか、と聞くと「いや、あっちのが好きじゃないと思うんだヨネ」と言った。
自分たちはもうチームメイトであり、過去の諸々も差し出せば腹に納めることが出来る位には話をした。他にもたくさんのことを共有しているし信頼している。でもあいつらは違うだろ、というのが荒北の意見だった。
穂山野
DONE金荒ワンライ 2016.10.17「星空」星空初めて買った車は中古で、昔、憧れていた人が乗っていた車に似ていた。
それを選んだとき俺の中にあったのはほんの僅かな感傷だったが、荒北は違った。内装、エンジンの状態、塗装なんかをよく確認し、走行距離を見ながら店員としばらく話していた。その店員は最後の最後まで買うのは荒北だと思っていたくらい熱心だった。
あとでなぜそこまで熱心にと聞いたその答えは「え、ただ好きだから」というそれだけの理由だった。今思えば俺は、静岡の小さな中古車店に感傷とかそういうものは置いてきてしまったのだ。
「あれでいいんじゃナイ」と車を指差した荒北は、それから何年もその車で一緒にあちらこちらを走った。
「眠くなったら車で寝ればいい」と言った荒北とはなにもない田舎のパーキングエリアの端で並んで寝転がった。お世辞にも広くないから、もうちょっと詰めろとかそっちが肘を引けとか最初は揉めた。
1170それを選んだとき俺の中にあったのはほんの僅かな感傷だったが、荒北は違った。内装、エンジンの状態、塗装なんかをよく確認し、走行距離を見ながら店員としばらく話していた。その店員は最後の最後まで買うのは荒北だと思っていたくらい熱心だった。
あとでなぜそこまで熱心にと聞いたその答えは「え、ただ好きだから」というそれだけの理由だった。今思えば俺は、静岡の小さな中古車店に感傷とかそういうものは置いてきてしまったのだ。
「あれでいいんじゃナイ」と車を指差した荒北は、それから何年もその車で一緒にあちらこちらを走った。
「眠くなったら車で寝ればいい」と言った荒北とはなにもない田舎のパーキングエリアの端で並んで寝転がった。お世辞にも広くないから、もうちょっと詰めろとかそっちが肘を引けとか最初は揉めた。
穂山野
DONE2017.12.1 金城真護誕生日に書いたもの夜が明けるころあの古びた温室は薬学部のもので、校舎から少し離れているから普段はあんまり人を見かけない。
オレが金城に教えたんだ。
部の先輩ですごく猫が好きな人がいる。
こっそり構内の猫スポットを共有してる。
なぜこっそりなのかと言えば、先輩は顔立ちが怖い。オレはこういう性格だから、学部とか部でも猫の話で盛り上がってたりするときなんかには混ざらない。
先輩のリュックにはキーホルダーが付けてある。小さいやつだし普段は見えないようにポケットに突っ込まれてるけどあれは猫だと気付いた。だから小声で「先輩、もしかして、ね」まで言ったら「やっぱり荒北もか」と笑った。笑っても先輩の顔立ちは怖い。
けど先輩とオレは細々と独り『猫道』を極めてきたみたいなところがあって気が合った。
1806オレが金城に教えたんだ。
部の先輩ですごく猫が好きな人がいる。
こっそり構内の猫スポットを共有してる。
なぜこっそりなのかと言えば、先輩は顔立ちが怖い。オレはこういう性格だから、学部とか部でも猫の話で盛り上がってたりするときなんかには混ざらない。
先輩のリュックにはキーホルダーが付けてある。小さいやつだし普段は見えないようにポケットに突っ込まれてるけどあれは猫だと気付いた。だから小声で「先輩、もしかして、ね」まで言ったら「やっぱり荒北もか」と笑った。笑っても先輩の顔立ちは怖い。
けど先輩とオレは細々と独り『猫道』を極めてきたみたいなところがあって気が合った。
穂山野
DONE2018年に発行された「金荒コタツアンソロジーKOTATSU」に寄稿したものです。二人の設定には多くの捏造、幻覚を含みます。
2022.6.1 ポイピクへ移動
コタツ渋滞は二十キロだとラジオの交通情報が告げる。
二人で全力のため息を吐き、もうぬるくなってしまった缶コーヒー、かたや寒いと怒りながら飲むのはいつも冷えたベプシである荒北がペットボトルのキャップを捻る。
次のパーキングエリアまであとどれくらいかかるか目算が立たない。
この三連休に車を借りて出かけたのは南房総を鶏の形に例えたとしたら頭部をぐるりと百キロ走るレース。
幸い天候に恵まれ、平坦の長く続くコースを思いっきり走ることができ「また来年出よう」とフニッシュしてすぐ二人で話したくらい気持ちがよかった。
泊まった民宿は海のすぐそばにあった。民宿の主人が船を操舵し、釣り客を乗せ海釣りに出るいわゆる釣宿で、宿泊者はいつもほとんどが釣り客なので10代の自分たちが自転車を持ち込んで宿泊したことは民宿を経営する夫妻には珍しかったらしい。
5092二人で全力のため息を吐き、もうぬるくなってしまった缶コーヒー、かたや寒いと怒りながら飲むのはいつも冷えたベプシである荒北がペットボトルのキャップを捻る。
次のパーキングエリアまであとどれくらいかかるか目算が立たない。
この三連休に車を借りて出かけたのは南房総を鶏の形に例えたとしたら頭部をぐるりと百キロ走るレース。
幸い天候に恵まれ、平坦の長く続くコースを思いっきり走ることができ「また来年出よう」とフニッシュしてすぐ二人で話したくらい気持ちがよかった。
泊まった民宿は海のすぐそばにあった。民宿の主人が船を操舵し、釣り客を乗せ海釣りに出るいわゆる釣宿で、宿泊者はいつもほとんどが釣り客なので10代の自分たちが自転車を持ち込んで宿泊したことは民宿を経営する夫妻には珍しかったらしい。
穂山野
DONE2016年に発行された「金荒年齢操作アンソロ:未来予想図1712」に寄稿したものです。設定やキャラクターには多くの捏造、幻覚を含みます。
2022.6.1 ポイピクへ移動
朱い夏今年の夏は特に暑い。
毎年そう思う気がするけど、今年は絶対史上最高に暑い。
それを毎日確認する地下鉄のホームに電車が滑り込んでくる。
朝の通勤電車に慣れることは別に嬉しいことでもなんでもない。
でも、こうやって朝晩通っていればいつの間にか体も勝手に線路のカーブを憶えて勝手に左右の足に力を入れ、ぎゅうぎゅうと押されて身動きできないまま目を閉じれば短い夢を見ることもある。
今朝は目を閉じると富士山が目の裏に映った。
朝、支度をするときテレビを点けるのは時間を確認するためだから音は切ってある。
だからなぜ、画面に富士山が映ってたのかわからないけど、支度の手を止めて何十秒かその映像をぼうっと突っ立ったまま見ていた。
俺は静岡を離れて横浜に戻って五年になる。
8546毎年そう思う気がするけど、今年は絶対史上最高に暑い。
それを毎日確認する地下鉄のホームに電車が滑り込んでくる。
朝の通勤電車に慣れることは別に嬉しいことでもなんでもない。
でも、こうやって朝晩通っていればいつの間にか体も勝手に線路のカーブを憶えて勝手に左右の足に力を入れ、ぎゅうぎゅうと押されて身動きできないまま目を閉じれば短い夢を見ることもある。
今朝は目を閉じると富士山が目の裏に映った。
朝、支度をするときテレビを点けるのは時間を確認するためだから音は切ってある。
だからなぜ、画面に富士山が映ってたのかわからないけど、支度の手を止めて何十秒かその映像をぼうっと突っ立ったまま見ていた。
俺は静岡を離れて横浜に戻って五年になる。
穂山野
DONE2015.11.10 金荒ワンドロ「毛布」毛布荒北が今、包まっている毛布はもう随分長いこと使っているような風合いだった。
うちにも、荒北の家にも静岡に越してきた時に買った新しい毛布があるのだが。
春先は一緒に過ごしても泊まっていくことは滅多になかった。
梅雨の時期が始まった頃にぽつりぽつり帰らない日ができて、客用の布団で寝るようになったけれど、もうその頃には毎日が湿気の粒で覆われたみたいな天気が続いた。
その頃にはうちにある一部のものは荒北のものになっていたし、それが当たり前になっていた。
荒北がここにいることも。それが当たり前のように。
夏の暑さを越えて秋の爽涼を感じる頃になると荒北が自宅から一枚の毛布を持ってきた。
その毛布のタグには『荒北』と小さく書いてあって、ところどころ毛羽立っていた。
1504うちにも、荒北の家にも静岡に越してきた時に買った新しい毛布があるのだが。
春先は一緒に過ごしても泊まっていくことは滅多になかった。
梅雨の時期が始まった頃にぽつりぽつり帰らない日ができて、客用の布団で寝るようになったけれど、もうその頃には毎日が湿気の粒で覆われたみたいな天気が続いた。
その頃にはうちにある一部のものは荒北のものになっていたし、それが当たり前になっていた。
荒北がここにいることも。それが当たり前のように。
夏の暑さを越えて秋の爽涼を感じる頃になると荒北が自宅から一枚の毛布を持ってきた。
その毛布のタグには『荒北』と小さく書いてあって、ところどころ毛羽立っていた。
穂山野
DONE静岡の洋南大学に通う金城と荒北と待宮の夏休みに過ごす一日の話です。広島弁は相変わらずふんわりした感じです。土地、家族、関係性、免許の有無などはファンフィクションです。
初出:2015.09.18 Pixiv
2022.6.1 ポイピクへ移動
向日葵インターホンは壊れてだいぶ経つ。
不動産屋にはにゃぁゆぅたような気がするけど、なかなか合わん予定を擦り合わせとるうちにどうでもようなってそのまま。
うちに来る奴はあまりいないんじゃ。金城か荒北か。あとは部の先輩がたまに。げにたまに。
じゃけぇ今、ドアをガンガン叩いとるんはたぶん荒北で「いンだろォ」の巻き舌はチンピラのようでなんてゆうかこう、ご近所にぶち印象が悪い、ワシの。
慌ててドアを開けると予想通り荒北で、ワシの格好を見て「なんか着ろよ」と呆れたように言う。
「なんじゃワレ、いきなり来てそれか」
荒北はレンタカー会社の記された鍵を見せ「出かけんぞ」と言った。
隙を見て黙ってドアを閉めようとしたんじゃ。が、きしゃっと荒北の足でドアは押さえられとる。
6371不動産屋にはにゃぁゆぅたような気がするけど、なかなか合わん予定を擦り合わせとるうちにどうでもようなってそのまま。
うちに来る奴はあまりいないんじゃ。金城か荒北か。あとは部の先輩がたまに。げにたまに。
じゃけぇ今、ドアをガンガン叩いとるんはたぶん荒北で「いンだろォ」の巻き舌はチンピラのようでなんてゆうかこう、ご近所にぶち印象が悪い、ワシの。
慌ててドアを開けると予想通り荒北で、ワシの格好を見て「なんか着ろよ」と呆れたように言う。
「なんじゃワレ、いきなり来てそれか」
荒北はレンタカー会社の記された鍵を見せ「出かけんぞ」と言った。
隙を見て黙ってドアを閉めようとしたんじゃ。が、きしゃっと荒北の足でドアは押さえられとる。
穂山野
DONEバレンタインデーの日の話2016年の金狼2で発行した本「静止」の中に収めたものの再録です。
2022.6.1 ポイピクへ移動
Chocolate今朝から金城の隣を歩くと視線が痛い。
よくあることだけど今日は特に。
二月十四日、バレンタインデー。
一緒に歩いてると金城が呼び止められる。もう何度目だったか。途中で数えんのやめたからわかんねえ。
一生懸命話しかけてくる子に悪いから、俺はちょっと先でスマホ弄ったりして待つ。
金城に渡されるのは、趣向をこらしラッピングされたチョコレートで、好意を伝えるためのもの。『私はあなたが好きです』と。
明早は今日、レースあるらしくて新開が「寒い」と言う短いメッセージと写真を送ってきた。一緒に写っている福ちゃんは、相変わらず天気なんかどうでもいいみたいだった。肝心の場所が書いてないのが新開らしい。二人とも今はどこかで冷たい風の中、思いっきり走ってんだろうな。そう思いながら空を見上げる。
3305よくあることだけど今日は特に。
二月十四日、バレンタインデー。
一緒に歩いてると金城が呼び止められる。もう何度目だったか。途中で数えんのやめたからわかんねえ。
一生懸命話しかけてくる子に悪いから、俺はちょっと先でスマホ弄ったりして待つ。
金城に渡されるのは、趣向をこらしラッピングされたチョコレートで、好意を伝えるためのもの。『私はあなたが好きです』と。
明早は今日、レースあるらしくて新開が「寒い」と言う短いメッセージと写真を送ってきた。一緒に写っている福ちゃんは、相変わらず天気なんかどうでもいいみたいだった。肝心の場所が書いてないのが新開らしい。二人とも今はどこかで冷たい風の中、思いっきり走ってんだろうな。そう思いながら空を見上げる。
穂山野
DONE関東に大雪の予報が発令され金城と荒北が二人で過ごす雪の日の話です。2016年の金狼2で発行した本の再録。
頒布時お手に取っていただいた皆様には心より感謝しております。本当にありがとうございました。
静止この二日間、急に冷え込んだせいか古いアパートの給湯器は調子が悪かった。
俺はなかなかお湯にならない給湯器と格闘しながら洗い物を片づけていた。
着ぶくれして背を丸めている荒北がテレビを眺めつつ「明日雪だってさァ」とげんなりした声で言うのが聞こえた。
狭いベッドは大きな男二人にはさすがに不便で、布団を取ったとか取られたとか、寝相が悪いだとか秋までは揉めることも何度かあった。
千葉から両親が様子を見に来ることはなかったし、ベッドを処分したところでなんということもない。
布団を二枚並べて敷いたほうが揉めごとが減るんじゃないかって何度か話した。
けれど二人とも、布団を上げたり下げたり几帳面に毎日できるはずもなく、それでなくても狭い部屋がまた狭くなるんじゃないか、という結論に達し、そのうちに一緒に過ごす初めての冬がきた。
9591俺はなかなかお湯にならない給湯器と格闘しながら洗い物を片づけていた。
着ぶくれして背を丸めている荒北がテレビを眺めつつ「明日雪だってさァ」とげんなりした声で言うのが聞こえた。
狭いベッドは大きな男二人にはさすがに不便で、布団を取ったとか取られたとか、寝相が悪いだとか秋までは揉めることも何度かあった。
千葉から両親が様子を見に来ることはなかったし、ベッドを処分したところでなんということもない。
布団を二枚並べて敷いたほうが揉めごとが減るんじゃないかって何度か話した。
けれど二人とも、布団を上げたり下げたり几帳面に毎日できるはずもなく、それでなくても狭い部屋がまた狭くなるんじゃないか、という結論に達し、そのうちに一緒に過ごす初めての冬がきた。
穂山野
DONE付き合っている二人(金城と荒北)が荒北の実家に行き、静岡へ帰る日の話です。スパコミ新刊でした「透過」の中に収めたものです。
家族構成、地理に関すること、それぞれの過去、関係性などはファンフィクションです。
初出:2015.05 イベント頒布本「透過」
2022.6.22 ポイピクへ移動
甘い棘荒北家の小さな庭は冬の花が咲いている。
色とりどりに並べられたプランターに寄せ植えられている花や植物は小さな森のようだ。絵を描くことが好きだったというお母さんは丁寧に小さな森を作り、色のない季節を自分の色で染める。
見たこともない鮮やかな緑に手を伸ばすと、指先にちくりと痛みが走った。
葉に隠れてよく見えなかった茎には小さな棘が所々に付いていた。刺したのは小さな棘だった。
手折られるのを厭がるようだなと、自分の指先に血が滲むのを見ていると「なぁにやってんだよ」と荒北が呆れたように言う。
気が付かなかった、そういうと「これ、小さい棘あんだヨ」と俺も昔これの棘刺した、とその鮮やかな緑を見て言う。だけどこれ、キレイな色の花咲くんだぜ、と花の名前などほとんど知らない荒北家の息子は言う。
6251色とりどりに並べられたプランターに寄せ植えられている花や植物は小さな森のようだ。絵を描くことが好きだったというお母さんは丁寧に小さな森を作り、色のない季節を自分の色で染める。
見たこともない鮮やかな緑に手を伸ばすと、指先にちくりと痛みが走った。
葉に隠れてよく見えなかった茎には小さな棘が所々に付いていた。刺したのは小さな棘だった。
手折られるのを厭がるようだなと、自分の指先に血が滲むのを見ていると「なぁにやってんだよ」と荒北が呆れたように言う。
気が付かなかった、そういうと「これ、小さい棘あんだヨ」と俺も昔これの棘刺した、とその鮮やかな緑を見て言う。だけどこれ、キレイな色の花咲くんだぜ、と花の名前などほとんど知らない荒北家の息子は言う。
穂山野
DONE付き合っている二人という設定です。荒北が帰省する時に金城が一緒に荒北家に行く話。その二日目の話です。時間軸的にはまだ年末です。
荒北、金城の家族像、住んでいる地理、過去などは妄想であり捏造です。
初出:2015.01.07 Pixiv
2015.5.21タイトルを「帰省二日目」から「傷痕」に改め、内容をスパコミで出した新刊の内容に変更。
2022.6.1 ポイピクへ移動
傷痕目を覚ますとアキチャンは金城の隣で寝ていた。
理不尽、という言葉が脳裏を過る。
楽しんでいる様子だった金城も、そりゃさすがに気疲れするだろ、と思わずにはいられない熟睡っぷりだった。
金城は普段、大体先に起きている。中に何か精密機械みたいなのが入ってるんじゃねえの?と入学当時は思っていた。
子どもの頃から早朝集まって試合に行く、とかそういうことを繰り返していた結果、俺は意図的な遅刻以外はしない。
だから高校時代も、集合時間にはまだ人があまりいない頃に着いていた。
だけど、大学に入ってから金城より先に着いたことはなかった。
欠伸しながら部室へ行くともう金城がいて、何か書いてたり、読んでたり。静かな奴だった。
こいつ霞食ってそうだなって。最初の印象はそんな感じ。
6165理不尽、という言葉が脳裏を過る。
楽しんでいる様子だった金城も、そりゃさすがに気疲れするだろ、と思わずにはいられない熟睡っぷりだった。
金城は普段、大体先に起きている。中に何か精密機械みたいなのが入ってるんじゃねえの?と入学当時は思っていた。
子どもの頃から早朝集まって試合に行く、とかそういうことを繰り返していた結果、俺は意図的な遅刻以外はしない。
だから高校時代も、集合時間にはまだ人があまりいない頃に着いていた。
だけど、大学に入ってから金城より先に着いたことはなかった。
欠伸しながら部室へ行くともう金城がいて、何か書いてたり、読んでたり。静かな奴だった。
こいつ霞食ってそうだなって。最初の印象はそんな感じ。
穂山野
DONE付き合っている金城と荒北という設定の話。年末の帰省の話から金城の過去を紐解くという妄想話です。
金城、荒北、待宮の家族構成、過去、現在については完全に妄想・捏造です。
初出:2014.12.23 Pixiv
2015.5.21 本文をスパコミで出した本の内容に変更。
2022.6.1 ポイピクへ移動
大丈夫うなされて飛び起きしばし呆然とした後、肺の奥のほうから深い息を吐く金城を見るのは何度目だろう。
そんなに神経質ではない自分が目を覚ますような、ヒリヒリとしたニオイのようなものが伝わってくる。
月末に入って、金城の実家から電話がかかってくることが増えた頃から始まった。
自分の知らない金城真護という人間が、どういうふうに生きていたのかよく知らない。自分のことはあまり話さないから。
大体、人に説明できることなんて自分の中で整理がついていることしかない。
言葉になる時は整理がついた時だ。
声をかけたいといつも思う。
だけど、俺を起こさなかったことを確認して安堵し、そっとベッドを抜け出す金城の様子を見ていると、見られたくない姿だったのかと思う。
4657そんなに神経質ではない自分が目を覚ますような、ヒリヒリとしたニオイのようなものが伝わってくる。
月末に入って、金城の実家から電話がかかってくることが増えた頃から始まった。
自分の知らない金城真護という人間が、どういうふうに生きていたのかよく知らない。自分のことはあまり話さないから。
大体、人に説明できることなんて自分の中で整理がついていることしかない。
言葉になる時は整理がついた時だ。
声をかけたいといつも思う。
だけど、俺を起こさなかったことを確認して安堵し、そっとベッドを抜け出す金城の様子を見ていると、見られたくない姿だったのかと思う。
穂山野
DONE荒北が帰省する時に金城が一緒に荒北家に行く話。荒北、金城の家族像、住んでいる地理、過去など完全な妄想であり捏造です。
初出:2014.12.15 Pixiv
2015.5.21 本文をスパコミで出した新刊の内容に変更。
2022.5.31 ポイピクに移動
帰省新横浜駅から程近い所に荒北家はあった。
閑静な住宅街の中にもうすっかり風景として馴染んでいた。
前の道路は通学路らしく、ランドセルを背負った小学生が賑やかに歩いていく。
荒北の小学生時代のような男児を見かけて思わず口元が緩む。
それに目敏く気付いた荒北が「ンだヨ、金城」と肘で脇腹を小突いた。
大学で顔を会わせ、同じ自転車競技部に籍を置いた俺と、荒北、待宮の節約を主とした三人での夕飯は、春先から続いていてすでに日常化しつつある。
持ち回りで家に行き、準備して、食べて、片付ける。
その後はレポートを書いたり、春先から秋まではレースの中継を見ることもあるし、待宮は野球の中継を見たがって荒北と揉める。贔屓のチームが違うらしい。野球には疎いのでよくわからない。
7624閑静な住宅街の中にもうすっかり風景として馴染んでいた。
前の道路は通学路らしく、ランドセルを背負った小学生が賑やかに歩いていく。
荒北の小学生時代のような男児を見かけて思わず口元が緩む。
それに目敏く気付いた荒北が「ンだヨ、金城」と肘で脇腹を小突いた。
大学で顔を会わせ、同じ自転車競技部に籍を置いた俺と、荒北、待宮の節約を主とした三人での夕飯は、春先から続いていてすでに日常化しつつある。
持ち回りで家に行き、準備して、食べて、片付ける。
その後はレポートを書いたり、春先から秋まではレースの中継を見ることもあるし、待宮は野球の中継を見たがって荒北と揉める。贔屓のチームが違うらしい。野球には疎いのでよくわからない。
穂山野
DONE寝付きの悪い荒北と洋南大学の面々(金城、荒北、待宮が洋南にいる設定)の話初出:2014.11.04 Pixiv
2015.6.16 本文をスパコミで出した本の内容に変更。
2022.5.30 pixivより移動
尻尾俺は寝付きが悪い。
今になって始まったことじゃないから、最近は悩むこともあまりない。
外灯が部屋を薄ぼんやりと照らす。通り沿いの部屋はうるさい分安い。
ベッドに入ってしばらく経つ。酔っ払って通りを歩く賑やかな人波は少しずつ途切れていく。
朝練があった頃は「なんでこんなに疲れてんのに寝れねえンだ、チクショウ」と思ったこともあったけど、今はただ眠りの尻尾が見えたらゆらゆらと揺れるそれを上手く掴むことだけを考える。
通りが少しずつ静かになっていく。仰向けになって天井を見ながら、こうやって昔も天井を見てたなァ、と、そんなことを思い出したのは大学進学のためにひとり暮らしを始めてからだった。
静かな部屋は生き物の気配がなく、高校時代のいつもうるさかった寮生活からの反動も大きいのかもしれない。
8113今になって始まったことじゃないから、最近は悩むこともあまりない。
外灯が部屋を薄ぼんやりと照らす。通り沿いの部屋はうるさい分安い。
ベッドに入ってしばらく経つ。酔っ払って通りを歩く賑やかな人波は少しずつ途切れていく。
朝練があった頃は「なんでこんなに疲れてんのに寝れねえンだ、チクショウ」と思ったこともあったけど、今はただ眠りの尻尾が見えたらゆらゆらと揺れるそれを上手く掴むことだけを考える。
通りが少しずつ静かになっていく。仰向けになって天井を見ながら、こうやって昔も天井を見てたなァ、と、そんなことを思い出したのは大学進学のためにひとり暮らしを始めてからだった。
静かな部屋は生き物の気配がなく、高校時代のいつもうるさかった寮生活からの反動も大きいのかもしれない。