Inori
DOODLElogh ルツワーカレイドスコープ 穏やかな人柄の滲む面差しに、初めて口付けを交わした時のぎこちなさ。同性相手は未経験だと期待しなかったかと言えば嘘になる。
壁に背を預けたルッツは眼下の光景をはっきりと視界に捉えながら、果たしてこれは夢か現のどちらだろうと首を捻った。強い力で自身を壁際へ追いやった赤銅色の恋人。唇を重ね鋭い眼差しで一瞥したかと思えば、膝を着いて慣れた手付きでルッツのスラックスからベルトを抜き去る。そのまま流れるようにフロントホックを外し、ファスナーを咥えてゆっくり引き下ろした。
「ッ、ワーレン……」
寛げた前立てから覗く下着へ寄せられる顔。布地の下で少しずつ熱を持ち始めたものを、ワーレンは唇で柔らかく食んだ。下着越しにかかる湿っぽい吐息に思わず喉の奥から声が漏れる。
607壁に背を預けたルッツは眼下の光景をはっきりと視界に捉えながら、果たしてこれは夢か現のどちらだろうと首を捻った。強い力で自身を壁際へ追いやった赤銅色の恋人。唇を重ね鋭い眼差しで一瞥したかと思えば、膝を着いて慣れた手付きでルッツのスラックスからベルトを抜き去る。そのまま流れるようにフロントホックを外し、ファスナーを咥えてゆっくり引き下ろした。
「ッ、ワーレン……」
寛げた前立てから覗く下着へ寄せられる顔。布地の下で少しずつ熱を持ち始めたものを、ワーレンは唇で柔らかく食んだ。下着越しにかかる湿っぽい吐息に思わず喉の奥から声が漏れる。
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DOODLElogh ルツワー前提ロイワー落日「つまり卿はこう言うのか」
最高級の象牙を彫り込んだ様な、男にしては美しい指先がするりと頬を撫でた。見下ろす金銀妖瞳は冴え冴えとして組み敷いた男の肌を舐める。まるで猛禽が獲物を前にどこを引き裂けば柔く美味い肉にありつけるのか品定めをしているようだった。
そう、オスカー・フォン・ロイエンタールは猛禽だ。薄い笑みを湛えるトリスタンの主は、鋭く研いだ爪を隠し持つ一羽の鷹である。
「数年前に亡くなった奥方を、今でも愛していると」
頭上で纏めあげた両の手首を掴む手に力が篭った。屈強な男が二人、身体を預けたソファが身動ぎの度悲鳴を上げる。体術には些か自信のあったワーレンだが、両腕の自由を奪われ体重を掛けられた状態では如何ともし難かった。解放を求め身体を捩り、けれどどうする事も出来ず臍を噛む僚友の姿にロイエンタールは冷笑を一層深める。
1984最高級の象牙を彫り込んだ様な、男にしては美しい指先がするりと頬を撫でた。見下ろす金銀妖瞳は冴え冴えとして組み敷いた男の肌を舐める。まるで猛禽が獲物を前にどこを引き裂けば柔く美味い肉にありつけるのか品定めをしているようだった。
そう、オスカー・フォン・ロイエンタールは猛禽だ。薄い笑みを湛えるトリスタンの主は、鋭く研いだ爪を隠し持つ一羽の鷹である。
「数年前に亡くなった奥方を、今でも愛していると」
頭上で纏めあげた両の手首を掴む手に力が篭った。屈強な男が二人、身体を預けたソファが身動ぎの度悲鳴を上げる。体術には些か自信のあったワーレンだが、両腕の自由を奪われ体重を掛けられた状態では如何ともし難かった。解放を求め身体を捩り、けれどどうする事も出来ず臍を噛む僚友の姿にロイエンタールは冷笑を一層深める。
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DOODLElogh ルツワー黄昏の回廊「ワーレン」
強く掴まれた両肩の、布地越しに伝わる手のひらの体温が灼ける様に熱い。それが錯覚だと分かっていても。でなければ先刻から繰り返し漏れる、浅く短い呼吸の理由が説明出来なかった。
「こっちを向け。俺を見ろ、ワーレン」
頼む、と低く掠れた声が耳元で熱っぽく囁く。漂わせる色香が肌を、胸を焦がすこの瞬間を知りたくなかった。
顔を背け瞑目する赤銅色の男は哀願する。やめてくれ、と。ただその一言を絞り出すのがやっとの様だった。自身を断崖の縁へ追いやる僚友の腕へ掛けた指先が震えている。かつて妻があり、今は亡いがそれでも血の繋がった子がいる。帝国男児よかくあれかしと幼い頃から繰り返し聞かされ、その通りに道を違える事無く育ってきた。この期に及んで踏み外せと言うのか。
619強く掴まれた両肩の、布地越しに伝わる手のひらの体温が灼ける様に熱い。それが錯覚だと分かっていても。でなければ先刻から繰り返し漏れる、浅く短い呼吸の理由が説明出来なかった。
「こっちを向け。俺を見ろ、ワーレン」
頼む、と低く掠れた声が耳元で熱っぽく囁く。漂わせる色香が肌を、胸を焦がすこの瞬間を知りたくなかった。
顔を背け瞑目する赤銅色の男は哀願する。やめてくれ、と。ただその一言を絞り出すのがやっとの様だった。自身を断崖の縁へ追いやる僚友の腕へ掛けた指先が震えている。かつて妻があり、今は亡いがそれでも血の繋がった子がいる。帝国男児よかくあれかしと幼い頃から繰り返し聞かされ、その通りに道を違える事無く育ってきた。この期に及んで踏み外せと言うのか。
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DOODLElogh ルツワー旅の始まり 左腕に巻いた腕時計を確認し、次に側に立つ柱に示された時間を見る。最後に手にした端末を確認してついでに着信履歴とメールボックスも開いたが、目当ての人物からの連絡は無く土産を期待する同期の余計なメールが目に入った。アウグスト・ザムエル・ワーレンは小さな溜め息をひとつ漏らす。
「まったく、どこで何をしているのか」
待ち合わせの時間は十分前には過ぎていた。明日は遅刻するなよ、と残して昨晩別れた当の本人は未だに姿を現さず待ちぼうけを食らっている。
取り敢えず通路の邪魔にならないよう大きなキャリーケースを近くに寄せ、もう少しだけ待ってみることにした。幸い集合時間は早めに設定したため搭乗時間までたっぷりと余裕がある。道行く人々のどこか弾んだ声に溢れたロビーの喧騒を聞きながら、小さめのボディバッグの中身を漁る。パスポート、航空券、財布、それと真新しくも手によく馴染む革のトラベラーズノート。他にもいくつか小物が入れてあるが、まあこれだけあれば後はどうとでもなるだろう。
1535「まったく、どこで何をしているのか」
待ち合わせの時間は十分前には過ぎていた。明日は遅刻するなよ、と残して昨晩別れた当の本人は未だに姿を現さず待ちぼうけを食らっている。
取り敢えず通路の邪魔にならないよう大きなキャリーケースを近くに寄せ、もう少しだけ待ってみることにした。幸い集合時間は早めに設定したため搭乗時間までたっぷりと余裕がある。道行く人々のどこか弾んだ声に溢れたロビーの喧騒を聞きながら、小さめのボディバッグの中身を漁る。パスポート、航空券、財布、それと真新しくも手によく馴染む革のトラベラーズノート。他にもいくつか小物が入れてあるが、まあこれだけあれば後はどうとでもなるだろう。
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DOODLEマジックアワー コルネリアス・ルッツという男の瞳が好きだった。昼間のどこまでも澄み渡った空を思わせる青と、夜の帳に侵食され暮れなずむ夕刻の昼と夜のあわいに佇む紫を溶かしこんだような、二つの色を持つ瞳が。
「何を見ている?」
やや乱れたブロンドの前髪の隙間から、空を宿した双眸が見下ろしてくる。もっとよく見たくて、汗で張り付いた髪をそっと払ってやった。
「好きだと思ったのだ」
「ん?」
「見上げた卿の目が、美しいと……」
そのままするりと頬を撫でる。自分のものよりやや白い、色素の薄さを思わせる肌が今は僅かに紅潮していて、皮膚を通して伝わる体温も吐く息も熱い。きっと熱に浮かされているのだろうと思った。こんなことを口にしてしまうなんて。
394「何を見ている?」
やや乱れたブロンドの前髪の隙間から、空を宿した双眸が見下ろしてくる。もっとよく見たくて、汗で張り付いた髪をそっと払ってやった。
「好きだと思ったのだ」
「ん?」
「見上げた卿の目が、美しいと……」
そのままするりと頬を撫でる。自分のものよりやや白い、色素の薄さを思わせる肌が今は僅かに紅潮していて、皮膚を通して伝わる体温も吐く息も熱い。きっと熱に浮かされているのだろうと思った。こんなことを口にしてしまうなんて。
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DOODLE 不可侵領域 最初は額へ。次に目蓋、鼻先、頬、首筋、鎖骨と順に唇を押し付けていく。まるでそれが何かの神聖な儀式だとでもいう風に、黄金の髪を揺らして男──ルッツはこの戯れを続けていた。
「そこは駄目だ」
目の前の行為を無言で見つめていたワーレンが漸く口を開く。声の硬さに視線をやれば、明確な拒絶の意思を宿す瞳が鋭さをもってルッツを捉えていた。
ワーレンの肢体を伝う唇は、肩から腕を辿り、左手の薬指へ触れようとしている。普段はそこにあるはずの銀の輝きも今は無い。
「……ああ、すまない」
くつくつと喉の奥で笑う。組み敷いた火竜の瞳は一層強い光を放っていた。
277「そこは駄目だ」
目の前の行為を無言で見つめていたワーレンが漸く口を開く。声の硬さに視線をやれば、明確な拒絶の意思を宿す瞳が鋭さをもってルッツを捉えていた。
ワーレンの肢体を伝う唇は、肩から腕を辿り、左手の薬指へ触れようとしている。普段はそこにあるはずの銀の輝きも今は無い。
「……ああ、すまない」
くつくつと喉の奥で笑う。組み敷いた火竜の瞳は一層強い光を放っていた。
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DOODLElogh ルツワー色を織る 卿の瞳は美しいな、と告げた。
「どこにでもある色だろう?第一、卿にそれを言われては敵わん」
驚き、困惑、若干の気恥ずかしさ。それらが混ざり合う様が、見慣れたはずの男の瞳から手に取るように分かる。感情という彩りを加えた彼の瞳は生きた人間のみが有する極彩色の宝石だ。
「いや、本当に……綺麗だ」
目蓋に口付ける。その奥に秘めた宝石の、一瞬の後に見せた色のなんと美しいことか。ただ静かに息を漏らした。
204「どこにでもある色だろう?第一、卿にそれを言われては敵わん」
驚き、困惑、若干の気恥ずかしさ。それらが混ざり合う様が、見慣れたはずの男の瞳から手に取るように分かる。感情という彩りを加えた彼の瞳は生きた人間のみが有する極彩色の宝石だ。
「いや、本当に……綺麗だ」
目蓋に口付ける。その奥に秘めた宝石の、一瞬の後に見せた色のなんと美しいことか。ただ静かに息を漏らした。