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    Inori

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    Inori

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    logh ルツワー前提ロイワー

    #logh
    #ロイワー
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    落日「つまり卿はこう言うのか」

     最高級の象牙を彫り込んだ様な、男にしては美しい指先がするりと頬を撫でた。見下ろす金銀妖瞳は冴え冴えとして組み敷いた男の肌を舐める。まるで猛禽が獲物を前にどこを引き裂けば柔く美味い肉にありつけるのか品定めをしているようだった。
     そう、オスカー・フォン・ロイエンタールは猛禽だ。薄い笑みを湛えるトリスタンの主は、鋭く研いだ爪を隠し持つ一羽の鷹である。

    「数年前に亡くなった奥方を、今でも愛していると」

     頭上で纏めあげた両の手首を掴む手に力が篭った。屈強な男が二人、身体を預けたソファが身動ぎの度悲鳴を上げる。体術には些か自信のあったワーレンだが、両腕の自由を奪われ体重を掛けられた状態では如何ともし難かった。解放を求め身体を捩り、けれどどうする事も出来ず臍を噛む僚友の姿にロイエンタールは冷笑を一層深める。

    「何が言いたい、ロイエンタール提督。いくら何でも悪ふざけが過ぎるぞ」
    「いやなに、おかしな話だと思っただけだ」

     今宵の彼はよく喋る。ミッターマイヤー相手でもないと言うのに。先刻まで口にしていたワインも、二人でボトル一本すら空けていない。だから酔っている訳では無いのだろう。むしろ素面に近い分、より悪辣とも言えるのだが。
     堅牢な線を描く輪郭を緩く辿っていた手指が、不意に下がり首元のホックを外す。そのまま胸元の一部と、下に着込んだシャツの襟を器用に寛げた。普段は重い銀の装飾に堅く守られた首筋が顕になる。人間にとっての急所となりうるそこを捕食者然とした男の前に無防備に晒す状況は、本能的にワーレンの内へ漠然とした危機感を抱かせた。知らず身を固くする。
     しかしそれすら予想の範囲内だと、喉の奥で笑うロイエンタールが腹立たしい。彼の手のひらで見事に弄ばれている。

    「卿は今も尚奥方を愛していると言う。如何にも誠実なワーレン提督らしい、ご立派なことだ」

     だが、と言葉を一度切る。人差し指がつつと首筋をなぞる、緩い感触に思わず喉が鳴った。弱い部分を探られている。少し前であればそこは触れられてもただ擽ったいだけであったはずなのに、今の自分には微かな刺激すら甘い疼きへ置換されてしまう。

    「っ、ロイ……エンター、ル……!」
    「……なあ、教えてくれワーレン提督。この世に居ない奥方を愛していると告げるその口で、いったいどうしてルッツ提督に愛を囁く事が出来るんだ?」

     ──鷹の爪が、鋭い切っ先が喉元を抉る音がした。
    驚きに見開かれた鳶の双眸がロイエンタールを捉える。何故、と問い掛けていた。何故自分とルッツの間柄を知っているのかと。その反応は彼にとって満足の行くものだったらしい。切れ長の目がすっと僅かに細められる。

    「ほう、やはりそうだったか。確信に近いものはあったが、よもや事実だったとはな」

     声色に愉悦が滲んだ。ロイエンタールの仕掛けた罠に見事に嵌められたのだと、気付いた時には既に遅く己の失態に唇を噛む。
     無遠慮にワーレンの首元を這い回っていた指先が、シャツの下に隠れていたチェーンを探り当てる。その先にある重みを堪能しながらゆっくりと持ち上げた。姿を現したのは淡い照明の光を浴びて輝くシルバー。細身の指輪は一目見て女性用だと分かる。

    「……身も心も奥方と共に、か」

     ふっと緩く弧を描く薄い唇が白い手に乗る指輪へ口付けた。自分以外に触れたことの無いそれに他人の手が、唇が触れている。まるで胸の奥底を暴かれているかのような。

    「ッ、悪趣味だ」

     心が波立つ。正視に耐えない光景から逃げるようにワーレンは顔を背けた。
     刹那、視界が乱暴に引き戻される。予期せぬ動きに首が痛みを訴え呻く。だがそんな事はどうでも良かった。顎を掴む手で無理矢理固定された視線の、至近に輝く鷹の眼にワーレンは息を呑む。

    「悪趣味だなどと、俺を詰る資格が卿にあるのか?」

     左右で色の異なる宝石を嵌め込んだロイエンタールの双眸が、冷ややかな面差しとは真逆の烈々たる炎を揺らめかせている。間違えようもない。そこにあるのは純然たる憤怒の情だった。
     我が身を射抜かんばかりの鋭い眼光に、思わず見惚れている自分がいることにワーレンは気付く。士官学校時代からどこか大人びた雰囲気を漂わせていた同期の男。一時の感情に突き動かされず、貴族らしい気品と落ち着きに満ちたロイエンタールは同年代において異質な存在であった。冷めた色合いの金銀妖瞳に輝きが灯るのは戦場か、或いは親友のミッターマイヤーの前か。その彼が、剥き出しの激情を隠すこともせずワーレンに叩き付けている。触れれば灰も残らない青白い炎が、肌を舐め焦がしていく。
     顎部の骨が軋んで小さく呻きをあげる。美しい白磁の手指の持ち主は、自分と同じ立派な男であったことを思い出した。
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