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    Inori

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    logh ルツワー

    #logh
    #ルツワー
    rooter

    旅の始まり 左腕に巻いた腕時計を確認し、次に側に立つ柱に示された時間を見る。最後に手にした端末を確認してついでに着信履歴とメールボックスも開いたが、目当ての人物からの連絡は無く土産を期待する同期の余計なメールが目に入った。アウグスト・ザムエル・ワーレンは小さな溜め息をひとつ漏らす。

    「まったく、どこで何をしているのか」

     待ち合わせの時間は十分前には過ぎていた。明日は遅刻するなよ、と残して昨晩別れた当の本人は未だに姿を現さず待ちぼうけを食らっている。
     取り敢えず通路の邪魔にならないよう大きなキャリーケースを近くに寄せ、もう少しだけ待ってみることにした。幸い集合時間は早めに設定したため搭乗時間までたっぷりと余裕がある。道行く人々のどこか弾んだ声に溢れたロビーの喧騒を聞きながら、小さめのボディバッグの中身を漁る。パスポート、航空券、財布、それと真新しくも手によく馴染む革のトラベラーズノート。他にもいくつか小物が入れてあるが、まあこれだけあれば後はどうとでもなるだろう。
     チケットケースを開くと今日のために二人で手配した航空券が顔を出す。券面には行き先と搭乗便、時間、座席、ワーレンの名前が入っていた。今どきはチケットレスが主流で現に普段の仕事でもお互いそうしているのだが、それでは味気無いという恋人の我儘を聞いた結果こうなったのだ。

    「あいつそういうとこ妙に拘るよな……」

     くすりと笑みが零れる。年上の恋人のそんな部分を、ワーレンは嫌っていなかった。それにしてもだ。改めて時計を見ればそろそろ予定時刻から三十分を過ぎようとしている。さすがにここまで連絡のひとつも寄越さないのは如何なものか。

    「──ワーレン!」

     いったいどのような嫌味を浴びせてやろうかと思案し始めた時だった。遠くからワーレンを呼ぶ声が聞こえる。顔を上げ少し見渡せば、ワーレンと同じく大きな荷物を引いてこちらへ向かってくる男の姿を見付けた。ロビーに差し込む朝日に白金を眩しく煌めかせ、普段とは違う軽くそれでいて爽やかさを感じさせる装いに思わず目を細める。遅刻の現行犯、コルネリアス・ルッツはワーレンの元へ辿り着くと、かけていたサングラスを外しジャケットの胸ポケットに押し込んだ。

    「すまん!謝らせてくれ」
    「遅れたことはまあ良いとして、連絡くらいくれても良かったんじゃないか?」

     心底すまなそうな顔で謝罪を述べるルッツの顔は珍しい。搭乗時間まで余裕が充分あるため遅刻自体に腹を立てるつもりは無いが、それでも理由くらいは聞かせてほしかった。

    「面目無い話だが寝坊してしまってな……無論連絡を入れようとしたんだが、端末の充電を忘れたまま寝たらしくてバッテリーの残量も無かったんだ」

     なんともまあ清々しいまでに正直な理由だ。誤魔化すつもりも無いらしい。ワーレンとしては呆れるしかないのだが、不思議と怒りは湧いてこなかった。惚れた弱みなのか知らないがルッツのこの正直さを心の底から好ましく思う。

    「間に合ったからまだ良いが、気を付けてくれよ?」
    「なに、詫びも兼ねて旅先でその分たっぷりサービスさせてもらうさ」
    「当然だ。今夜の酒はお前の奢りだぞ」

     長らく腰を下ろしていたソファから漸く立ち上がる。まずは朝食を摂れる場所を探さなければ。勿論バッテリーがすっからかんのルッツの端末を充電する事が出来る場所で。コーヒーでも飲みながら旅先での予定を話し合えば気分も晴れるに違いない。

    「良い天気だな。楽しい旅になりそうだ」

     さあ、君とふたりでこれからどこへ行こう?手には航空券、長旅の準備も出来ている。彼と一緒ならどこだってきっと楽しいに違いない。ふたりなら、どこへでも──。
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