黄昏の回廊「ワーレン」
強く掴まれた両肩の、布地越しに伝わる手のひらの体温が灼ける様に熱い。それが錯覚だと分かっていても。でなければ先刻から繰り返し漏れる、浅く短い呼吸の理由が説明出来なかった。
「こっちを向け。俺を見ろ、ワーレン」
頼む、と低く掠れた声が耳元で熱っぽく囁く。漂わせる色香が肌を、胸を焦がすこの瞬間を知りたくなかった。
顔を背け瞑目する赤銅色の男は哀願する。やめてくれ、と。ただその一言を絞り出すのがやっとの様だった。自身を断崖の縁へ追いやる僚友の腕へ掛けた指先が震えている。かつて妻があり、今は亡いがそれでも血の繋がった子がいる。帝国男児よかくあれかしと幼い頃から繰り返し聞かされ、その通りに道を違える事無く育ってきた。この期に及んで踏み外せと言うのか。
「ルッツ……頼むから、やめてくれ」
「……そんな顔で言われると、期待してしまうじゃないか」
いつからか胸の内を占めていた感情を、目を逸らし見ない振りをしてきた。分かっている。そうなってしまったら、どれだけ正論を振りかざしても仕方ないのだと。理屈ではない。
(だが、それを認めてしまったら……)
それを認め、直視した瞬間に「本当」になってしまう。もう無かったことには出来なくなる。
「ワーレン。アウグスト・ザムエル・ワーレン」
乞う様に。願う様に。名を呼ぶ声の甘美さが耳に心地好い。向き合い、卑怯だと零した唇へ重ねられた熱はいかほどであっただろうか。