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    李丘@練習中

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    李丘@練習中

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    隼人バージョン。
    モノローグ多め。
    20240530

    【2】降り注ぐもの「渓たちがな、クリスマスにパーティーをしたいんだと」
    と弁慶から話があったとき、隼人はすぐに「わかった」と答えていた。
    隼人なら「そんな余裕はない」とにべもなく断るだろうと想像していた弁慶は、一切の難色を示さず食事の手配などを考えはじめた姿を見て、たいそう驚いたのだった。
    「こんな提案ができるのは、あの子たちだけだろうな」
    と、ふと隼人が呟くのが聞こえて、弁慶は「そうだな」と返した。
    渓がはしゃぎたい年頃の女の子だからじゃない、こんなせわしない毎日のなかでひとときの息抜きを思いつくのは、ゴウや凱にとってもこの現実を明るいものにしたい気持ちがあるからだ。
    弁慶も隼人もそれは察しがつく。
    ささやかな希望。
    それを叶えるのは、隼人にとってマシンの調整を考えるより容易いことだった。

    この天候だと明日は雪ですね、とヤマザキが言って、隼人はまずタワーの対策を頭に巡らせた。
    敵襲の恐れがないとしても、「次の日に雪かきなんてごめんだぞ」と内心でため息をつきながら、竜馬はどうしているか気になった。
    さっき、弁慶がやってきて明日の見回りについて打ち合わせがしたいと竜馬を探していた。
    また居ない。
    見かけた奴はいないか周りに声をかけようとして、やめた。

    「すぐに戻る」とヤマザキに言って司令室を出ると、東のデッキに向かった。
    遠くに海が望めて眼下には木々の緑が広がるその場所に竜馬がよく佇んでいることは、以前から知っていた。
    人の輪からふらりと離れて消えるとき、跡を辿ればたいていそこに居た。
    追いかけては何気ないふりで声をかけ、少しだけ話す時間が、隼人にとって許された接触だった。
    「何しに来やがった」
    こんな憎まれ口から始まる会話は、距離の遠い自分を嫌でも突きつけられる。
    笑顔もない、互いの労をいたわる言葉も出ない、それでも、隼人は竜馬の背中を追うことがやめられなかった。

    「竜馬」
    デッキの端に見えた姿に安堵しながら名前を呼ぶと、一瞬だけこちらを見た竜馬は何も言わずに体を傾けた。
    ああ。
    まだ手が届く。
    「何をしてるんだ。弁慶が呼んでいるぞ」
    いつものように何でもない調子で声をかけ、「明日のことらしい」と続けると、「テメェは行かねぇのかよ」とふてぶてしい声が返ってきた。
    いつもこうだ。
    ひねくれた姿ばかり見せられるから、これが元の気質なのだとわかっていても心の隅がかちんと冷たい音を立てる。
    自分だけが、追いかけている。
    避けられないその事実に怯む意識はとっくに過ぎて、こんな態度に文句も言わずかわすのが、竜馬との会話での通常になった。
    「雪が降るかもな」
    竜馬の声。
    やっと戻ってきた声。

    このときも、短い会話の最後は「明日は俺は消えるからな」という竜馬の拒絶の言葉で終わった。
    反発が出るのは、ここに迎えられてもまだ安心できない何かがあるのかもしれなかった。
    竜馬は葛藤を抱えている。
    パーティーなど。
    竜馬にとって楽しいことには入らないのだろう。
    一人で命をつないでいた時間が、いまだに竜馬の孤立を誘っていた。
    ここにいて、誰かを傷つけるわけじゃない。
    それでも、馴れ合うことも親密度を深める関わりも、誰とも持たない竜馬の姿は、隼人のなかに否が応でも不安を生んだ。
    何かきっかけがあれば、こいつはまた出ていくのかもしれない。
    ここは俺の居場所じゃないと。
    「それはダメだ」
    取り残されたデッキで呟く。
    上着のないシャツ一枚の体に風は容赦なく冷たさを叩きつける。
    明日は消えて”どうするのか”、その先の想像ばかりが胸に湧いて苦しくなる。
    それはダメだ。
    自分だけが、追いかけている。

    夜になって竜馬の部屋を訪ねたのは、その不安を消したかったからなのだと今は分かる。
    寒さは募る一方で、明日の見回りに備えて竜馬のために新しい服を用意したのは自分の意思で、誰にも言わなかった。
    服のサイズは知っている。竜馬についての情報ならタワーのことと同じくらい胸に留めている。
    「余計なお世話だと言われるんだろうがな」
    と、自分に向けて吐いたのは、予防線だった。
    心の痛みを予想してそれでも足を向けるのは、この日々に身を置いてほしいという願いがあるからだ。
    それを助ける何かを、隼人は探すことがやめられなかった。

    ドアにロックはかかっておらず、ボタンを押してあっけなく開いた部屋のなかに竜馬の姿はなかった。
    「……」
    それを寂しいと思いながら、ベッドに放られたコートを見てふうと息をついた。
    何処かにはいる。
    誰かと一緒なのか。
    ふと想像が浮かんで、それはないと頭を振って否定して、次に水音がすることに気がついた。
    シャワー室に目をやると明かりが見えて、「そこにいたのか」とほっと肩の力が抜けた。
    「……」
    竜馬がいる。
    一人で。
    今なら。
    待つ口実ならある。服を持ってきた、明日は冷えるだろうから。
    ベッドに腰を下ろす。
    無事な姿で、ここに居てほしいから。
    また、胸のなかで重い鼓動がした。
    部屋にはシャワー室から漏れる水音だけが流れている。
    お前を大切にしたいのだと、感情はいつも言葉になる。
    言葉になって、喉から溢れそうになって、それを堪えるために薄い笑顔を作る。
    お前は俺にとって近い存在なのだと、態度で示すことでしか、取れる手段はない。
    思いを口にすれば、それが決定打になる。
    最後の拒絶で出て行かれるか、鼻で笑われて「仕方ねぇ奴だな」と肩をすくめられるか、手を伸ばされるか。
    葛藤。
    自分と同じではない、と知らされる結果のほうが現実味は強くて、だから言葉を飲み込んで隣に立つ選択しかなかった。

    結局、待つことはせず服だけ置いて部屋を出たのは、意気地がないからだった。
    竜馬の気配が残るベッドにいると、普段は抑えている望みがどうしたって顔を出す。
    俺を求めてほしいと。
    俺を見る目がいつも怯えているのは、苛立ちの下に別の気持ちがあるからじゃないのか。
    お前だって。
    あのデッキに行くのは、俺が来るかもしれないともう想像がつくはずなのにそこを選ぶのは、「接触」を待っているからじゃないのか。
    お前は。
    嫌味や皮肉ばかり口にしながら、どうして俺と話す機会を避けないんだ。
    だから俺はすがるのに。
    どうせここに座っている俺を見れば顔を歪めて「何しに来やがった」と言うんだろう。
    でも「帰れ」とは言わないんだろう、あそこで顔を合わせたときと同じように。
    お前は。
    どうしてあんな目でいつも俺を見るんだ。
    怯えと期待が混じったあの瞳を、俺以外の人間にも見せるのか。
    知らないだろう、あのデッキにほかの奴が近づくのを止めていることを。
    どくどくと音を立てる鼓動が耳障りで、じんわりと汗をかく。
    だから。
    俺は。
    「……竜馬」
    何度も何度も呼んだ名前は、すぐそこにいて、触れられるとわかっていても、最後はため息となる。
    会えない。
    怖い。
    この葛藤を、知られてはならない。
    そうやって部屋から逃げ出した。


    自分だけが、追いかけている。
    それでもいいと思っていた。弁慶やゴウたちの間で違和感なく会話をしている竜馬を見ると安心した。
    ”仲良し”じゃなくても、じゃれることもしなくても、誰も竜馬を嫌がらない。
    笑顔を向けられるのは、自分ではない。それでも、この現実を竜馬が受け入れてくれることが最優先だったから。
    自分には役割がある。
    タワーを、みんなを、守るのは俺の役目だ。
    ”戻ってきた”竜馬は忌避するべき存在ではないと、優秀なパイロットでありイーグル号に乗れるのは彼しかいないのだと、周囲に説いた。
    俺が言えばみんなは納得する。「神司令が言うのなら」、それが自分の評価だとよくわかっている。
    竜馬自身がこの場を安寧の地だと思えるように手を配るのは、何のストレスもなかった。
    応えてもらえなくても。
    憎まれ口しか叩かれないとしても。
    軽口の応酬でしか向き合えないとしても。
    血を吐きそうなほどその存在を望んでいるのは、誰よりも自分だった。
    だから不安になる。
    過去の恨みを流してくれても、竜馬にとって俺の存在は”そこまで”でしかない。
    求めてしまう。
    俺と過ごす場に執着してくれと。
    諦められないのは、竜馬のなかに何かの葛藤が見えるからで、その正体を暴きたくなる。
    俺が。
    俺が。
    一番にお前のことを大切に思っている。

    自分だけが、追いかけている。


    クリスマス当日、思った通りに空も山も雪模様で、隼人はばたばたとタワーを守る指示を出していた。
    ヤマザキが「もう大丈夫です、神司令は休んで」と言ってくれたときは午後になっていて、やっと夜のパーティーのことを思い出した。
    竜馬は。
    昼前に弁慶たちと戻ってきたのは報告を受けているが、その後で何処にいるか、誰も知らなかった。
    まさか。
    ヤマザキに後を任せて司令室を出ると、東のデッキに走った。
    今朝、昨日置いたトレーナーを着ているのは見ていた。どうであれ手に取ってもらえたことに安心して、午後はどう過ごすのかを考えていなかった。
    まさか。
    大丈夫。
    揺れる感情が全身を巡る。
    叩きつけるように開閉ボタンを押すと、開けた視界の真ん中で竜馬と目が合った。
    外は薄暗く雪は重たそうに落ちていて、風は昨日よりいっそう冷たさを増していた。
    「何やってるんだ!」
    考えるより早く言葉が口を出た。
    ぼんやりとした表情で立ちすくむ竜馬の腕を、思わず掴んでいた。
    「風邪をひいたらどうするんだ、こんな日にまで」
    居てよかった。安心した反動で、少しだけ怒りが声に滲んだ。
    だが。
    「うるせぇよ」
    竜馬の鋭い言葉が飛んできて、心がどくんと跳ねる。
    「どこに居ようと俺の勝手だろうが」
    かけた指はあっけなく振り払われる。
    不機嫌そうな竜馬の声と表情に、内心でどっと苦い汁が出るような焦りを隼人は感じた。
    「そうはいかないだろう」
    居てくれないと、俺が困るから。
    「……」
    竜馬が息を呑む気配がした。
    いつもこうだ。
    俺が言葉を返せば、こいつは黙る。
    どうして会話ができないんだ。
    どうして。
    すっと竜馬の体が流れ、無言のまま自分の横を通り過ぎようとしていた。
    それはダメだ。
    視界に入った手首を掴んだのは、無意識だった。
    「昨日お前の部屋にそのトレーナーを置いたのは俺だ。これでも心配しているんだ」
    必死に取り繕う。
    これしかできない。

    ……これしか?

    竜馬が驚いたように顔を上げて、初めて至近距離で視線が結ばれた。

    ああ。
    その目だ。
    光っている。
    こちらを覗き込むような鋭さは、俺の瞳が動揺で潤んでいるのを確実に捉える。
    「行くな」
    ささやくような声が漏れた。
    俺の願い。
    「消えないでくれ」
    止まらない。
    竜馬の背後で風が大きな音を立てた。
    暗くて寂しくて。
    誰もいない。

    「行くところなんてねぇよ」
    絞り出すように竜馬の口から流れた声が、隼人の心臓を刺す。
    伝わってくる。
    竜馬の孤独。
    「……行かないでくれ」
    もう一度。それは懇願だった。
    手首を掴んだ指が熱い。
    すぐそばにある竜馬の体。
    避けないで。
    俺は。
    もう。

    視線を外して顔を傾けた竜馬の、「行かねぇよ」という囁きと息が、頬にかかった。
    そこにこもった熱が自分と同じ色をしているとわかって、思考が止まった。
    互いに求めているのは、今この瞬間でつながることができる唯一の手段で、抗うことなど微塵も浮かばなかった。
    何かが体を廻る。
    埋めてくれるのか。
    俺の。孤独を。

    唇が届く寸前に意識が戻ったのは、遠くで人の声がしたからだった。
    我に返ると途端に音と寒さが戻ってきて、竜馬の手首を掴んでいた指を離すと、竜馬もまたつられるように前に進んでドアが閉まった。
    曲がり角から姿を見せた所員に手を挙げ、黙って歩き出した竜馬の背中を見送る。

    「消えないでくれ」

    言ってはいけないと思っていた。
    ほかにも伝えたい言葉は山ほどあったのに。
    それでも口をついて出るのは懇願で、結局は己の弱さを見せただけだった。


    「メリークリスマス!」
    渓の歓声は、情熱が過ぎて疲弊を感じていた心には明るすぎた。
    みんなが浮かれている。
    外は吹雪になって、それもまた場を盛り上げる話題になっていて、笑顔のゴウたちを見ているとこんな時間を持ててよかったと素直に思う。
    それでも、部屋に姿を現した竜馬と一度も目を合わせることなく、乾杯が終わって少しして、隼人は自室に引き上げた。
    自分がいなければ、みんなは探すかもしれないが、弁慶が何とか取り仕切ってくれるだろう。
    昨日、竜馬は「俺は消えるからな」と言ったが、おそらくそれはないだろうと予想があった。
    できないはずだ、もう、竜馬も。
    さっきの竜馬の声を思い出すと、全身がまだ熱を持つ。
    同じ空間にいたほうがいいとは思ったが、今だけは、隠す自信がなかった。
    一度崩れたら、見せてしまったら、もう戻れない。
    あいつを見る目にどんな思いが滲むか、あいつがどんな目で俺を見るか。
    俺以外の人間と話す姿を視界に入れることすら、耐えられそうにない。
    わずか数分の接触で壊れた心の壁は、今まで堪えてきた反動で貪欲さだけが溢れてきて、全身でその存在を求める。
    喉を掻きむしりたいほど苦しいのは、まるで毒のように体を廻るのは、触れたいという熱だった。
    投げ出すように椅子に座り、深くため息をついた。
    「竜馬」
    部屋のなかまで喧騒は届かない。
    わずかに聞こえてくる外の風の音だけを耳は捉えたいのに、体の奥から生まれる鼓動がずっと鳴っていて、どうしても落ち着かない。
    「……」
    こんな自分は、知りたくなかったのに。
    浅い呼吸を繰り返すことに疲れて、すでに体のコントロールすら失って、ぐったりと脱力する己の無様さを想像した。
    誰にも見せられない。

    不意にドアが開いた。
    ロックを設定しなかったのは意図してのことだった。
    ”こう”してくれればと。
    俺がいないことに気づいて、今度はみずからが動く側になってくれればと。

    「……」
    片手に見えるのは酒の瓶で、いからせた肩には緊張が見えた。
    それなのに、目が。
    きらきらと光が浮かぶそのなかに、怯えた色も、揺れる期待も、もうなかった。
    こちらを見て、無言で足を進めた竜馬の後ろで、またドアが閉まった。
    今度は逸らさない。
    「……」
    視点が定まらないのは自分のほうで、いつもの作り笑顔をする力もなくて、ただ呆然と竜馬を見上げていた。
    消えている、と思った。
    あの葛藤は、俺と同じだったのか。
    お前もそうだったのか。
    教えてほしい。
    俺の不安は不要なのだと。

    意思のある瞳にぐっと唇を引き結んだ顔の竜馬は、美しくて気高くて、目が離せなかった。
    こんな顔をするのか。
    呆けた頭で見惚れていたら、何も言わずに竜馬が歩き出す。
    真っ直ぐに。
    酒瓶をテーブルに置いてから、ゆっくりと自分の前に立ったのがわかっても、体が動かなかった。

    「よう。お前が消えてちゃダメじゃねぇのか」
    竜馬の声は落ち着いていた。
    それは自分に向けられるものでは初めての、穏やかな響きがあった。
    ああ、そうじゃなくて。
    「そうだな」
    返す言葉に力が入らない。
    竜馬。
    名前を呼べない。

    「隼人」
    きらきらと、光が降ってくる。
    初めて呼ばれた名前に、体を廻る熱がいっそう濃度を増した。
    竜馬。
    伸ばされた指が頬に触れると、耐えられなくて目を閉じた。
    竜馬。
    その毒は。
    「俺を見ろ」
    すまない。
    もう、二度と手放せない。
    ゆっくりと瞼を上げると、すぐそこに竜馬の瞳があった。
    ああ。
    「竜馬」
    その命を、渇望する。


    -了-

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