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    李丘@練習中

    チェンゲの竜馬さんが大好き。隼竜/隼竜隼

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    李丘@練習中

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    15の続き。隼人の気持ち。
    「違う人間」だけど、求める気持ちは同じ。
    元にしたのは崎谷健次郎さんの『SWEET EFFECTION』。
    20240630

    【16】SWEET EFFECTION 悲しいと、言えない。

     本当に知って欲しいのは「悲しいと思っていること」で、でもそれを口にすると後がなくなるから、怖くて目を逸らす。
     「悲しい」は感情の最後の底で、この気持ちを無視されたら自我も自意識も崩壊する。
     受け止めてもらえないのが怖い。
     だから怒りに変換する。
    「そんな女がいいのか」 
    「俺とはまったく違うんだな」
     こんな皮肉は、竜馬には通用しないと分かっていても、悲しいと思っている自分を知られたくないから攻撃的になる。
     そうやってごまかして、いつもお前の気持ちを置き去りにする。
     言葉にしようとすると、本心が見えなくなる。

     分かっているのに。
     落ち込んだのだ。
     自分だけではないことに。
     竜馬の人生で、自分以外に思いを向けられた人間がいた事実に。
     そんなのはお互いさまで、こっちだって、それは同じはずなのに。
     違う人間なら当たり前のことで、お互いに「俺の知らないこいつ」はいて、冷静なときは責めるだの認めないだの、歪んだ自己愛は出てこないのに。
    「……」
     二人でいると、竜馬が目の前にいると途端に駄目になる。
     おそろしいほど許容範囲は狭くなる。
     そのときにこいつは自分以外の人間と幸せだったのだ、楽しい時間を共有したのだと、それがもう許せない。
     許せない。
     認められない。
     「今の」竜馬は自分だけを愛してくれていて、それを疑うことは微塵もないのに、たった一つの暴露で自分の安定はあっけなく壊れる。
     本心を言ってもきっと聞いてくれると信じたいのに、そう思うと今度は「知られたくない」不安が顔を出す。
     悲しみから目を逸らすと、同時に別の何かが犠牲になる。
     

     お前は俺を信じきっているから、お前の部屋から渓が出てくるのを俺が見ても大丈夫だと、思っていたのだろうがな。
     そんな訳ないだろう。
     あれが渓でなくて誰であっても、俺以外の人間がそこに居ていい理由など一つもない。
     たまたまタイミングが被ったことは聞いたが、「既にそこに誰か居る」なんて事実に、平気な訳がないんだ。
     お前は光だから、常に後ろめたさもためらいも持たずそこに立てる人間だから、堂々としていられるんだろうが。
     俺は違うんだ。
     悲しいんだ。
     そんな現実は。

     だから。
     俺とは違うお前の気持ちを考えることは、怖いんだ。

     

    「俺を、無視するな」

     これを言われるのは二回目で、前も今回も自分だけがおかしくなって、竜馬はそれでも離れずにいてくれた。
     自意識からの呪いを解いてくれるのも、独占欲が歪んでいくのを止めてくれるのもいつも竜馬で、もしこいつでなかったら自分はどうなるのだろうと思う。
     好きで。
     ずっと好きで。
     手に入れて、求められて、まだ何が不満なのか。
     きっと、伝えられない気持ちのせいなのだと、分かっている。

     

    「隼人」
     声がして我に返ると、頬に触れてくる指先を感じた。
     顔を動かすと、その指が滑って唇に当たる。
     竜馬。
    「どうかしたのか」
     半分閉じられたままの瞼で、ぼんやりとした表情で、誰よりも愛しい男が訊いてくる。
    「……いや」 
     唇から外れた指がぱたんと落ちて、それをぼうっと見つめて、竜馬が
    「眠れないのか」
     と呟いた。
    「……」
     部屋は空調システムの低い音だけが流れていて、明かりは枕元のスタンドだけで、寝ぼけた顔をこちらに向ける竜馬は無防備で可愛くて、数時間前まであんなに悲鳴を上げていたのが嘘のようだった。
    「何でもない」
     そう言うと、ゆっくりと竜馬の目が開く。
     こちらを見つめる瞳に光が差す。意思のある色が広がっていく。
     こんな夜の隙間ですら、俺をそのままにしない。
    「また何か考えてんのか」
     口調がはっきりとしてくる。
    「そうじゃない」
     こうやって、竜馬はいつも違和感を無視しない。
     放置しない。
     これが。
     この竜馬を見ることが。
     自分がどれだけ愛されているのかを知る手段の一つだった。
    「……疲れてねぇのかよ」
     わずかに笑いながら、竜馬が言った。
    「……」
     二回抱いて、どちらも散々しつこく足を絡ませて指を掴んで、熱に浮かされたように愛してると繰り返した。
     あんな諍いがあったのに、自分のためにまだ何かを考えてくれる竜馬が、どうしようもなく愛おしかった。
     この男は、愛しい伴侶は、いつも俺の気持ちに関係なく俺を選ぶ。
     手をつないで一緒に部屋を抜け出そうとする竜馬の背中が、力強く人波を切るのを、幸せに溺れそうな心地で見つめていた。
     その竜馬が、自分にしがみついてあられもなく声を上げるような姿を、俺しか知らない。
     だから、途切れない熱をぶつけ続けて、竜馬が意識を手放す寸前まで追い詰めて、ようやく終わりをつけていた。
    「昨日は、特別な日になった」
     素直にそう呟くと、驚いたようにまばたきをしてから「何が」と竜馬が尋ねる。
    「お前が、初めて俺のために何かを作ってくれたから」
    「……」
     馬鹿野郎、と小さな声で言って、
    「そういう日だろ」 
     と、こちらの目を見て笑った。
    「ああ」
     竜馬が切り出したバレンタインの話題がまずかったのではなくて、そこから流れた過去の恋愛について変にひねくれた自分が悪かった。
     それでも、竜馬は渓に助けを頼んででも、自分のためだけに作ってくれたのだ。
     そんなことなどまったく予想していなかった自分は、あの瞬間にすべての悲しみも、焦燥も、消えた。
    「もらってばかりだな」
     お前の気持ちを。
     思わず言葉が漏れて、
    「そんなことはねぇよ」
     と言いながら、竜馬が上体を動かす。
     すぐ隣に体を寄せて、
    「俺だって、お前じゃなけりゃこうはならねぇ」
     と、枕に沈む首筋に顔を埋めた。
     だから。
     どうしてお前はそうなんだ。
     どうしていつも与える側でいられるんだ。
     何の疑問もなく、差し出す自分を肯定できるんだ。
     俺は。
     悲しいと言えないくらい、お前の存在が大きすぎて怖いのに。
    「……」 
     その体に腕を回して抱き締める。 
     ふう、と竜馬の息が鎖骨に届く。
    「お前のもんだ」
     さっき何度も口にした言葉を、竜馬が繰り返す。
     変えられない過去も、今の自分も。
     俺は。
     ずっと、手に負えないものを渡されている。
    「ああ」
     額に唇を押し当てると、竜馬が笑う。
     抱き合って、一緒にシャワーを浴びて服を着てまたベッドに戻って、こうやってくっついている時間が幸せで、いつもこんな二人でいられたらと思うのに。


    「悲しかったんだ」
     意図しない言葉が不意に出て、自分で驚いた。
    「あ?」
     竜馬の体に一瞬力が入る。
    「何が」
    「俺だけのものじゃないことが」
     言葉にしようとするから、本心が見えなくなる。
     そんなときはある。
     気持ちを伝えることを妨げるのは言葉で、だから、こうやって思考を通さずに出る瞬間にこそ、真実が宿る。
    「……」
     くだらないことを、馬鹿みたいなことを、口にしていると分かっている。
     いい大人の俺がこんな弱音を吐くなんて、普通の人ならきっと引く。
     幼稚だと。
     それでも。
    「俺だって、同じなんだからな」
     お前は光だから、常に後ろめたさもためらいも持たずそこに立てる人間だから、そうやって堂々と自分の気持ちを言えるんだ。
    「ああ」
     頷くと、背中に回された竜馬の腕に力が入る。
    「自分だけだと、思うなよ」
     怒りではなくて、落胆でもなくて、これが竜馬の今の気持ちだと、分かる。
     同じなのだ。
     きっと。
     
     悲しみと一緒に情熱が近づいてくる。
     それが、この男の強さなのだと。
     怒りで以て俺をねじ伏せるのではなく、毒のような熱で包囲する。
     向ける愛情を、犠牲にはしない。
    「……」 
     竜馬の頭を抱えるようにして、抱き締める。
     やっと、交わった。
     底も果てもない、思いの丈。
     
     どくどくと、心臓が音を立てる。 
     竜馬からも響いてくるのは、こんな告白ができる新鮮さと、近づけたと思えるからだと伝わる。
     違う人間だから。
     こうやって、同じであることを知っていく。
     
    「なあ」
     竜馬が顔を上げて、目を合わせようと肩をずらしたら、下からすくい上げるように唇を塞がれた。
     触れたところから熱が伝わって、裡に届くのは舌と痺れるような衝動で、意識が揺れる。
     何度味わっても満たしてくれないその毒が、いつも欲を煽る。
     隙間を作って甘えるようにゆっくりと息を吐く竜馬が、
    「……さっき」 
     と呟いた。
    「ん?」
     唇を合わせたままで頭を撫でる。
     背中の手が、ぎゅうと抱き締めてくる。
    「お前、『足りない』って言っただろ」
    「……」
     最後、果てた後でそう口にしたのは自分だった。
     肩に食い込む竜馬の指を、まだ感じていたかった。
    「俺も」
     足が動いて、滑るように絡んでくる。
     俺も足りない、と掠れた声がこぼれて落ちた。
     
     
     
     その欲は、手に入れるほど膨らんでいくものだと、今ごろ気がつく。
     きりがない。
     それなのに差し出され続ける。
     たった一つの光。
     
     
     置いていくなと、耳元で竜馬が囁く。
     どちらが追いかけているのか分からない。
     きっと、竜馬も。
     同じ。


    「隼人」 
     伸ばされる指を捕まえて口づける。
     どんなときも、抱き締めていられるように。
     側にいられるように。


     悲しみは、二度と二人を襲わない。
     

     多分ずっと、手に負えないものを渡されている。
     それを、失わないように。


    -了-
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