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    hyz0sh

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    hyz0sh

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     怖い夢を見た。
     天空の棺のなか、地面に横たわる爆豪から生きた気配が伝わってこない。ひゅっと喉が締まった。傍に落ちた黒く細い体が後輩のものだと気がついて内臓が押し潰されるような心地がする。
     これは夢だとわかっているのに、染みついた血の匂いが濃くて。爆豪の命は紙原が繋いだ。紙原は戻ってきた。全てではないにしても命は繋がって、今もまだ共にある。そう頭では理解しているのに目の前の惨劇で揺らぐ。
     手を伸ばして爆豪の肌に触れる。指先に触れる冷たさに驚いて放した。縋るように紙原の細い体に触れて、やはり生を感じなくて呆然とする。
     はやく、はやく目を覚ましたい。こんなのはただの夢だ終わったことだ。現実は最悪ではなかったのに。
     夜に溺れるようにもがいて、そうやってようやく目を覚ました。
    「はっ、ハァッ、ぁ、はぁっ……!」
     まだ朝の気配の遠い部屋の中は暗い。状況を把握したくて周りを見渡して、枕元に置いていた時計を見つける。ぼんやりと蛍光グリーンに光る文字は真夜中を示していた。
     日常に戻ったことに安堵した。すぅすぅと規則的な寝息に、そう言えば今夜は爆豪が泊まりに来ていたのだったと思い出す。暗闇に慣れてきた目を動かして、床にひいた客用の布団で眠る爆豪の姿を捉えた。
     静かな寝姿、微動だにしない。
     戻ったはずの日常に悪夢が忍び寄る。耳では確かに寝息を聞いていて、視界でも上下する胸が見えている。でも、静かな爆豪はどうしても。
     膝で動いて、投げ出された手首に指を添える。脈が伝わる、そうだちゃんと生きてる。心臓が止まっていたあの静かさを思い出してしまって、悪夢と現実が混ざりだす。身をかがめて呼吸を確かめて、やはり心臓はうごいている。
     こんなに確かめているのに、生きているとわかっているのに、焦燥感が私を追い詰めていく。心音、呼吸、脈拍をはかってもまだ足りない。拭いきれない、悪夢が蘇る。
    「ッ、ぁ、爆豪!ばくご、爆豪!」
     大声を出して爆豪を呼ぶと驚いたように赤い瞳が瞼の下から現れる。
    「っ!?ンだよっ、まだ夜じゃねぇか、呼び出しか?」
    「ハッ、はぁ、ぁ、生きてる…」
     浅い息はうるさいばかりでうまく酸素が回っている気がしない。
    「ハァ?生きてるに決まって…袴田?」
     目頭が熱い。縋るように爆豪の手首を掴んで離せない。手をシーツの上で滑らせて紙原の細い体を手繰り寄せる。
    「紙原…」
    「会長?大丈夫、ですか…?」
     ぐず、と鼻がなる。察しのいい彼らにはこの暗闇の中でも気づかれているだろう。大丈夫ではないとバレてしまっているだろうが、それ以外にかける言葉が見つからないのだろう。居た堪れない、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
    「……すまん、夢見が悪くて。まちがえた」
     闇に紛れるインディゴブルーの袖で流れ落ちるものを拭った。
     
     
     遠くの月明かりが差し込む部屋で、男の肩が小さく震えていた。
    「袴田…?」
    「こわいゆめ、を、みた…夢だった」
     平静を取り繕うとする声は酷く不安げに震えていた。俺の脈が震えるのを確かめ続ける指先は離れない。
    「すまん、はぁっ、寝てくれ…私は、頭を冷やしてくる」
     何かを堪える声が痛々しい。この男にこんな姿を晒させたくはなかった。迷子のようなこいつを放って眠ることなどできるはずがない。紙原先輩があいつの手を握った。
    「袴田会長」
    「袴田、あんた、手が冷えてる。冷房が強かったのかもな、だから悪い夢なんかを見たんだろ」
     まだぎこちなさは残るが、動くようになってきた右手で脈を測る袴田の手を覆った。震える指先はやはり冷え切っている。
    「先輩もあっためてやって」
    「ああ」
     両手を先輩と俺とで温める。ぱたぱたと雫が布を叩く音ばかりうるさかった。手が塞がってしまったからそれを拭ってやれないのがもどかしい。
    「会長、これを」
     先輩が体を伸ばして取ったのだろう、タオルで袴田の涙拭っていた。小さな黒い手が隠せない袴田の頰に触れた。
    「……生きてる、爆豪も紙原も、無事とは言い難いが、それでも。だから、だいじょうぶなんだ」
     だいじょうぶ、大丈夫だと言い聞かせるように呟いて納得しようとする。蓋をしようとする。あの大戦からしばらく経ったのに、復興も始まっているのに、この男はあの日を繰り返していたのだろうか。広くて静かなこの家で、1人で。それを想像して堪らなくなった。
    「先輩が繋いで、あんたが守ってくれた命は今ここにある」
    「……ん」
     ごめん、心配させて悪かった、と謝ってしまったら、この男の悔恨を補強してしまう気がした。
    「……ありがとう、袴田」
     素直に言った感謝に、驚いたのか顔を上げた。綺麗な顔は涙に濡れても美しいまま。ぱちぱちと瞬きのたびに、長いまつ毛から雫が飛んだ。
    「いや、っ、……ははっ、情けないところを見せてしまったな」
     から元気の、まだ取り繕おうとする笑い声、この男にとって俺は、寄りかかるにはまだ弱い。でも、冷えた手に体温を分けるぐらいはできる。
    「情けなくなんかねぇだろ。あんたは、ベストジーニストは、ずっと最高のヒーローだ」
     今も昔も。
     俺の言葉に一度強く目を閉じて、次に開いた時にはまたヒーローベストジーニストの顔に戻っていた。
    「目が冴えてしまったな。眠れそうにない、白湯でも飲んでくるよ。2人はもう寝なさい。私は大丈夫だから」
    「俺もいく」
    「俺も行きますよ」
     するりと紙原先輩が袴田の肩にのる。
    「大袈裟だな」
    「っ?迷子の手ぇ引くのも立派なヒーローの仕事だろうがッ!」
    「迷子か…大爆殺神ダイナマイトも立派なヒーローになったものだな」
    「口が悪いのは変わらないですが…」
    「ふふっ、私がいつ引退しても安心だ」
     安心し切った満足そうな声で聞き流せないことを言う。
    「は?」
    「え」
    「ん?」
    「やめんの…?」
     思わず握った手に力がこもる。足を止めて、ゆるく手を引いた。
    「今すぐではないが、ヒーローを引退する日もいつかはくると、そういう話だ」
     引き留める言葉を探す間に袴田が思い出したように声を上げる。
    「しまった、濡れたタオルと保冷剤を用意しよう。目の周りを冷やさなければ」
     腫れてるとカッコ悪い、と。ほとんど片目しか見えてないくせに。
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