おんなのこだもの 大事に抱えた箱に残った最後の一粒。いびつながらも丸く成形されたチョコレートのうち、これだけは唯一ハート型に丸められていることに気づいていた。
つまりこれは贈り主――千織からのささやかな愛。それを食べてしまうのがもったいなくてしばらく眺めていたのだけれど、膝の上に寝そべる千織がじっと見上げてくるのに気づいて、動揺のあまりついそれを口に入れてしまったのだった。あまり言葉に出さない千織からのアピールが嬉しかったのを感じ取られるのは、なんだか決まりが悪い気がして。やましいところがあるわけではないけれど。
ばれたところで困ることといえば千織にからかわれて少し恥ずかしいくらいしかないし、からかいながらも楽しそうにする千織を見るのは好きだったから、気づいてもらっても良かったけれど。
「それで、私の分は?」
指についたパウダーまで丁寧に舐め取る綾人は、そう問われてさっと青ざめた。
千織の分。もしかしてたった今食べ切ってしまったチョコレートは、綾人のひとり占めではなく、二人で一緒に食べる用だったのだろうか。そんな、まさか。
「ないの?」
「す、すみません……全部食べてしまいました……」
「……そんなにおいしくできたの」
「え? ええ、とてもおいしかったですよ」
「……ふうん」
なんだかショックを受けたような千織は、綾人の膝の上で器用に転がりそっぽを向いてしまう。あっと追いかけたところでもうその顔は窺えなくて、見えるのは布と擦れてやや乱れた髪だけになってしまった。
「君からのチョコレート、期待してたのに」
とても小さな声だったけれど、それはばっちり綾人の耳に届く。
「あの、千織さん」
「なに。いいわよ拗ねてなんかないから」
「拗ねてる」
「拗ねてないってば」
ぐりぐりと綾人の膝に額を擦り付ける千織は誰が見ても明らかに拗ねていた。
と、いうかそんなことより。
「私からのチョコレートってなんですか?」
「は、はあ? ……いや待ちなさい、君」
綾人の疑問に荒ぶりかけた千織が、何かの可能性に行きついたのかがばりと身を起こす。
それからひとつひとつお互いの意図を擦り合わせてようやく、二人はすれ違いに気づいたのだった。
「ばかね、それは全部君の分に決まってるでしょ」
綾人が食べてしまった千織からのチョコレートは、正真正銘綾人のひとり占め。
そして。
「女の子がチョコレートを贈る日なんだから、君だって贈る側よ」
「そう、ですね……確かに」
「確かにって君ねぇ……」
千織が欲していたのは、綾人が用意する千織のためのチョコレート。
全く思い至らなかった、むしろ今日のイベント自体を忘れていたけれど、本来ならば指摘の通り綾人もチョコレートを用意する側だったのだ。
「すみません、その……手持ちはなくて」
「しょうがないわね。じゃあ代わりに君をいただこうかしら」
どういうことですかと尋ねるはずの口が、千織のそれに塞がれる。チョコレートの代わりにと言っただけあってか、千織は綾人の唇を食むように柔らかく撫でた。
期待に薄く開いた隙間、残っていたチョコレートの風味よりずっとずっと甘い唾液を求め、綾人も必死に舌を伸ばす。ちゅく、と触れ合ったところから幸せが全身を駆け巡るようだった。