「お前が乗るのか?」
運転手である修二は、訝しげな顔をアヤトに向ける。アヤトは彼のこういった顔も、昔よりも今の方が何だか見慣れているような気がした。ただ、彼の視線が気にならなくなっただけかもしれないが。
言葉はキツいが、存外彼は周りをよく見ている方だ。言葉選びが壊滅的に下手ではあるが。
「まぁまぁ、お兄さんに道案内は任せとき〜……前回道案内してた組は荷台乗りたいやろうしな」
「別にお前じゃなくても良いだろう」
「……他のメンバーは荷台乗りたそうにしてるん見たら消去法的に俺ちゃう?大丈夫大丈夫、ちゃあんと左右とかは言ったるわ」
「……わかった」
渋々、といった顔付きで修二はアヤトを一瞥しシートベルトを締めた。プロデューサーのみなさん乗りました!の呼び掛けを聞き、緩やかに車は少しだけガタつく道を進み出す。
淡々と道案内を続けるが、途中からしばらく道なりに進むだけになると車内はエンジン音と後ろの話し声だけになる。
運転の邪魔になるだろうか、としばらく黙ってアヤトは外を眺めていたがそれも飽き始めていた。頬杖をつき、視線は外に向けたまま口を開く。
「俺もお前も、多分話すの下手くそだよなぁ」
「そんなこと……ない」
「あるやろ、十っちゅ〜翻訳家がおらんと人間関係崩壊しとるでほんま。俺が言うたらこれガチみたいになるけど……」
過去の事はやはり罪悪感はあるようで、修二は顔をしかめる。たまに、こういうわかりやすい表情を彼は見せると昔から思っていた。そのたまに見せる表情が、彼のファンは惹かれる所以のひとつだっただろう。
「……お前は血も涙もない冷徹なわけじゃないやろ。口は悪けれどメンバーそれぞれのこと、ちゃんと考えてくれるような奴だったんやろなあお前は」
修二は何も返さなかった。ただいつもの目で、前を真っ直ぐ見つめる姿がガラス越しに見える。
「あの時、なんであぁ言ったんかずーっと分からんかったけど。みんなを見てたなりに考えた発言やったんやろなあ」
「……よく喋るな」
「今更ちゃう?マシンガントークの羽柴アヤトくんやで」
「くん付けはやめろ」
「はいはい……ほんま、奇跡みたいやなあ……」
ぽつり、と零す。
「どれに対してだ?」
「ん?全部かな。今アイドルしとることも、またハバキリでライブすることも……夢が叶いそうな事も」
「夢……か」
思うところがあったのだろうか、再び彼は口を噤んだ。
「……ここからは独り言やで。まぁ聞いとっても聞いとらんでもええわ」
軽く伸びをしつつ、後ろの荷台に目を向ける。前回荷台に乗れなかったメンツも楽しげに時間を過ごしていた。そんな様子にアヤトの口角が少しだけ上がる。
「さて、まぁ俺の夢はユニットアイドルであること……いや、あり続けることな訳やけど。修二くんはいつだかになんでユニットに拘るのかった聞いてきたねぇ……」
どこか茶化すように隣の頬をつつく。いつもは彼の相棒的存在の彼にされている事だが、今くらいしかこんなことは出来ないだろう。修二の眉間にあからさまにシワが寄った。
「もう気にせぇへん事にしたからまぁええんやけども。まぁユニットに拘るんは……綺麗な景色を共有してたいからやな。隣で誰かとさ」
「……ソロでも観客と、プロデューサーとなら共有できるんじゃないのか?」
「はは、違うやろ。ステージの真ん中で見る景色と客席と、舞台裏の景色は。似てるようで、ちょっと違うと思うんよな。どれも綺麗なことは変わらんしどれが1番かってことはないんやけども……俺は、隣に誰かがいて、そんで……限界まで、ステージ立ち続けたい」
アヤトはぎゅっと、拳を握りしめる。
「……多分あとちょっと数年もすればステージでアイドルとして綺麗なパフォーマンスが出来る限界が俺には来ると思うんよ。でも、今の世界なら世界の限界と俺の限界がもしかしたら同じくらいに来てくれるんじゃないかなってちょっと思ったりしちゃってな。俺らしくもないけど」
「……そうだな」
「Caprcornのみんなには、こんな話できんしな……なんというか、あの時あんな風に言ったお前だから出来る話なんよなぁコレ……ってそうやこれ独り言やったな」
「う〜ん、会話みたいになってしもた……でも、そうだな。何となく、この話をするなら修二がええなぁと思ったんや。ステージにこんな思い持っていってるアイドルやなんて、メンバーの二人にも…プロデューサーや亮介さんにも、あんま知られた無かったから」
「アイドルらしからぬ、と?」
「せやなぁ。アイドルがするには現実的すぎるし、悲観的過ぎるしついでに言うなら"羽柴アヤト"っぽくないというか。ただの羽柴綾都の願望の話やからかなぁ」
ぼんやりと前を眺める。少しだけ、日が傾いてきたような陽の光が車内を照らしていた。
「ただの羽柴綾都の願望を俺に話して何になるんだ」
「何にも。強いて言うなら俺がちょっと楽になるだけやな。俺はいつだって、実は自信が無い人間やから。お前に言われる前からな」
ふ、と彼にしては大人びた笑いをうかべる。
「……でも、自信が無いからユニットでいたいんやなくて。俺の夢がユニットアイドルやからその夢に縋り着いていたいだけなんよ。ユニットアイドルとして、人生の頂点で最期を迎えたいやろ?まぁ、どうなるかなんて神様しか分からんけどな」
いっぱい喋って疲れたわ、とボトルに入れた水を口に含む。
「むせるなよ」
「お前、最近子供扱いしとるよな?俺の事」
「最近、でもないと思うが」
「ずっとか??ありえん……」
わざとらしくはぁ、とため息をつくころにはいつも通りのアヤトの顔に戻っていた。
修二はずっと、真っ直ぐに前を見つめ続けていた。