縮んだ凪と玲王と千切の話 事件が起きた。凪が子供になった。
朝、玲王がいつもの様に凪を起こそうとしたら既に小さくなっていて、その時ばかりは目を疑った。この場所に子供が入り込めるはずもないし、ふわふわとした白い髪は凪と同じ。どうやら、コレが凪なのだと認めざるを得ない事態に。
布団の中で小さくなった体をまるくしてすやすやと寝息を立てていた凪を起こすと、ぽやんとした顔で眠そうに目元をこすりながら小さな欠伸をひとつ。
控えめに言って天使かと思ったが、今はそれどころではない。
「おまえ、凪……だよな?」
「……?」
縮んでしまった凪と話をしようとしても、少しばかり不思議そうな顔をして黙り込んでいる。まるっきり意思の疎通が出来ない。多分、見たまんまの中身になっているのだろう。
その小ささからして、おそらく一桁の年齢なのではないかと推測されるが、本人が何も言わないのでわからない。そして急にこうなったという事は、また急に元に戻る可能性もある。なのでブカブカのシャツ一枚を着させられている凪は、見守り役としてベッドに腰掛けている玲王の隣にちょこんと座って体を寄り掛からせて眠っている。
この少し前、話を聞きつけたチームメンバー達が凪を見に来ても、凪は特に反応を示さなかった。代表のクリスに話しかけられて頭を撫でられたり触られても、スンとした表情のままであった。昔から無表情なのは変わらないらしい。けれども、どういう訳か玲王には懐いているようで、その傍から離れなかったので凪は玲王に任せてチームは話し合いへ向かった。
そして暫くすると、ミーティングが終わったであろう千切が部屋へ戻ってきた。
「クリスが今日は外に出すなってさ」
「まぁそうなるよな……」
この状態の凪が他のチームの目に触れたら大騒ぎになる。原因も何もわからないので、様子見をするしかないだろう。
「凪は?」
「変わらない。ずっと寝てるし、何も喋らないまんま」
「ホントに全然喋らねえのな。でも玲王から離れないって事は、少しは覚えてんのか?」
「いや、凪は覚えてたら何かしら言うだろ」
「それもそうか」
千切は寝ている凪に視線を落とすと、しゃがみ込んで凪の頭を撫でる。それに反応して目を開けた凪は千切を見るが、じっと見つめるだけだ。
「うーん……凪、お前可愛いな」
「天使だろ」
「いやそれは、まぁ……今回は認めてやる」
玲王の言葉を普段なら惚れた奴の戯れ言だと否定してやるのだが、紛れもなく小さいサイズの凪は可愛い。大きいサイズが可愛くない訳ではないのだが、やはり子供というものは格別だろう。
ここでふとした懸念がひとつ過る。凪は、元に戻るのだろうか?
「このまま凪が戻らなかったら、俺が育てるしかないのか……」
「何でお前が育てるの前提?」
「いや、アギに生涯を面倒みてやれって言われたし」
「そーいう意味じゃないだろ。多分」
玲王の物言いに呆れながら凪から離れた千切はベッドの向かいにある椅子に座る。数回ぱちぱちと瞬きをした凪はベッドから下りて、玲王の正面に移動した。
その何もかもが愛らしいなと玲王の表情が緩む。
「……れお」
小さく発された高めの細い声が玲王の名前を呼んだ。
「お、喋った」
「凪? どした?」
普通に喋れるのかと千切と玲王は凪を見やる。不思議そうにしている玲王に向かって、凪は腕を伸ばした。名前を呼んだきり、他は何も言わないが、凪のその仕草は幼子がする特有のものだ。
「ん……? 抱っこか?」
玲王の言葉に、こくりと凪は頷く。その愛らしさに玲王は真顔になり深い溜め息を吐いた。
「俺の凪が可愛い」
「口から出てんぞ」
「いや出るだろ」
「まぁそうでなくても、お前普段から口に出すタイプだもんな」
千切と言葉を交わしてから凪に「おいで」と声を掛けて抱き上げると、凪は玲王に擦り寄って腕の中に収まる。この行動に、日頃、凪から寄られる事があまりない玲王は少し面食らう。ここまで懐かれている理由は何だろうか。考え始めたところで、パシャリとシャッターを切る音が聞こえた。そちらを見ると、千切がスマホで写真を撮っていた。
「顔、緩みきってんぞ〜」
「だから仕方ねえだろうが!」
「ハハハ、あとで凪に見せてやろ。そーいや、玲王は写真撮ってねぇの?」
「もう撮った」
「だよなー」
誰もいない時にすごい撮った。でも後で千切の撮った写真も送ってくれと玲王は伝える。じゃあ、せっかくだから写真と動画残してやるよと千切は撮影を始めた。
そうこうしているうちに、凪は再び寝始めた。まったくもってよく寝るなと、玲王はその頭を優しく撫でる。
この小ささといい軽さといい、気をつけないとすぐに壊れてしまいそうだ。
「……凪が俺より身長あってよかったわ」
「なんで?」
「いや、何か小さいと壊しそうで怖いし、本気で抱けないだろ」
「あ、お前らってやっぱそういう関係なんだな」
玲王の言動からして、そうなんじゃないかとは思っていたが、明確に聞いた事がなかったので千切は特に気にしていなかった。しかし、実際に本人から聞くと、やっぱりなという感じだ。
「……悪い、俺なんか言ったか?」
「凪を抱いてるって」
「あー……つい……今の忘れてくれ……」
「そういうの言いたいタイプなんじゃねーの?」
「そりゃ俺は言いたいけど、凪があんま良い反応しないんだよ」
大っぴらに言える事でもないが、親しいメンツにだけ言うか?という提案を玲王は一度凪にしたのだが、凪は首を振って「言わない」と一言だけ。なんでと聞いても、凪は人差し指を口元に当てて〝ないしょ〟という仕草をするだけだった。
それをついうっかりバラすような事を口にしてしまった。口にしたのは完全に無意識だったので、この状況に動揺しているのかもしれないなと玲王は凪の寝顔を見る。
「ふーん? 意外だな。照れてんのか?」
「凪が?」
「そう。アイツわりと何でも思ってる事は言うし、言いたくないって事は、多分そーいうことだろ」
考えてもみない発想だ。玲王からしてみても、凪の感情は謎が多い。本人が言いたくないのならと追求はしなかったが、確かに、その類いの感情があってもおかしくはない。が、聞いてみたところで、記憶がない今の凪には答えられないだろう。
現状が変わらない事にはどうにもならない。
「もし元に戻らなかったしても、離す気はねぇけど、そうなったら色々と困るな」
「それこそ、マジで育てるしかないんじゃね?」
「だよなぁ? は〜……ちゃんと戻れよな、凪」
♢
翌日、あっさりと凪は元に戻っていた。夜は玲王と一緒に同じベッドで就寝して、朝になって玲王が気が付けば元の姿に戻っている凪が隣に寝ていた。狭いベッドの中、寝起きによる頭では夢か現実かわからなかったので目の前にある凪の頬に触れると、少し身じろいだので一気に覚醒した。
「凪……?!」
「んにゃ……」
「戻ってる!!」
「レオ……? え、なに、どういう状況……?」
同じベッドにいる事と、自身がシャツ一枚しか身につけていない事に凪は首を傾げる。
話をしてみると、結果的に凪は何も覚えていなかった。玲王に一通り体調不良やこれまでの記憶の確認などをされた後、報告を受けていた絵心の方でメディカルチェックを受けさせられたが問題は無いとの事で、チームメイトは一安心した。そして念のため、凪は本日も練習を休んだ。
「凪、これ見てみ」
「ん?」
千切が凪へ見せた物は、玲王が小さい凪を抱っこしている写真。
「おー、俺ほんとに小さくなってたんだ」
「ああ、まったく喋らなかったけどな」
「へぇ」
「んでさ、お前、玲王が好きなの?」
何の脈絡もなく、千切は凪に玲王への好意を聞いた。凪は千切に視線を向けて、キョトンとした顔をする。
「? 好きだよ」
「付き合ってんの?」
「ばっ、千切!」
「いーじゃんか別に」
本題とばかりに突っ込んだ質問をした千切に焦ったのは玲王だ。千切は自由である。自分のしたいようにする。
それに全てを察した凪は玲王の顔を見た。
「レオ、言ったの?」
「うっ、悪い、つい口が滑って……」
「まぁお嬢ならいいけど……そういう意味で、レオが好きだよ」
あっさりと認めた凪に、千切は更に畳み掛ける。
「じゃあその事を言いたくない理由は? 何かあんの?」
「いや……わざわざ言うことでもないし……ふつーに恥ずかしいでしょ」
わざわざ言う事ではないというのは正論。しかしその後に続いた言葉は、色恋の仲だとか、そういう行為をしている仲だと告げるのは恥ずかしい。そう言う凪に、こいつにも羞恥の感情があるのか。というのが正直な感想だった。それは千切だけではなく、玲王ですら同じだった様で、何か頭を抱えている。玲王が凪に対して抱える感情は複雑過ぎて千切にはわからない。
そもそも、この二人の距離感で付き合ってませんって言う方が驚くけどなと千切は思う。多分、ブルーロックに参加しているメンバーは、ほぼそう思っているのでは、というレベルだ。
子供に戻った凪が現在の記憶がなくても玲王に懐いていた理由は、玲王の事が好きだから。だから本能でああいった行動に出たのだなと千切は納得した。普段、表情や言動には表れないが、凪はかなり玲王の事が好きなんだなと理解した。
目に見えている物だけが全てではない事を千切は学んだのだった。