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    sakugetu_reirou

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    sakugetu_reirou

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    祓い屋パロ。

    総本山の当主である玲王と、狐を使役する家系の凪の話。

     祓い屋。穢れを祓う特殊な掃除屋。それがうちの大昔から代々伝わる家業。
     幼少の頃から人間の負の感情の集合体のようなものを相手にしていると、ある程度は人間の本質を見抜けるようになる。この世の者もこの世の者じゃないモノも、等しく同じだ。言い寄ってくる人間には必ず下心がある。それはもうわかりやすいくらいの。
     由緒ある家業なのはわかるし、世の中の役に立っている事もわかる。ただ、古めかしい伝統のせいで、制限されてる事も多いのが窮屈だ。
     年齢をある程度重ねれば、口を開けば「跡取りだ」だの、「お世継ぎだ」としか言われないので煩わしくなってくる。そんなある日のこと、また両親が見合いや縁談の話を始めたかと思ったが、今日は様子が違った。

    「許嫁?」
    「そうなの。おじいさまが約束していたらしいのだけど、どうやら相手の子も男の子らしくて……」

     両親が言うには、俺が産まれる前に交わされた契約があるらしい。残されていた契約書によると、祖父と仲が良かった人物との間で、倅達に子供が産まれたら許嫁にしようという約束をしたとの事で。
     何故そんな事を約束したのかわからないが、祖父はかなり能力が強かったと聞かされている。そんな人が意味もない約束をするだろうか?
     しかし残念ながら、祖父は既に他界しており詳しく話を聞くことができない。契約書が残されている以上は、その話が今も生きているから両親は困っているらしい。

    「玲王が産まれる前の話だ。無効だろう。すぐ断ろうと思ったが、決まりで一度は顔合わせはしないといけないらしくてな。直接、お前が会って断りなさい」
    「……相手の家って、うちと同じ系統?」
    「狐を使役してると聞いている」
    「御家柄には、申し分はないのだけどねぇ」

     確かに狐に関わる一族は珍しい。何せ、この業界にずっといても、一度も目にしたことがないから。
     どうやらこの言い方からすると、異性だったら許嫁として結婚させられていたな。どこまでも有益な事にしか動かない人たちだ……
     それにしても、多分環境的には俺とそう違いない育ちであろう人間、か。少なからず興味はあるなと話を進める事にした。





     顔合わせの日。場所はうちの離れにある別邸。昔からある純和風の建物だ。相手方とこちら、どちらも口には出さなかったが、契約破棄を前提に置いていることから、本人同士だけの面会となった。
     正装である着物で窓の外の庭園を眺めていると、案内人が襖越しに声を掛ける。

    「玲王様、御客様がお見えになりました」
    「ああ、ありがとう。入ってもらってくれ。あと付き人は要らないから、下がっていい」
    「かしこまりました」

     使用人が襖を開けると、そこには濃灰の着物を着ている白い髪の男がいた。しかし狐面を付けていて、顔を確認することはできない。
     不思議な出で立ちをしている。それに、かなり身長があるなという印象だ。

    「失礼致します。ごゆるりと」

     会釈と共に掛けられた使用人の言葉に、男は軽く会釈を返した。

    「入ってくれ」
    「……」

     俺の声に男が無言で踏み出すと、ゴンッという鈍い音がした。少し漏れた呻き声と共に、男はしゃがみ込む。面を付けてて視野が狭いからそうなるかなとは思ったけど、予想通り――鴨居に頭をぶつけた。昔の造りなので、身長が高いとそうなる。

    「い、たた……」
    「ははっ、俺も昔よくやったわ」
    「もー……動きづらいし、だる……」

     溜め息混じりに発された声は、意外とやわらかく穏やかだ。

    「大丈夫か?」
    「だいじょぶ……あれ……」

     はた、と気付いた男は己の顔に触れる。そこに狐面はない。さっきぶつかった拍子に落としたそれは床に落ちていて、そいつを確認してから男は俺の顔を見上げる。表情から感情を読み取ることはできない。
     顕になったその素顔は気怠そうな大きい瞳に白い肌と、身長に反して可愛い系の顔だ。
     何か隠す理由でもあるのだろうか。

    「なんでお面なんか付けてるんだ?」
    「あー、うちの風習」
    「風習?」
    「そう。素顔を見られたら、その人と結婚しないといけないんだって」
    「……えっ?!」
    「まぁこれは俺のミスだから、ノーカンでしょ」

     言いながら傍らに落ちている狐面を顔へ付けると、男はゆっくり立ち上がった。横に並んでみると、俺よりも少し背が高いことがわかる。
     いや、それより、素顔を見られたら結婚しないといけないと聞こえたが、許嫁とはまた別の話になる、のだろうか……?
     色々と聞きたいことが多すぎる。

    「えーと、名前は?」
    「凪」

     ものすごく簡潔に答えた。シンプルすぎる。

    「凪か。フルネームは?」
    「凪誠士郎」
    「俺は御影玲王だ」
    「御当主様ね」
    「当主じゃなくて玲王な!」
    「……レオ」
    「よし。良い子だ」

     受け答えが子供みたいで、つい口調が変わってしまう。

    「歳は?」
    「十七歳」
    「お、タメじゃん」
    「そうなんだ」

     まるっきり興味なさそうなトーンの声。今まで会った事のないタイプだ。人間は初対面であれば少なからず何かしらの感情を抱くはずだが、この人物は何も感じていないらしい。こんなこと初めてだ。おもしろい。
     隠されてしまったのでもう表情を伺うことはできないが、じっと見つめてみると、甘い匂いがしていることに気付く。

    「なんか香水とかつけてる?」
    「へぇ、わかるんだ。強いね」

     妙な言い回しをする。はっきりとした香りがあるのに、強いという言葉は会話として噛み合わない。
     本当に不思議な人間だ。手を伸ばして凪に触れようとした直前、殺気を感じて手を止める。すると獣の鳴き声と共に鋭い爪先が指を掠めた。

    「うわっ!?」
    「あ、こら」

     下を見やると、白と黒の二体の狐の姿。臨戦態勢で俺を威嚇している。そういえば、狐を使役してるとか言ってたっけ。

    「それお前の……?」
    「うん。俺は大丈夫だから、さがって」

     声を掛けながら屈んだ凪が二匹を撫でると、狐は凪の手に擦り寄った後にまったく納得してなさそうな態度で渋々と姿を消した。
     
    「狐の霊獣か……初めて見た」
    「人前にはあまり姿を見せないからね。使役されてる子は、自我がない子と自我がある子がいるけど、うちの子は自我あるから、たまに勝手に出てきちゃうんだよね」

     狐は気難しくて力が弱い人間には仕えないし、手懐けるには相当苦労すると聞くが、凪にの二匹はかなり懐いているように見えた。
     あの様子からすると、ずっと凪を護っているのだろう。となると……なるほど、俺は敵認定されたわけか……

    「凪は祓い屋してんの?」
    「一応は……でも始めたばっかだし、よくわからない」
    「始めたばっか……?」
    「それよりも、今日の本題なんだけど」

     本題。許嫁の話か。忘れてた。

    「ああ、その話で来たんだったな」
    「交わされたのは昔の話だけど、形式だから破棄の書類に記入してほしいって。俺はやく帰って着替えたいから、署名よろしく」

     確認するまでもなく破棄か。まぁ普通に考えればそうなんだけど。何というか、どうしようもなく凪誠士郎という人間に興味がある。ここで関係を切ってしまうと、二度と繋がりは出来なくなるのではないかとすら思える。
     狐と関わっている所は秘密主義が多い。下手したら存在すら突き止められなくなる、かもしれない――

    「凪、お前、顔を見られた相手と結婚しないといけないんだよな?」
    「家の決まりだと、そうなるね」

     肯定された言葉に、俺は凪の狐面を外した。さっき少しだけ見た顔を正面から見ると、驚いているような表情が映る。そして訳がわからなさそうな凪の後ろから、再び二匹の狐が勢いよく噛み付いてきたので寸前で避けた。見るからに激おこで唸り声を上げている狐たちに、もう何もする気はないと両手を軽く挙げた状態で凪に宣言する。

    「これで婚約成立だな?」
    「えっ、まって。俺男だけど……」
    「ははっ、わかってるっつの! よろしくな、凪!」
    「まじか……変なの……」

     許嫁とか結婚とかは後回しだ。繋がりを持ってしまえば、こっちのもんってやつ。
     とりあえず、まずは先にこの目の前にいる狐二匹をどうにかしないとだな……





     おわり






      補足

    「稀血?」
    「そー。俺の血、特殊みたいで、力が強いものに対しては、何か甘い匂いがするみたいなんだよね」
    「あー、それでか……聞いたことはあるな。すっげーレアケース。マジでいんのか」
    「うちの家系はそういうの出やすいみたい。……それで、もう帰っていい?」
    「待てこら。なんでそんな帰りてぇの?」
    「言ったでしょ。着物が窮屈だから着替えたいって」
    「それだけか?」
    「それだけだよ」

     中途半端な感じで帰したくはないが、とりあえず家の方に説明を入れないと成り立たないので一度は帰すか。

    「凪、帰ったらちゃんと説明しろよ?」
    「んー、うん……」
    「絶対だからな!?」
    「……レオっておもしろいね」
    「いやお前のがおもしろいだろ。とりあえず、また後で私服で来い。もしくは俺がお前の家に行く」
    「いやまぁいいけど、完全に予想外だからこの後のことは俺にはわからないし、たぶん両家で話し合いになると思うけど……」
    「話し合い? ンなもん凪の家の風習で話付くだろ」

     互いに伝統と風習を重んずるであろう家柄だ。凪の家は知らないが、俺の両親を黙らせる手筈は整っている。それだけで十分だ。
     それだけ伝えてやると、凪は少し考えた後に「わかった」とだけ答えた。
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