試合後のインタビューで千切と凪の二人は一緒に質問を受けた。その中で、現在同じチームに所属している事と昔からの顔馴染みなのもあり、一軒家を借りてルームシェアをしていると答えたのが約一時間前の出来事。それからそのシェアしてる家のリビングで二人が本日の試合を振り返っていると、凪のスマホが鳴った。画面を見るとそこには玲王の名前が表示されていて、いま日本の時刻は夜中のはずだけど、と凪は通話ボタンを押した。
「レオ?」
『凪、おまえ、同棲してんのか……俺以外の奴と……』
「んぇ、同棲っていうか、ルームシェアね。しかも相手お嬢だし……もしかして、試合の後のやつ見た?」
凪の少し戸惑い気味な様子に、千切は凪のスマホに耳を寄せる。どうやら玲王はこちらで放送した内容を日本で見て電話を掛けてきたらしい。そして多分、ルームシェアをしているという話を凪から聞かされていなかったのだろう。
『一緒に住んでるなら同棲も同じだろうが!? どいつもこいつも人のモノ取りやがって!!』
ご乱心で捲し立てる玲王の声がよく聞こえる。正直うるさい。耳を寄せるんじゃなかったと千切は後悔した。
玲王の言う、どいつもこいつも、というのは、多分潔の事を言っているのだろう。一体何年前の話をしているのか……アレと同じにされるのは心外だが、玲王の様子が面白くて千切は笑ってしまう。
電話の向こう側ですごいキレている玲王だが、べつに玲王と凪の二人は付き合っているわけではない。ただ、恋愛感情に発展する前に、玲王が実家を継ぐ為にサッカーを辞めて日本へ帰国した。その後、典型的で実に滑稽だが、暫く経ってから凪への恋心を自覚したという玲王の心情を知っている千切はニヤニヤしながら凪からスマホを取り上げると勝手に話を始める。
「どーも、間男ですけども」
『あ?』
「千切……たぶんレオ寝てないからあんま遊ばないであげて」
嗜める凪の言葉に、千切はまぁまぁと手で静止する。多忙を極めすぎているであろう玲王は寝不足であることが予想できる。機嫌は最低最悪だろう。
「そんなに大事なら、誰かに取られないようにちゃんとつかまえておけよ」
『は? なんでおまえに』
玲王が喋っている最中で千切はブツっと通話を終えると凪のスマホの電源を落とした。ついでに自分のスマホの電源も切る。玲王に連絡手段を与えないためだ。満足気に笑った千切に、凪は目を細める。
「あーあ……お嬢ってたまにレオに厳しいよね」
「俺はハッキリしないのが嫌いなだけなの」
「男前〜」
「凪、電源入れんなよ?」
「べつに俺はこのままでいいのに」
「いやいや、お前もちゃんと考えろ」
「……気が向いたらね」
凪は考えていない訳ではない。ただどうしたらいいのかがわからない。というのが正しい。玲王の事はずっと友人だと思っていたから、恋心とか付き合うとかについては、ピンときていないだけだ。それに、凪は玲王本人から直接聞いた訳では無いので、考えなくてもいいのではないかと思うけど、多分きっとその時は来る。
めんどくさいなぁという気持ちの方が大きいけれど、向き合わなければならないというのは凪にもわかる。
♢
深夜、そろそろ寝るかという時に、インターホンが鳴った。こんな時間に誰だと思い千切が玄関へ出ると、すこぶる機嫌の悪そうな玲王が仁王立ちしていた。顔が怖い。
これにはさすがに千切も驚いた。来るとは思っていたが……
「いくらなんでもはやくね?」
「俺を舐めんな。住んでるとこ調べ上げてプライベートジェット飛ばすくらい何でもねェんだよ」
「うわ、御曹司こえーな……」
「あ、レオ」
「凪!」
顔を覗かせた凪を認識した玲王は嬉しそうに表情を変えて近寄ると、そのまま凪の体を抱きしめた。
「なんでいるの?」
ほぼ答えがわかりきっている質問をするが、玲王からは返事がない。不思議に思い凪が顔を覗くと、その瞳は閉じられていて、ゆるく体重が掛かる。落ちないように玲王の体を支えた凪は玲王の意識を確認する。すると完全に手放されているソレに、ぽつりと呟いた。
「寝てるし……」
「ぶはっ、マジかよ!」
吹き出す千切。玲王は限界を迎えたらしい。顔色も良くないし、とりあえず寝不足だろうから寝かせたいと凪は自分の部屋のベッドに玲王を寝かせた。
「いっしょに寝んの?」
「寝ないよ。俺はソファにでも寝ればいいや」
「まぁ、明日はオフだけど、明後日は試合じゃん。コンディション狂うと支障でるぞー」
「別に大丈夫でしょ」
この状態の玲王は他人の気配がするとすぐに起きてしまう可能性が高い。なので同じ部屋には居たくないのが正直なところだ。ひとまずは長時間の休息を取ってほしい。
家業を継いでからというもの、玲王が気を張りすぎているのが凪は気掛かりなのだが、自分に口出しする権利はないと見守っている。
それにがんばりやさんだから、無理をしないでほしいと言っても無理をするのが目に見えているから。
「あ、じゃあ俺と一緒に寝ようぜ」
「お嬢と?」
「そ。ベッド広いからイケんだろ。そっちのが絶対ぇおもしれーし」
コンディションは睡眠の質から、という事で、ベッドは広くて良い物を使っている。しかし千切の思惑は別のところにあるようで。面白いからという言葉に、また良からぬ事を考えているなぁと思ったのだが、めんどくさいからいいやと凪は考えるのをやめた。
♢
朝、バタバタと騒がしい音が家に響く。バンっと扉を開けているような音が聞こえるので、凪は眠い目を開ける。同じく物音で起きた千切が欠伸をしながら「始まったか」と一言。「なにが?」と凪が言う前に、千切の寝室の扉が勢いよく開いた。そこには整った顔を引き攣らせている玲王の姿があった。
「千切テメェ……」
「よぉ、凪なら俺の隣で寝てるぜ?」
「お前それ言いたいだけだろ!?」
「ふはは! せーかい!」
「くっそ、凪! なんで俺と居ねえんだよ!?」
「えー……」
「凪はとりあえずそっから出ろ! んでもって千切は殴る!」
「やべ、キレた」
布団から飛び出て玲王と対峙する千切。試合のマークとは違い、じりじりと間合いを取る。
仲良いなぁと凪はベッドから起き上がって二人を見やる。御影コーポレーションの御曹司である玲王と、プロのサッカー選手である千切がこんな事で乱闘をするとは誰も思わないだろう。それがちょっと凪は面白い。
中心になっているのは凪なのだが、本人はどこ吹く風だ。
その後、落ち着いて話をすると、玲王も一緒に住むと言い出したので、主に仕事とかの事を問えば、そっちはどうにかするし、何よりも凪と千切が同じ家で暮らしているのが「ムカつくし不快だから許さねぇ。それ以外の理由があんのか?」と言い放ったので、玲王だな〜と凪と千切は懐かしく思うのだった。