机上の空論中等部騎士部科1年の教室にて。
「なぁなぁカラム」
教室で今日の教科と範囲を確認するカラムにアランは満面の笑みで歩み寄る。
「なんだ?」
まだ数ヶ月の付き合いだが、こういう時の笑みは悪ふざけを考えている時だ、とカラムも分かるようになって来た。
「よく漫画とかで教室の扉開けたら頭から黒板消しポフッて落ちてくるのあるだろ?あれって本当に頭に当たるのか?試そうぜ」
「はぁ〜」
話を聞けば何とも子供じみた遊びを提案された。そういうのは小学校時代に置いてこいと口には出さないものの思う。
「そんな下らないことをわざわざしなくても結果は分かっているだろ?黒板消しが落ちる速度と身体を入れ込む速度を考えれば、黒板消しの方が先に落ちる。それにもし当たるとしてもあんなに端に置いたら頭でなく手か肩に当たって床に転がるだけだ。そして床掃除が大変だ」
どんなに払ったり叩いたりしても黒板消しからチョークの粉は取り除けない。落ちたあとの掃除の方が大変なのは目に見えていた。
そんなことに時間を掛けるのであれば英単語の1つでも覚えたい。夏休み前の中間テストももうそこまで来ているのだから。
「いやいや直接やっみてぇんだって。本当になるのかどうか検証しなければ〝机上の空論〟?ばかりで無く、実際どうなのかって自分の目で見るって相当大切だろ?カラムは見たことないだろ?」
「……確かに」
「な?な?だからさ、実験してみようぜ」
ぐぬぬ……とカラムは口を一文字に結んで震わす。
どんなに考えても頭上に仕掛けた黒板消しは人の頭には落ちてこない。だが、それは本当か?と聞かれれば見たことがない以上、アランが言う通り〝机上の空論〟である。
とても馬鹿馬鹿しい話だ。
そんな遊んでいる暇あるなら勉強しろ、と再び思う。
だがこの男の存在自体が既にカラムの常識から大きく離れ、否定する存在だ。
その男が言うのであれば実際に見たくなるのだから困る。
実際やってみてその通りだったとしてもこの男は笑って「カラムの言う通りだったな」と言うだろうし、違ったら違ったで、「こんな結果になるんだな」とやはり屈託無く笑うだろう。
清々しいほど無邪気で、純粋で、見ているこっちが気持ちがいいと思う程ある。
「俺が勢いよく頭を突っ込んだら頭に当たらねぇ?」
「お前は自身で当たりに行くのか!?」
「だってよ、他の人に当たったら申し訳ないし。ちょっとその撮影に付き合ってくれね?どれぐらいで突っ込めばいいか確認するわ」
「………たくっ」
本当に先が読めない男だ。それに巻き込まれ、付き合わされるこっちのことも考えて欲しい。
でもその全てが刺激的で知らない世界ばかりだということには感謝もしていた。
「他人に仕掛けるのであれば止めるが、お前自身であれば付き合おう」
「おお!さすがカラム、付き合いいいな!」
「いいから、さっさと始めよう。朝の会が始まる前に掃除を終わらせるぞ!」
「おぅ!」
元気に返事をするアランと共に教室の扉前に向かった。
「で、あとは挟んで……こんなもんだな」
「早くしろ。向こうから人が来るだろ」
「あぁ、待ってくれ。じゃ、ここから撮影してくれ」
アランが黒板消しを仕掛ける為に使った椅子を退かす。
「撮影始めたぞ」
「んっじゃ、やるぞ!よ〜────」
────ガラガラ、ポフっ、タッンタタタン……
アランが扉に手を掛けるよりも早く、ぬっと現れた手と顔。
そして支えを失い落ちた黒板消しは、手と共に頭を扉の中へと入れた長髪黒髪の男の頭に直撃し、白い粉を撒き散らして床へと転がった。
「「…………ハリソンッッッ」」
まさかのタイミングで登場したハリソンにアランとカラムの声が綺麗にハモった。
「……何をしている」
「すまん!頭痛くないか!?」
「すまない、我々の遊びで汚してしまった!!」
アランとカラムは慌ててハリソンの髪や制服に付いたチョークの粉を払う。
「構わん」
「そういうわけにもいかねぇって」
「我々が汚してしまったんだ。払うくらいはさせてくれ」
2人ともハリソンが自身の汚れに無頓着なことは理解しているが、自分らが遊んでいた巻き添えで汚したのを黙って見ているわけには行かない。
他の生徒であればタオルを用意して拭いただろうがハリソンの場合はそんな余裕もないことも理解していたからこそ手で払うに留めた。
ハリソンはそんな2人にも自身の汚れにも全く興味無く、まだ払おうとする手を無視しスタスタと自分の席へと向かった。
2人もそれ以上は追わない。
完璧とまではいかないものの、何とか目立たないようには出来たと思う。
「……怒ってはいないようだな」
「ああ、我々がハリソンを攻撃したわけではないと理解しているようで助かった」
今のがもし攻撃と思われたら。
もし黒板消しが直撃したのが副団長であれば。
どんな恐ろしい事になったか、2人はブルリと身体を震わせた。
カラムは勿論、アランにとってもハリソンは自分達の常識が全く通じない人間である。決して〝机上の空論〟では語ってはいけない人間の典型だろうと2人は口を一文字に結んだ。
「……もう実験はいいだろ、アラン?」
「ああ、俺も命は大切にしたい……」
カラムの問いにアランも黒板消しを拾いながら切実に答えた。
実験結果、ハリソンなら頭の上に落ちて当たる。