ワタシを見つめて◆設定のようなもの。
・免疫が低い時に寒さの限界を超えると一時的に猫になる世界です。
・この世界では特に珍しい体質ではない。
・一晩暖かくして過ごせば人間に戻れます。
・一番良く温まるのは人肌です(ご都合主義)。
・猫になっている間は人間の理性と猫の本能の優劣が激しく変化しています。(ある程度はコントロール可)
・リラックスしている時は猫の本能が優勢。
・猫から人間に戻るときは素っ裸です。(趣味です)
◆本編
カリカリカリ……と紙にペンを走らせていると部屋の外から「ニ゙ャ〜〜〜オ゙〜〜〜〜〜ン゙〜〜〜〜」という猫の大きな鳴き声がした。カラムが顔を上げると同時に部屋の扉がドォォォンドォォォンとけたたましい音を立て始める。
心当たりは一つしかない。
「アラン!扉を破壊しようとするな!!」
シーンと静まった扉、代わりに「にゃにゃぉ~〜ん♪」と嬉しそうな楽しそうな猫の大きな鳴き声がカラムの耳にも届いた。
たくっ、と苦虫を噛みつぶしたような顔でカラムは腰を上げ、大股で扉まで歩き、開けてやれる。
そこには予想通り、ボサついた茶色かかった金色の毛皮、オレンジ色の目、ピンと立った三角耳と長い尻尾を付けた大きな猫がニコニコ顔で座って待っていた。
カラムの顔を見て「にゃー!」と思いっ切り飛びついたアラン猫。その胸への衝撃は現役騎士であるカラムが「うっ……」と小さく呻きながら足を一歩後ろに出してしまうほどである。
団服に手足の爪でぶら下がるアラン猫を支えてやればその巨体はずっしりと重く、殆どがムキムキの筋肉であることを実感する。
この身体で体当たりされたら、騎士でなければ大変な目に合うだろうと扉を見た。少し凹んでいるものの無事なようでホッとした。
「にゃーにゃーにゃ〜」
「分かった、分かったから少しだけ待て。今していた書類を片付ける」
「にゃにゃ〜ん!!」
分かっているのかいないのか、アランは返事を返すように元気に鳴いて床に飛び降りた。
カラムがアラン猫専用の毛布を出して床に敷けばすぐにそこにちょこんと笑顔で座るアラン。
「取り敢えずここに居てくれ。片付けたらすぐに遊んでやる」
「にゃにゃ」
耳をカラムにピンッと向けてうんうん頷くアランの様子にカラムの口の端がピクピクと動く。
もう長い付き合いだ、この顔のアランは何か良からぬ事を企んでいる時の表情だと嫌でも分かってしまう。
「絶対に動くなよ、動いたらお仕置きだからな!」
「んにゃ!」
やはりその顔のまま返事を返すアランにカラムは覚悟を決める。やるなと言っても聞かないのは人間のアランでも同じだ。
ならば仕事関係の書類やインクなどしまうことに
専念しよう。アランと遊べば折角作成した書類が汚され、破られるのは目に見えている。
ならさっさとしまってアランの遊びに付き合う方が賢明である。そう判断をし手を動かした。
寒い日に体力と免疫力が落ちると猫化する。
つまり猫になれば元気がないという事なのだが、アランだけは例外だった。
猫化と共に人間の常識を失い、本猫が満足するまで遊び尽くさなければ寝ない。
いつも傍若無人な振る舞いをするアランだが、最低限の時と場所と人は選んでいる。だが猫になると自身の欲求を何処でも誰にでもぶつけてくるのでとても困ったものだ。
騎士団に入って初めて猫化したのが本隊騎士の時。当時の隊長格にすら絡みに行った時は流石にその場にいた全員が肝を冷やした。
救いとすれば猫化する頻度が少ないのと、被害は主にカラムだけに集中させる事に成功している事だろう。
こうやって猫になると真っ直ぐカラムの下に来るようになったたのだから。
「にゃ~〜おぉ〜〜ん!」
後ろから鳴き声、片付ける手を止めて振り返れば、アランがカラムのベッドにダイブした所だった。やはり一時もじっとしていることは出来なかったようだ。
猫は温かく柔らかい場所を好むとは聞く。だからこそ毛布を敷いてあげたのだが、やはりベッドの方が良かったのだろう。
出来ればベッドにはブラッシング後に上がって貰いたかったが仕方ないと割り切ることにした。
だがここで思わぬ事が起こった。
ベッドに飛び込んだその勢いのままアランは弾かれたのだ。そして体勢を崩した状態で空中に投げ出されたアランは、バタバタと手足を動かすも体勢を立て直すことが出来ず、そのまま落下し、ズボッとベッドと壁の境に頭から突き刺さった。
しかも途中のお腹辺りで嵌ったようで後ろ脚だけがYの字のように出ている。
「あ、アラン??」
「……ンがぁ、ンがぁ、にゃぁぁぁあ!!」
完全に嵌ったようで出られず後ろ脚をジタバタし暴れるアランの姿に思わず頭に手を当ててしまう。
一番隊隊長として騎士団を引っ張る男がこんな間抜けな恰好を見せているのが情けない。
人間の時なら体勢を崩すなどありえない。運動能力の高い猫でそれが出来ないというのは、やはり体調の不調の現れなのだろう……。本人にその自覚が一切ないのが問題だ。
カラムは鳴き声から怪我はないと判断。身動きが取れないなら好都合だと仕事の続きをすることを決定した。
「もう少しそこで大人しくしていろ」
「にゃー!にゃー!にゃー!」
「仕事を片付けたら出してやる」
「にゃーーー!!」
「言うことを聞いていればすぐに遊んだのに、それを不意にしたはアランだろ。そこで少しは反省しろ!」
にゃーにゃーと抗議の声が煩いが無視をし机に向かった。それから書類の完成と机の片付けを済ませるのに3分も掛からなかったが、アランが恨みを持つには十分な時間だ。
カラムがアランに近付けばウゥ〜と低く唸りながらもどうにか脱出しようと藻掻いていた。これしきで諦めない所は流石である。
「アラン引っ張るぞ」と声掛けしながら出ている後ろ脚を持ち上げた。そのままアランの状態を確認すればボサついていた毛は更にボサボサになっていたが怪我などは無いようで安心した。
「ニ゙ャア゙ァァァ〜〜〜ン〜〜〜」
怨霊のような声を出すアラン。
三角の耳は目一杯後ろに反らし、瞳孔が開いたオレンジ色の鋭い目がカラムを睨みつける。
人間のアランならこんな無様な失敗も、ましてや騎士仲間に対して睨みつける等絶対にしない。それがカラムであれば尚の事だ。
「アラン怒るな救出してやっただろ?」
「ニャ!!」
プイッと顔を背けるアラン。
「アラン……」
完全にヘソを曲げてしまったアランを宥めようとベッドに座り、ビザの上に乗せる。ボサボサの毛を逆立てているアランの背中を撫でようと手を出した時である。
「イタッ!!」
ガブッとアランに噛まれた。
驚き、慌てて噛まれた手を確認すれば血は出ていない。そこから本気で怪我をさせることが目的ではないと判断できる。
その隙にとカラムの膝から飛び降りたアランは机の下から殺気を飛ばす。
「アラン!!」
「フゥ゙ーーー!!」
カラムはまた頭に手を当てる。今度は自分自身に対してである。
アランとは大人同士、対等な立場で関わり、共に過ごすことを苦に思ったことはない。
だが猫化したアランとはどのように接すればいいのか戸惑ってしまう。
一般的に猫になっても人間の自我があることの方が多いのだが、アランはそれがほぼない。人を識別する事はあるので全く無いわけではないのだろうが、次の日に自分が猫化したことすら覚えていないことの方が多い。
とぼけた男だがそこに嘘は無いのは長年の友人関係から確信している。
「アラン、放置したのは悪かった。お詫びに今日は鍛錬場に行って遊ぼうか。そっちなら他の騎士とも遊べるぞ!」
鍛錬場の方がアランも思いっ切り走れ、飛び回れるだろう。声を掛ければ皆アランの為ならと協力してくれる。
だが、アランは小さく「ニャ!」と鳴いてからプイッっと顔を背けて尻尾でバタンバタンと不機嫌に床を叩く。
お気に召さないらしい。
自分と2人でこの狭い部屋の中で遊ぶよりも、広い鍛錬場で他の騎士達と遊んだ方がアランも楽しいと思うのだが、何故かいつもアランは外に出ようとしない。
「じゃ新しい玩具で遊ぶか??ネズミの玩具を用意したんだ!ほらこれだ」
アランがそちらをチラッと見ればカラムがネズミの玩具のゼンマイをカチカチと回している所だった。そっとネズミを床に放てばガチャガチャと歯車の回る音をさせながらネズミが床に円を描いて回った。
単純な動きだ。
だが、アランの猫としての狩猟本能を刺激するには十分であった。
顔を動かしながら、目の瞳孔を開いては細めるを繰り返しネズミを捕まえるイメージを頭に描く。無意識にお尻が左右に揺れ始めればもうネズミを捕らえることしか頭にない。
カラムはアランがネズミに釘付けになっている様子に『よしっ』と心の中でガッツポーズをした。
とうとうアランが狙いを定め、タイミングをはかりながら机の下から飛び出した、その瞬間──
ネズミがコテッと倒れ止まった。
アランはその様子を目で捉えながらも既に飛び出していた身体は言う事を聞かず、その手はネズミが動いていたら正しく獲ったであろうタイミングでペシッと虚しく床を叩いただけであった。
「……………」
「……………」
重い沈黙が流れる。
「あ、アラン……??」
「ニ゙ァ゙〜〜〜おぉ゙〜〜ン!!!」
「スマン!ワザとじゃない!ワザとじゃないん……ゴフッ!!」
元々の機動力と素早さでカラムの顎の下に頭突きをくらわせ、床に倒れたところで頬にペシペシペシ──と猫パンチを叩き込むアラン。
その手から爪が出されていないのがせめてもの救いだと痛む顎下を気にしながら、痛くない猫パンチを受け続けるカラムは思った。
人間のアランならこんな八つ当たりは絶対にしてこない。こういう大きな違いもカラムがアランが完全に猫化しているのだと確信する理由であり、同時に戸惑う理由でもある。
一層のこと『これはアランとは別人です』と言われた方が比べる必要が無い分楽である。
だが残念なことに、この猫がアランに戻る姿を何度も見ているカラムにはこの猫がアランであることを否定は出来ない。
まだペシペシしているアランを見ながらその手を取ると、気まずそうに目を逸らされた。これが恥をかかされた事による八つ当たりだと本猫も理解はしているのだろう。猫化はしていても物事の善悪は人間の尺で考えることは出来るようだ。
カラムはアランを抱き上げ「ごめん」と言いながらゆっくりと背中の逆立っている毛を撫でる。何度か行えば『まだ怒っています』と雰囲気出しながらもゴロゴロと喉が小さく鳴り出した。
これには思わずカラムも口元が緩んでしまう。
「アラン、ブラッシングしてやろう」
ベッド脇に用意していた猫用具の中からブラシを取りそっと背中を梳かしてあげれば、ボサボサだった毛並みが徐々に整っていく。それが気持ちいいのかアランの喉が大きく鳴り始めた。
シャッシャッとブラシが毛を撫でる音と猫の鳴らす喉の音だけが部屋に響いた。
この穏やかな時間がずっと続けることが出来ればいいのにとカラムは思う。自身がアラン猫の要求していることを理解しきれていないことは自覚していた。
「ブラッシングが終わったらお前の服を持ってこよう、ここで大人しくしていてくれるか?」
「にゃ〜……」
「眠いなら寝ていて構わないぞ?」
カラムがアランの顎下を撫でればゴロゴロと喉の振動が指に伝わってきた。その愛らしさにまた口元が緩み、目を細めてしまう。
アラン猫の気持ちも何をして欲しがっているのかも分からない。満足して貰えたことなど無いように思うのだが、それでも毎回自分の部屋に来てくれる事には感謝している。
毎回満足して欲しいと思っているのだが、それが一番難しいとも実感している。
「猫のアランも嫌いではないが、やはり人間のアランの方が私には合っているな。だから早く人間に戻れ、アラン」
だいぶ毛並が整ったアランの茶に近い金色の毛並みを手で優しく撫でるとアランの長い尻尾がゆらゆらと揺れた。
おまけ
アランの部屋から服を持って来たカラムが自身の部屋を見て固まった。
しまっておいた書類と黒インクが床に散乱し、溢れた黒インクを踏んだのであろう、部屋の至る所に真っ黒な猫の足跡が点々とスタンプされていた。
これはワザとなのだとカラムはすぐに理解した。
丁寧に、そして不自然な程、散乱している書類は一切汚れていない。書き直す必要の無いように、とのアラン猫なりの気遣いなのだろう。
当のアランはインクの付いたその手足でべッドで不貞寝しているから、ベッドまで黒く汚れている。
すぐに助けなかった事への〝報復〟か、一人部屋に残した事への〝仕返し〟か、それともその両方への〝意趣返し〟か知らないが、憎たらしいとはこういう事かとカラムの心に憎悪の感情が芽生えた。
「アラぁぁぁーーーンーーー」
「フフゥ゙ーーーー」
猫アランと人間アランの違いに惑わされているカラムには、猫アランが怒った理由は一生分からない。
『早く人間に戻れ、アラン』
〝猫の自分〟を見て欲しいと訴える悪戯をしたのだと。
サンビタリア─花言葉─『私を見つめて』
◆おまけのおまけ
真夜中、カラムがスヤスヤとベッドで仰向けに寝ているとのしっとそのお腹に重しが乗せられた。
「ぐふっ……」
肺から息が吐き出された苦しさで目覚め、確認すれば寝ぼけたアラン猫がお腹に乗っていた。
「アラン、起きろ!そこで寝るな!」
カラムが下ろそうとするも爪でカラムの服をしっかりと掴まれ、下手に動かせば服に穴が空きそうだ。諦めてポンポンとアランの背中を叩く。
「アラン……お願いだからそこで人間に戻るなよ」
それはフラグというものだ。
ぽわぁんとした丸い光の球がアランを包むと同時にカラムが逃げる間もなくアランは猫の姿から人間の姿へと変化した。
「ひっ……アラン、アラン起きろ、本当に起きてくれアラン!!」
いくら相手がアランとはいえ、真夜中にシングルベッドの上で素っ裸な男に潰されている今の状況はカラムでなくても悲鳴を上げる。
ゆさゆさしても一向に起きないアラン、それどころかギュッとカラムの肩に頭を埋め、抱きしめ始めた。
「ひぃいぃぃ……」
大声を出すのを堪え、必死に逃げようと藻掻くも自分とほぼ同じ身長で更に身体の大きなアランを剥がすのは至難の業だ。かくなる上は特殊能力で無理矢理引き離すのみ。カラムが特殊能力を使おうとした時、それより早くアランの口が動いた。
「う……ぅん……頭突き、ごめん……ね……」
ピタリとカラムの動きが止まる。
アランを見れば変わらずスゥスゥと眠ったまま、寝言だったのだろう。
もう痛くなくなった顎下を擦り、息を吐いた。
「馬鹿……」
思わず出た暴言は、アランにか自分にか、カラム自身分からなかった。
ただ、もうカラムにアランを引き離そうとする気持ちは無くなってしまった。
◆後書き的なもの。
アラカラ猫物語アラン編お読み頂きありがとう御座いました。11.22いい夫婦、ペット、アニマルの日と聞いて急遽書きましたが間に合いませんでした。(現在2024.11.23)
あのアラン隊長がカラム隊長に対して独占欲・嫉妬・甘えを出したらどうなるのだろう?という妄想から始まり、人間のアラン隊長では絶対に出て来ない感情や態度を〝猫〟として現してみました。アラン隊長の天性の狡賢さにカラム隊長がワタワタしていたら私は満足なのです。
サンビタリアは向日葵に似ていて、しかもアラン猫の気持ちを現していたので使わせて頂きました。
ギャグとしては突き抜け感が足りなかったなと反省してますが、楽しく書きました。
楽しんで読んで頂けたら幸いです!