大学騎士部の年末(前半)◆カラム部長のお部屋にて
クリスマスが過ぎれば、年末の大掃除をする者、実家に帰省する者、寮に残る者に分かれる。その為寮内は昨日までの浮かれた雰囲気とはまた違う賑やかな音で溢れていた。
カラムは普段から整理整頓、掃除を心掛けているため、自室の大掃除が朝の内に終えてしまうのも毎年のことだった。
今は廊下の喧騒をBGMにゆっくりと珈琲を飲み寛いでいた。窓を開ければ冬の冷たい空気と陽気な太陽という両極端な天気だ。買い物に出掛けるなら早いうちがいいなと考えながら珈琲を飲み干す。
もう少し休んだら買い物に行こうと決め、机にマグカップを置き棚の前へと歩み寄る。
自分の背より高い本棚に入っている本も整理が終わっている。だいぶ空きが目立つ本棚に並ぶ1冊のアルバムを手にした。
赤茶色の写真アルバムを丁寧に捲る。
綺麗に整理され貼られた写真1枚1枚があの御方と騎士部との楽しい日々の記録と記憶だ。
プライベートでの写真を許可してくださった王族の方々には感謝しかない。ここに貼っている写真はそれぞれが撮ってデータを共有したものである。お陰でこんなにも心温まるアルバムが出来上がった。
皆が笑顔の中で一際目を引く紅き存在に目が止まる。
『カラム先輩!』
真紅の美しい髪を揺らして、アメジスト色のツリ目を笑顔で丸くさせたあの御方には今年も1年お世話になった。
何度その名を呼ばれたか数えることが出来ないほど呼んでもらえていることに、今更ながら畏れ多いと萎縮する。
雲の上の存在でしかなかったというのに、アーサーのお陰でお近付きになれ、プライベートな集まりにも呼んでもらえるようになったのだ。
だが、それもあと1年で終わる。
自分達は大学を卒業後騎士団に入隊が決まっている。本物の騎士になれば今のようにプライベートで連絡し合う事も、イベント等に参加できる日も年に1度あるかないかだ。その間にあの御方も人脈が広がり私に構う時間など無くなるだろう。
(それが当たり前であり、当たり前の生活に戻るだけだ)
分かっていたことだ。それでもアルバムを捲る度に、今の睦まじい関係性が非日常なのだと実感が出来ない。
あまりにも大切で、あまりにも大事で、あまりにも近付き過ぎてしまった。
今後も変わらず関係が続いていく事が約束されているアーサーが羨ましいと思う気持ちはあるが、妬む気持ちは微塵もない。アーサーが立つ場所は彼が努力し勝ち得た場なのだ。
私はあの4人が今後も〝変わらずに〟仲良く笑って過ごして頂けるよう遠くからでも力添えが出来ればとても幸せだ。欲を言えばその様子を遠くからでも見れたら嬉しい。
ふぅーと細く息を吐く。
「アイツはそんな事思ってないだろうな」
同じ年のアイツは自分の感情に正直で、自分がやりたい事したい事は自ら飛び込むか、周りをかき乱してでも自身の方へと引き込んでいく。
自分にもそれぐらいの強引さと手腕があればと、アイツにだけは羨ましい気持ちと共に嫉妬心が湧き立つ。
トントン
「カラムいるか〜??」
「アラン……」
「いたいた〜♪」
軽いノック音の後、カラムが返事をする暇もなく扉が開かれた。無邪気な笑顔でズカズカ入って来たのは、今考えていた本人その人だ。
「ノックしたのは偉いが、返事も待たずに開けるな。ノックの意味がないだろ」
「なんだ?エ□本かでも見てたか?」
「見てない!!よりにもよって何ていう事を言うんだ!!」
「ならいいだろ?おっ!それ今年の集まった時の写真か!!」
「良くないから言っている。他の部員たちの部屋にも無遠慮に入っているんだろ!もっと他者のプライベートを尊ちょ───」
「はいはい、俺だって人は選んでるよ。そんな事よりよ、これよく撮れてるな〜懐かしい♪」
アランはカラムのアルバムを覗き見ながら指を指す。
「何でお前は人の話を聞かないんだ!」
「まぁまぁ怒るなって。ほら次のページ、次次♪」
ポンとカラムの両肩に軽く手を置く。
「写真はお前も貰っているだろ」
「あーそうなんだが、データだし、プリントして貰ったのもアルバムに入れてないからさ、見るの最初だけだわ」
それを聞いてカラムは思わず溜め息を付いてしまう。やはりアランにはちゃんとアルバムも用意して渡すか、一緒に探しに行かなければならないようだ。
仕方なくパラリとページを捲ってやるとアランは頬同士がくっつく程に近付けた。
「いや〜やっぱり可愛いなプライドちゃん」
「あまりその名を出すな」
「で、いつ告白すんだ?」
「グブッ!?」
突然の暴論に思わずアランとは逆に顔を背けて息を吐いた。
そんなカラムの様子にアランは楽しそうに上半身を起こし軽く置いていた肩をポンポンと叩く。
「なんだしないのか?」
ん?とまた両肩に軽く手をおいて尋ねてくる。まるで『今日の昼飯何にする?』と聞くように。
カラムは怒りに拳を握った。そして振り返りアランを下から睨見つける。
「な、ん、で!私がそんな畏れ多いことをするんだッ!!」
「いや、だって……な?」
「な?じゃない!!ふざけるのも大概にしろ!それは既にふざけの範疇を超えている、愚論、否、爆論とも言える!!」
一国の王女、それも第一王女に対して告白など一般人が許される行為ではない。
(少なくとも私の周りで許される一般人はアーサーだけだ!!)
胸が切り裂かれるように痛むがそれをアランへの睨みに昇華させる。目を見開き歯をむき出しにしたカラムにアランは更に問い掛ける。
「えー、しないのか??」
「アラン」
興奮のあまり息が荒くなり白目も充血していく。こめかみの血管が切れそうなほど浮き上がっている。
「あーあー、分かった分かった、やめっから!!」
苦笑しながら降参と両の手を上げる。
アランが拳で負ける事はないが、これ以上カラムの心を荒立てればカラムとの関係は取り返しの付かない事になるのは確実だ。
それだけは避けたい。カラムが居なければ自分はここまで自由には出来なかったと自覚がある。
カラムとプライドが両想いだと知っている自分には、今の2人がもどかしくてどうしようもない。。さっさと告白してラブラブになれよ。
(グズグズしてっと奪われるぞ、俺に)
あの人を欲する奴なんてこれからもわんさか増え続ける。そんな分からん奴に奪われるくらいなら自分が行く。
押して押して押しまくって無理矢理でもこっちを向かせる。
だが、それをするのはコイツが本当に諦めた時だ。まずはコイツを蹴っ飛ばしてでも、引き摺ってでも、あの人と向き合わせたい。
(俺カラムのこと好きだしな)
結局はそれだ。
──あの人のこともカラムのことも好き、だからこそ2人がくっついて幸せになればそれでいい。
カラムはアランには隠し事が出来ない。
しかもその指摘は的確に痛いところを突いてくるから煩わしい。
(この気持ちは私だけが知っていればいい)
誰にも言うつもりはない。
特にあの御方には絶対に。
自分の事で悩ませたり、困らせたりするのは自分が耐えられない。
『一緒にいられたら嬉しい』それだけ伝わっていればいい。そういうその他大勢の中の1人と認識してもらえるだけでいいのだ。
(私はアランとは違うのだから)
機会さえあれば、後先考えずに階段を駆け上り彼女の手を取ってしまえるアランが眩しくそして妬ましい。
全身をざらついた猫の舌に舐められたような感覚に心まで痛み始めた。
アルバムの写真に目を落とせば真紅色の彼女が様々な色の花に囲まれて笑っている。これからも彼女のこの笑みを守れればそれで満足だ。
それ以上を望めば己の身には不相応ですぐに潰れてしまう。
ならば手を伸ばすべきではない。
元々今の交流も不相応なのだから。
カラムはアルバムをパタンと閉じ、棚にしまう為に立ち上がった。
「で、アランは何の用で来たんだ」
棚に戻されたアルバムが倒れないようにブックエンドで支える。
「ああ。カラムさ、今日の夜暇か?冬休みの課題やっちまおうぜって事で今夜いる奴らで集まることになったんだけど来ねぇ??」
「課題か」
高校までの宿題と比べて大学の休みに出される課題はとても少ない。
「お前もまだ終わってないだろ?ちゃっちゃと終わらせてさ、初詣に行こうぜ!」
ニカッと笑うアランにやっとカラムも怒りが鎮まり頷いた。そして、初詣が目的で帰らないのかと気付いた。
「ああ参加させて貰う」
「おう!」
「アランは帰らないのか?」
「ああ、今年はこっちにいる」
「そうか……?」
いつもは実家に帰るのに珍しい。
「お前は?」
「いつも通り、年始だけだな」
「そうか。なら冬休みもよろしくな」
「ああ」
アランはぐっと伸びをした。
「で、アランの部屋は掃除終わったのか?」
「ん〜?」
「どうせ昨日も宴会していたんだろ?」
アランは笑いながら「当たり〜よくお分かりで」と揶揄うように手を挙げる。
「私でなくても分かる。昨日も賑やかだった」
「あははーごめんな」
昨夜はそれなりに離れているこの部屋までアランの部屋の騒ぎが聞こえるほどだった。
いつもなら苦情を言いに行っただろうがクリスマスと冬休みに入った解放感による高揚感によるものだと思えばカラムも目を瞑った。
「まだ掃除も終わってないだろ、私も手が空いているし手伝おう」
「え!?マジで??」
「お前の部屋には世話になっているからな」
「あんがとー!相変わらずお前は付き合いいいな」
アランはカラムの肩に腕を乗せた。
「さっさと終わらせてお前のアルバム買いに行くぞ」
「え〜」
「お前もいつでも見返したいだろ」
「ん〜そんときゃお前に──」
「貸すか!!」
何故大切なアルバムを貸さなければならないのか。アランの腕を叩き落としながら拒絶する。
「まさかと思うが、勝手に入って見てたってことはないよな」
「ん〜〜〜、テペロッ」
ゴンッ
「イッテェ!!」
「お前〝も〟持ってるだろ」
アランが持っていないのなら仕方ないが、持っているのに大切な物を触られるのは我慢ならない。
カラムに殴られた頭を擦りながら「ごめん」と謝るアランは苦笑している。
「謝るならもうするな」
「そうだな、あった方がいいな〜。お前のアルバムお洒落でカッコいいし、他の色があるなら同じのがいいな」
カラムは自身のアルバムをもう一度手にする。
表紙は赤茶色のくすみカラーと銀英字、そして貼るタイプが気に入って買ったアルバムだ。
写真の大きさがバラバラでも整理しやすく、尚且つくすみカラーのお陰で本棚に入れても違和感がないのも買って良かった点だ。
「このシリーズなら色も多い、アランが気に入るものもあるだろう」
「おお、そりゃ有り難い!あ、でもこれ値段は!?高いと買えねぇんだけど!!」
カラムが写真を大切にしない理由はない。しかも写っているのは王族、万単位のアルバムに収められていても全く不思議ではないとアランも理解していた。
「安心しろ、二千円程だ」
カラムも自分とアランの金銭感覚がズレていることは自覚している。
アランはその意外な金額に目を丸くした。
「安いな!いや、俺からしたら高いけどお前が買うんだからもっとすると思ってた」
「……ああ」
カラムは思わず前髪を抑えた。
カラムも最初は高級なアルバムに丁寧に保管しようと思っていたのだが、雑貨屋でこのアルバムを見て思わず買ってしまったのだ。
くすみカラーの赤茶色と鮮やかな赤が並んでいたから。
アルバムを探して分かったことだが、意外と同じシリーズで同じ色の系統がない。赤と言ったら1色のみ。自分の赤茶色とあの御方の真紅のアルバムは同シリーズでは並べられない。
残念だと思っていたところでたまたま見付けた。
『もしこのアルバムに収まりきらなくなった時、次に買うのは真紅だ』
赤茶と真紅のアルバムが並ぶ事を願ってしまったなど、写真を1枚でも多く撮れるようにと、そんな願掛けのような事をしてしまった、など口が裂けても言えるわけがない。
「『真紅』か?」
ビクッとカラムの肩が跳ねたのをアランは見逃さない。
「あはは、なら俺も買おう『真紅』と『黄色』……いや『オレンジ』かな〜」
プルプルとカラムの身体が震える。バレた恥ずかしさと、アランでなければという悔しさと、アランのそういう事を恥ずかしげもなく言って行動に移せる羨ましさが妬ましくて。
このズケズケと他者の心の奥底まで無遠慮に入り込んでくるのは辞めて欲しい。
先程の怒りが再熱するような感覚に見舞われる。
本当にタチが悪い。
「お前も買うよな?もうすぐページ無くなるだろ?何だったら俺たちの写真でこのあとのページ埋めてさ、新年から新しいアルバム使うのもありだろ?」
ん?と提案され、言い返せない。
王族達との交流も大切だが、それと同じく騎士部の仲間達との交流もカラムにとっても大切なのだから。しかも明日からは自主練になる。カメラを持ち込んでも怒られることはないのも魅力的である。
だが、悔しさから口を開くことが出来ず一文字に結んだままアランを睨み付けた。
アランはそのんカラムを気にせずに口を開く。
「んじゃ、さっさと部屋片付けて買いに行こうぜ、『真紅』のアルバムをさ」
「なっ!?勝手に決めるな!私は買うなど一言も──」
「んー?〝俺が〟買うアルバムだけど??」
「っ!?」
にっしっしっと面白そうに笑うアランに嵌められたと気付き顔が急激に熱くなる。
公言だけは避けたかったというのに、その前からの揺さぶりで完全に動揺してしまった結果がコレだ。己の情けなさに切腹したくなる。
「で?買わねぇの??」
「……っ買わない、……とは、言っていない………」
最後の足掻きが素直に言葉にする事を拒んだ。
だが、アランは「ふーん」とニヤニヤ笑いながらカラムの肩を掴み「お揃いだな!」と嬉しそうに笑うから、カラムから怒りが抜け、
「小中学生の女子か……」
と、完全な敗北に脱力するしか無かった。
※アランがカラムの肩に両手を置くのは反撃を恐れてマウントを取ってるからです。文章に落とすことが出来ませんでした。すみません。