深夜の訪問はお静かに「………………」
私は今、目の前に置かれた段ボールをどうするべきか考える。事の始まりは今日の朝だ。
トントン、バンッ!!
「かーらーむーおはよー」
「アラン、人の部屋に入る時は返事を待てといつも言ってるだろ」
起床し、着替えを終え、ベッドを直しているところでアランが入って来た。
「えへへ」
「なんだ……?」
満面の笑みのアランにカラムも眉を顰める。その笑みが何か良くないことを企んでいる時の笑みだと既に知っているからだ。
そしてアランが後ろ手に持っている大きな荷物が彼の大きな身体からチラッと見えた。
「カラム誕生日おめでとう!これが今年の誕生日プレゼントだ!」
「!ありがとう」
これには驚いた。毎年朝会えば一番に誕生日を祝ってくれていたが、わざわざ部屋を訪ねては初めてだった。
そして彼からの誕生日プレゼントは基本飲み物や食べ物ばかりだった。
成人した去年はお酒が解禁され、私はアランに飲みやすいと言われる甘口のワインを贈った。
そしたら私の誕生日当日にアランから同じワインを贈られた。
そして皆が用意してくれた飲み会の前にこの部屋で2人でこっそり乾杯し飲んだのはいい思い出だ。
だがどうやら今年は全く違う物らしい。まずアランの首位まである長細い大きな段ボールからして食べ物や飲み物の類ではないのだろう。
アランはその大きな段ボールを軽々とベッドの隣に置いた。アランの動きと置かれた段ボールの音から重くなく、精密機械の類でもないのだろうと推測する。
なんだろうか?とワクワクしていると
「これな、プライドちゃんに許可貰ったんだよ」
「はっ!?」
驚く私にアランはニマニマと笑顔を向ける。
「なぜここで突然プライド様の名前が出るんだ!?」
「んー、だってさ〜……」
口調が間延びしとても焦れったい。わざと狼狽する私を見て楽しんでいると分かっているが「早く言え!」と催促してしまう。
「いや〜だってな。これオーダーメイドで作ったからさ〜。だからすぐに言うのもつまらないだろ?」
「オーダーメイド!?」
一体プライド様に許可を取って何を作ったんだ!?
先程まで嬉しかった段ボールの中身から恐ろしく禍々しい気配を感じ始めた。パンドラの箱ではないか??
段ボールは店名もでん票も貼られてないまっ更、郵送されて来た物ではなく態々用意したものなのだろう。あのアランのこの徹底さに本気さを感じた。
「開けるのは今夜寝る前にしてくれ」
「はぁ?」
「だから今開けたら面白くないだろ?」
「面白いも何も私はこれが何か知らないんだぞ」
なら今持ってくるなと言いたいが、アランからすればそれも含めて楽しんでいるのだ。
「まぁまぁ、そうだな、俺との飲み会が終わったら中身は教えっから」
「お前との飲み会後、別の飲み会に行くんだが?」
「うんうん」
「うんうんじゃない!」
「まぁそこは俺の楽しみに付き合えって」
「なんで!誕生日の私が!お前の楽しみに付き合うんだ!それではあべこべではないか!!」
「そっか〜。じゃ、朝練行こうぜ」
「アランッ!」
だがこの男はこういう奴だ、こちらが何を言っても聞かないのは今に始まった事ではない。一度提示した事はどんなに聞いたってその時が来るまではぐらかすだけだ。
まだクシを通してない髪を指で梳きながら気持ちを切り替える。
今日の夜になれば分かることだ。そこまで忘れて過ごせば───
「あ、それな、プライドちゃんのデザインで、しかも同じの注文してっから」
「はぁぁぁあああ!?」
まさかの言葉にアランを見ればニヤニヤと私の顔を見て心底面白そうに笑っていた。
「俺とプライドちゃんとコレ、この世にたった3つしかない〝特別〟だ」
ポンポンと段ボールを軽く叩くアラン。開いた口が閉じられない私に人差し指を自身の口に当てて「秘密な」とするアランを呆然と見つめた。
ヒューと冷たい風が吹き付けられた気がして身を震わす。
たった3つしかない特別。なぜアランとプライド様が?そしてそれをなぜ私に??
情報が大き過ぎて、量が多すぎて、何から何処から突っ込めばいいのか分からない。だが、今何を聞いてもやはりアランは何も答えないだろう。
私が気持ちを切り替えるのを阻止するのがアランの目的なのだから。そしてまんまと私は策にハマってしまった。
この中身が気になって仕方ない。
この気持ちはこの箱を開けるまで消えない事を悟った。
真冬の深夜、人のいなかった部屋はとても寒い。
ストーブに火を付けようかと思ったがもう寝ること、酒を飲んでいることを考えれば危険だなと判断した。
「ふわぁ~……」
全ての飲み会がお開きになったのは深夜の1時過ぎだった。この1年でお酒には慣れたがさすがに次々とグラスに注がれるお酒に飲み過ぎたなと自覚する。
皆が私のためにと注いでくれるから断ることも出来ずに飲んでしまった。
来年からは断る技術も身に着けなければな、と持ってきたペットボトルの水を飲む。
冷たい水が火照った身体を冷やし、ブルリと震えさせた。早くベッドに入り温まらなくては。
そう思いながらも片付けなければならない問題がある。
「さて……」
目の前には今朝アランが持ち込んだ段ボールだ。
プライド様とアランとそして、今ココにある世界でたった3つだけの品物。
一体なんなんだ?
さっぱり分からん。
飲み会で一番に訪れたアランの部屋を出る時に耳打ちされたのはまさかの『抱き枕』だった。私が問う前に「飲み過ぎんなよ〜」と背を押されて部屋を出されてしまった。
閉まった扉を苦々しく見てももう内側から開かれることはい。例え私が外から開いたとしてもアランは一切口を割らないだろうし、何より他の部員が中にはいる。彼らに聞かれてはいけない。
今出来ることとすれば次の飲み会へと向かう事だけ、何とも不愉快な気持ちが心に纏わりついて離れなかった。
その後の飲み会も楽しんではいたものの頭と心の片隅にはしっかりと残された遺恨に、何処かうわの空になってしまった。
飲み会を企画してくれた部員達には申し訳ない。
「……たくっ、アイツの悪ふざけにはトコトン困ったものだ」
結局しこたま飲んだ頭では抱き枕をプレゼントされたという事実しか分からない。
一体何の抱き枕だ。オーダーメイドとはなんだ?形状か?材質か?中身か?その組み合わせを変えただけでもオーダーメイドとは言えるだろうが、そんなのをこんなにも勿体ぶってプレゼントする奴ではない。
確実に何かがプリントされている。
そしてプライド様が絡んでいるということは………
「プライド様の写真じゃないだろうな……?」
プライド様は写真がお好きだ。プリクラにもよく行かれているし、御弟妹との写真であればそれをプリントしたグッズを作られてもおかしくない。
だが、それなら第一に御弟妹に配られるだろうし、アランと私に、となるわけがない。
ならプライド様とアランのツーショット??
いや、それも私に贈るなどおかしいだろ。
「………………」
アランは押しが強い、プライド様が好きで、それをストレートに表現出来るのが羨ましい。アランなら簡単に『俺とツーショット撮りましょう!』と言えてしまえるし『グッズ作りましょう!』も言えるのだろう。
「私など1度もツーショットなど撮ったことがないと言うのに……」
酔っているから心の言葉がストレートに溢れてしまう。
眠いから早く寝たいのに中身が気になって寝れない。ならさっさと開ければいいのに得体のしれない物への恐怖心が決心を鈍らせる。
一体何を贈られたのだろうか?
これで本当にアランとプライド様のツーショットだったら私は落ち込むだろう。もう誕生日は過ぎたが人生最大の最悪の誕生日だと言える。
「開けよう」
酔っ払っている今どんなに考えても答えにはたどり着かない。これ以上先送りにするならさっさと開けてしまった方が時間的にもいい。
酔と疲れを明日に持ち越すことはしたくない。
シャッと留められていたテープを剥がす。
ドクンドクンと心臓の音が煩い。
そっとパンドラの箱を開けてみた。
そろそろかな〜。
毎年一番最初に訪れ誕生日を祝うのは互いの部屋だ。それが嬉しくないわけがない。特に去年の誕生日は特別だった。
カラムもすげぇ喜んでくれたし、なら今年は?と考えて、プライドちゃんに話せば快く承諾し協力してくれた。
『あの……私も、欲しいのですが、いいですか……?』
予想外の言葉に吃驚していると
『あ!いえ、カラム先輩と同じ物が、欲しいってわけでは、なくですねッ!!』
と言い訳が本音なのが可愛かった。
『あ、でもそれだとカラム先輩が困りますね……私とお揃いだと知ったら……』
そんな事を言うから『なら俺も』となり3個作ることになった。プライドちゃんとの今日の思い出に、そしていつまでも進展しない2人の恋路の為にも。
好きならさっさと付き合っちゃえばいいのに。
いつまでもモジモジしている2人に心底思う。
『そうだ!もしよければプライドちゃんがデザインしない?』
『え?』
『プライドちゃんの推しなんだから、俺だったらこの写真どてーんと貼るだけだしさ』
俺がデザインするよりプライドちゃんがデザインした物の方がアイツも喜ぶわけで。
『……私がしても、よろしいのでしたら』
アイツの誕生日に個人的にプレゼント出来ないプライドちゃんの為にも。
俺が出来るのはそれくらいだから。
「ま、アイツは怒るだろうな〜」
それを見越してわざわざ寝る前に開けるよう注文を付けた。それからあれだけ意味深な言葉で煽っておけば、どんなに飲んでも意識を飛ばすまではいかないだろう。
時間を確認すれば飲み会も終わり、段ボールも開けただろう、そしてそろそろここに───
ドタドタドタ……と、深夜の響く廊下からこちらに走って来る足音が聞こえてきて、あまりにも予想通り過ぎて口の端がコレでもかと上がった。
夜中だから叫んでないだけで昼間なら確実に俺の名前を叫んでいただろう。
そう、こう、ニマニマと考えていると、バタンと乱暴に開かれたドアからフーフーと息や目の端が上がったカラムが姿を現した。
「よっ!」
「よっ!じゃないだろッ」
夜中だから極々抑えられた声だが、他の部員だったらションベン漏らすかも知れんほどマジ切れだ。俺としたらこれだけあのスンとしたカラムが感情を出してくれるのが嬉しいのだが。
「なんだ!あれは!!」
「可愛いだろ?プライドちゃんが俺にそっくりって言ってくれてさ、しかも推しにしてくれたんだぜ?」
「そうだがッ!!そうじゃないッ!!」
わざとそれた回答をすれば、地団駄を踏みそうなほど激昂するカラム。
「可愛くなかったか?ハート沢山で!」
「だからだ!尚更だ!!」
「でもあれプライドちゃんのデコだし」
そう言えばカラムはむぐっと口を一文字に結んだ。
水族館デートで『推しがカッコ可愛く撮れました!』とその場でプライドちゃん直々にデコデコにデコっていた写真達だ。プライドちゃんも『カラム先輩に渡すなら消した方がいいですよね?』と言うから面白すぎてそのままのデザインをリクエストした。
「あのデコはプライドちゃんの想いがそのまま表れたデコだからそのままデザインして貰った。あれはプライドちゃんの推しへの想いを表現した世界にたった1枚の写真達だぞ〜」
「〜〜〜〜!!」
わなわなと拳を震わせるカラムに笑いが止まらない。
「抱き枕の提案は俺だけど、俺よりファンのプライドちゃんがデザインした方が絶対にいいと思ったんだよ。良かったろ?」
ん?と聞けば真っ赤な顔でコクリと頷いた。
実際水族館の売り場に並んでいてもおかしくないほどとてもいいデザインだと思う。
特に目の覚める様な青の生地は空飛ぶペンギンに相応しい。
そういう事に見る目のあるコイツもいいと思うほどプライドちゃんのセンスはいいって事だ。やはり頼んで良かった。
「デザインは本当に素晴らしい。……だが、なぜ、それを〝私〟に渡すんだ!!」
「えー、だってお前俺のこと好きだろ?」
「……は??」
途端に固まるカラムがおかしくて笑ってしまう。
「だからさ、プライドちゃんの推しは俺に似てるわけだし、プライドちゃんが撮った俺似の推しならお前も嬉しいだろうと思ってさ」
「意味が分からん事をするな!!」
「なら俺の写真が良かったか?」
「んな、わけがあるか!!」
「んじゃ、プラ───」
「もっとあるかぁッ」
夜中だから声は抑えてはいるがフッーフッーと獣のような息遣いが、今にも毛が逆立ちそうな程の苛立ちが、カラムから解き放たれている。
「分かった分かった、落ち着け。な?」
「お前のせいだろ!」
「でも俺のお陰でプライドちゃんとお揃いだぞ?」
「なっ!?」
カラムからすればもう何がムカつくのか、怒ることなのか、嬉しいことなのか、先程からぐるんぐるんと目まぐるしく回りっぱなしで、混乱し、ギリリッと俺を睨んでくる。そんなカラムを見て腹を抱えて笑いたいのを必死に我慢する。
「ペンギンなら部屋にあってもおかしくないだろ?」
「おかしいだろ!!それに部員全員があのペンギンを知っているんだぞ!!」
「いいんじゃね?俺から貰ったって言えば」
「あ・た・り・ま・え・だ!私がアレを作るわけないだろ!!」
「だからプレゼントのしがいがあるわけだ」
「私で遊ぶなッ!!」
「でも嬉しくねぇ?俺達3人しか持ってないだぞ??」
「ッ」
そこで息を詰めるということは嬉しい証拠だ。
「くはっははは!」
「笑うな!!」
耐えきれずに笑えばカラムは真っ赤な顔で怒ってきた。
「いや、だってよ〜。あ~おもしれぇ〜」
「私を面白いと言うのはお前ぐらいだ!」
「わはは、そうだな!」
そりゃそうだろう。なんたって誰もがお前のこと一歩引いて見てるからな。
勿論カラムは騎士部の中で馴染んでないわけでも、浮いているわけではない。だが、この騎士として正しく歩む性格が尊敬され一歩引かれてしまう原因だ。
こうやって隣に立てば普通に突っかかってくるし、今も頬が膨れかけていて子供っぽいところもある奴なのにな。
そう思えば別の感情が顔を出した。
「カラム」
「な、なななんだいきなり!?」
抱き締めれば温かい。数年前まではあんなにちっちゃかったのに今では俺と変わらない程背は伸びたが、まだまだ細いその身体を。
「んっ、よっと」
「うわァ!?何をする!!」
そのまま肩に担げば驚いたカラムの声。スタスタと騎士にしては軽いカラムをベッドに運ぶ。
「いや、もう寝ようぜ」
「だからってなぜお前のベッドにッ……っ!?」
ベッドに下ろすと共に自分の身体で押し倒し逃げられないように壁側に押し込めて抱きしめた。
「ま、今日は俺の楽しみに付き合って抱き枕になれ」
「もう昨日だ!」
「寝るまでは今日だ」
「なぜ私が抱き枕にならなければならないんだ」
「さみぃーからな。今日ぐらい温まりたいじゃん」
「じゃん、じゃない!私で暖を取るな!」
「もう寝るぞ、電気消す」
「…………本当にこのまま寝るのか?」
突然トーンダウンしたカラムの声に「嫌か?」と聞けば「いや、そうではないが……」と歯切れが悪い。
「ここで寝るから腕は外してくれ。寝苦しい」
「ん」
逃げないのならと腕をどければカラムは服を直し、ベッドの寝心地のいい場所を探すかのように身体をずらして、収まる。逃げないということは俺と寝るのが嫌なわけではないようだ。
「じゃ、電気消すな」
「ああ……おやすみアラン」
「ああ、おやすみカラム」
電気をリモコンで消すとカラムが動いた。
ふわっと頬に温かく柔らかな感触が一瞬した。
「ちゅ~か?」
「………………」
カラムは答えず背中を向けたのが見えなくても分かった。
頬に当たった感触から口でなく頬を合わせたのだろう。チークキスなど外国人とよく対話するカラムならやり慣れているだろうし、挨拶なのだからそこまで照れなくていいのに。
それでもこれがカラムなりの精一杯の感謝の御礼なのだと思えばニマニマが止まらない。カラムの性格上本当に好きな相手にしかこんなことしないと知っている。
なんなら俺でなくプライドちゃんにしてあげればいいのにな。
「かーらーむー、愛してるぜー」
「いいから黙って寝ろッ!!蹴り落とすぞ!!」
「ぷはは。でも、また来年飲もうな」
「………ぁぁ」
小さく返された返事に今日1日を十分なほど満足した。
暖かい部屋、温かいベット、温かな隣を感じながら互いに目を閉じた。
次の日から3人のベッドには真っ青な抱き枕が置かれるのだった。
※最近まではアラはカラの彼氏だと思っていたのですが、考えを改めました。
アラはカラの旦那です。