どっちもどっち 五百円玉貯金をしたことがある。
中学に上がったばかりのガキにとって、大金である五百円玉ならそう簡単に使う気にならないだろうと踏んで、ない頭を振り絞って、少ない小遣いの中から無理矢理釣り銭を作って、掻き集めたそれが五百円に到達する度に母親に両替してもらって、小学校の運動会で貰ったドラえもんの貯金箱の中にひっそりと貯め込んでいた。
当時、月の小遣いが千円だったオレが何の為にそんな涙ぐましい努力をしたのかと問われれば、それは数ヶ月後に迫った幼馴染の誕生日の為だったのだけれど、懸命に貯め込んだその貯金を敢えなく使い果たしたのもまた、誰あろうそのマイキーの所為だった。
あいつは全く目敏い奴で、ある日オレの家に遊びに来たかと思うと、窓際の一角に大量の猫グッズに混じって置かれていた貯金箱を真っ先に見つけた。あいつの家のどこかにも同じものがガラクタに紛れてある筈なのに。素早い猫のように手を伸ばしてドラえもんを取り上げたマイキーは、その意外な質量に目を丸くしてオレを見た。
「嘘だろ場地、オマエ、貯金なんてしてんの?」
手の中でチャリチャリと響く、紛れもない小銭がぶつかる音に信じられないものでも見るような顔で素っ頓狂な声を上げたかと思うと、床にひっくり返って笑い出したマイキーは足をばたつかせて、ふと真顔になった。
「え、何で? オマエ、なんか欲しいもんでもあんの?」
「……別にいーだろ、オレだって貯金くらいするワ」
「……へーぇ」
こちらを伺うように覗き込んでくる物言いたげなこの瞳が、昔からほんの少し苦手だった。ただでさえ苦手な隠し事がこの目の前では何の意味もなさなくて、口を開く前から全て見透かされているような気になる。へぇ、としたり顔でもう一度唸ったマイキーはやがて、案外あっさりと貯金箱を離した。
せっかちで堪え性のないオレの性格を誰よりもよく知っていたのもマイキーだし、この頃のオレがどれほどゲーセンで格闘ゲームのランキングを更新することに情熱を燃やしていたか知っていたのもマイキーだった。不思議な話なのだけれど、千円札でいる時はあれほど存在感があるのに、小銭と言うやつは両替機のゲートを潜ってバラバラに砕けた途端、あっという間に無くなる。だから、しばらくの間はそんなことも控えるつもりだったのだ。
「なー、場地、見て見て」
それからしばらくして、馴染みのゲーセンに引っ張ってこられたオレは目を剥いた。ゲーム筐体の画面に流れる覇者達の名前、そこに自分も連ねる為に涙ぐましい努力を重ねた筈の、その先頭に位置する名前の持ち主が目の前の幼馴染みだったんだから。
「はぁ!?」
隣の席でいつもたい焼きを齧りながら、なー腹減った早くメシ行こうぜと興味なさげだったやつとは思えないその成果に思わず嘘だろ、と呟くと、事もなげに笑ってマイキーは胸を張って見せた。
「オマエがあんまり必死にやってっからさー。どんなもんかと思ってやってみたら、ケッコーむじーのな。ま、でもオレ天才だし」
仲間内のマリカーだってスマブラだって、順位は二の次で人の進路妨害するだけだった
こいつが、これに一体いくら使ったんだよ、と促しても得意げに鼻を膨らませるだけで。ここまでのオレの苦労を知らない訳じゃないだろう、その調子にだんだん腹が立って来る。
「……オレもやる」
掴まれていた腕を振り解いて、勢いよく筐体前の椅子に腰掛けると、いつの間にか隣に陣取ったマイキーが愉快そうに「……やっぱ場地ってタンジュンでおもしれー」と呟いた。
結論から言えば、オレの貯金計画は敢えなく失敗に終わった。戦果は二千飛んで八十三円也。よくやった方だと思う。
それもこれも、全部この男が悪いのだ。あれ以来、遊ぶ度にやれゲーセンに行こうだの、やれあっちに出来た新しい屋台を覗こうだの、これじゃ金の貯まる暇もありやしない。天上天下唯我独尊男のマイキーめ。他のやつと行けよ、と言えば場地と行きてえんだと素気無く却下され、ならば歳の離れた兄貴に臨時の小遣いでも貰ったのかと問えば、そんなことはないと首を横に振って、いつの間に探し出してきたのか揃いの貯金箱を目の前で割ってすら見せた。でも、その全てに嫌々ながらも付き合わざるを得なかったのは、この幼馴染がオレの為にと、財布を開こうとするところを何度も見せられたからだ。喫茶店でだってデカい一口で人のパフェをアテにしてるばかりのこいつが。
「場地、金ねーの? 奢ってやろっか?」
そうやって、わざわざ身を削って何か新しい計画を持ち込む度に、躊躇するオレにまんまるい黒目を光らせて笑うマイキーを見ると、タダより高いものはないと言うがとてもじゃないが頷く気になれない。
「……わざわざそんな金のかかる遊び、しねーでもよォ」
「いいじゃん、カネは天下の回りものだーってシンイチローも言ってたし」
それにオレは今、場地と、パフェ食いに行きてーの。
大したオネダリの癖に、悪びれる調子もなくそう言われれば、もう自分の財布を出さない訳にいかなかった。結局、オレはこいつに甘いし、こいつもそれを分かっていて言ったに決まってる。だって、それだけの時間を一緒に過ごしてきたから。お互いのことは、お互いが一番よく分かっているのだ。
たった四枚の五百円玉は夏を待たずに消えて、その年もいつもと変わらずコンビニで買ったパピコの半分が誕生日プレゼントになった。茹だるような暑さの中、縁側に腰掛けて薄いビニールの吸い口を噛み締めながら「今年くらいはもーちょいマトモなもんやろうと思ったのによー」とぼやくオレに、早々にプレゼントを空にしたマイキーは「うん、知ってた」と呑気な顔で足をバタつかせて言う。
「は? オマエ、分かってて使わせたのかよ」
「ウン」
何でだよ、せっかくオレが、と憤るのも気に留めず「モノじゃ腹は膨れねーだろ」なんて言うものだから思わず足が出た。
「イッテーな! 何すんだコラ!」
数秒前までオフの顔でいた癖に、間髪入れずに頭突きを返してくるこいつはやっぱり侮れない。ジンジンと痛む額を抑えながら恨みがましい目を向けると、
「いっぱいオレと遊べてよかっただろ?」なんて当たり前のように笑うので、怒る気力も無くなった。
「貯めた金で場地がなんか選んでくれんのも悪くねーけど、毎日オマエといっぱい遊んで、うまいモン食って、……うん、オレのこと喜ばせんのは成功したじゃん。よかったな、場地。来年もこれでいいよ、再来年もその次も、ずーっと」
ありがとな、と今日一大切そうに名を呼んだマイキーは、やっぱり誰よりもオレのことを分かっていた。
だってオレは、大切な幼馴染がたった一言「ありがと」と笑って今日の日を迎える為に、こんなことをしていたに決まってるんだから。