15の君へ「場地。今年の誕生日、何が欲しい?」
思いがけないマイキーの言葉に、思わず驚いてしまった。
15歳まであと数日。
最早出会ってからの年月の方が長くなって久しいけれども、こいつからそんなことを言うのは初めてだった。明日はたい焼きの雨でも降るんじゃないだろうか。
目立ちたがり屋のマイキーが盛大に祝えと騒ぐのはともかく、オレ自身の誕生日なんて言うのは日常の延長にあるほんのちょっぴり特別なケーキが食えるだけの一日で、ある程度大きくなってからはホールの上に置かれたプレートの名前がオレかマイキーかに変わるくらいの差でしかないと思っていた。
だから本当にこの言葉は意外だったのだ。
「何、急に」
意外すぎて、こういう時、敢えてプレゼントと銘打つほど欲しいものも思いつかない。決して物欲がない訳じゃないがここ数年はせいぜいコンビニで500円分奢るとか、マイキーからだって小学生の頃、当時欲しがっていた食玩のミニカーを貰ったのが最後のような気がする。
3ヶ月ほど前にひと足早く15歳を迎えたマイキーは、一瞬黙り込むと、あーとかうーとか煮え切らない声で唸ってその場にひっくり返った。
そもそも意外と言えばこの幼馴染で、着々と勢力を増やしていく一大チーム、東京卍會の総長でありながら、どうにもこの時期は傍を離れなくなる。小学校に上がる前から身体に刷り込まれた互いの誕生日は一緒に過ごすルール自体は多少形を変えても一向に変わらず、もう何度目になるか分からない。今年のマイキーの誕生日も皆で夜通し流した後、何をするでもなく家に来て、ただ寝て帰って行ったのは記憶に新しい。
引っ越して、転校して、どこかのタイミング少しずつ人間関係が変わっていくのが当たり前だと思っていた。きっとそれが大人になるってことなんだろうから。
それでも、小さな頃からずっと変わらない仲間達とこうしてチームを組んで、毎日笑っていられるのはそんな当たり前を飛び越えた先にある、すごく幸せなことなんじゃないかとたまに思う瞬間がある。本当に、たまにだけど。
「……何でもいいだろ。オレがやるって言ってんだから、やるんだよ。さっさと決めろ、5秒で決めろ」
どういうつもりかと、床に散らばった金髪と抱え込まれたクッションを眺めていると、その視線の意味をどう捉えたのかムッとしたように、柔らかな塊が飛んできた。顔に当たりかけたクッションを受止め、手の中で揉みほぐしながら不貞腐れたようなその顔を見下ろす。……どう考えても、オレが祝われる側に思えないんだけど。
「……じゃあマイキー、手紙書けよ、手紙」
「……手紙?」
「おう」
互いの懐事情なんて知り尽くしている。それでも何も言わなければ更に臍を曲げるだろうこの厄介な幼馴染に、思いついたのは自分でもなかなか悪くない答えだった。
普段は面倒くさがってテストの時くらいしか鉛筆も握らないマイキーだけど、ひとたび真面目に字を書かせれば空手の師範たる先生の仕込みか、普段のこいつからは想像出来ないほど形の整った可愛らしい字を書くことをオレは知っている。若干丸みを帯びたそれはエマの影響かも知れないけど。とにかく、最近ではめっきり目にしなくなったその文字で場地、とオレの名前が書かれたら何だか嬉しいような気がしたのだ。
「手紙ぃ?」
まだ納得しかねる様子で首を傾げるマイキーに、勿体ぶってオレは頷いてやった。
「おう、手紙。もう決めた、今決めた。今年の誕生日はそれしか受け付けねぇ」
15年分のカンシャを込めて丁寧に書けよ、と言うとまた怒り出すかと思ったマイキーは渋々ながらうん、と頷いた。
──というのが数日前の話。
毎年祝日にあたるオレの誕生日は、前の晩から夜通し流して日付を超えて、〆はファミレスかなんかで騒ぐのが定番コースだった。
(千冬の企画する派手なパーティープランはガラじゃねぇしって毎年断らせてもらってる)
今夜の準備でもするかと学校から帰って来ると、団地の階段に思いがけない人影を見つけた。
「マイキー?」
階段に腰を下ろし足を投げ出して、呑気な顔で寛いでいたマイキーはオレと目が合うと「おっせーよ、場地」と言って立ち上がった。
「ん」
胸元にぽすりと軽い衝撃。何事かと思えば、そこには茶封筒が押し付けられている。
「んじゃ、また後でなー。遅刻すんなよ」
それだけ告げて、オレが茶封筒を握り締めたのを見届けると、マイキーはふらりと夕暮れの中に消えていった。軽い封筒の中身は何やら折り畳まれた紙の感触。引っ張り出したそれは、便箋ですらないノートを破っただけの、簡素な紙切れだった。角の合わない、雑な折り目を開くと、どこか懐かしい筆跡が目に飛び込んでくる。
『ハッピーバースデー、場地。
あと少しで15サイだぜ、どんな気持ち?
上手く言えねーけど、おれはすっげーわくわくしてる。
ケガすんなよ、死ぬなよ。
そんで、いっしょに大事なもん、守ってく。
15サイ、おめでとう。うれしい。』
短い手紙だった。
指で擦ると、鉛筆の粉が微かに指先に付く。『そんで、』の先に何か別の文字を書いた跡が見えたからだ。光に透かしても、存外濃い筆圧で書かれた元の文字は見えなくて、裏返して確かめたその手紙をもう一度、丁寧に畳むと心の奥がむず痒いようなふわふわと温かい擽ったさごとポケットにしまい込んだ。
きっと、明日もマイキーはここに来る。一晩中流した後の眠い目を擦りながら、オレの誕生日を一緒に過ごす為にやって来る。
一度は噤まれた言葉達を、あいつの口から聞かせてくれと強請ったって許されるはずだ。
だって明日はオレの誕生日、プレゼントがもう一つ増えたって構わないだろ。