熱中症 ぐしゃり。
奥歯で噛み潰した飴は塩気がキツくて、あまり万次郎の好みではなかった。どうせ舐めるのなら塩分補給に、といつのまにかポケットに詰め込まれていたそれは、きっと妹の仕業だろう。熱中症の予防がどうとか、言っていた。
残りのまずい飴をどうするかと振り向いた隣には、シャツの胸元を軽く開いて風を送り込む見慣れた黒髪が、暑くて茹だりそうだとぼやく割にまだ余裕がありそうな顔で、麦茶をぐびぐびと飲み干してグラスを置くところだった。
「……何」
視線を感じたのか、やおら持ち上がった場地の顔は万次郎と同じように、夏の暑さに汗ばんでいた。夏はまだ始まったばかりで、然程日に焼けていない頰は熱で火照ったように赤い。
揃いの道着姿で稽古に励んでいた頃と何も変わらないその様子に、万次郎は思わず目を細めた。
人一倍、熱心な──専ら自分に勝つ為に、努力を惜しまない少年だった場地は、真夏の道場でしばしば熱中症めいた症状を起こした。その日の稽古が終わっても自主練と称して最後まで一人、居残っていた場地が、様子を見に行った兄に担ぎ込まれてくるのを何度も見た。真っ赤に茹だった顔で奥の座敷に寝かされながら、平気だと笑う幼馴染に何とも言えない気持ちで眺めていたのを覚えている。
「……バカじゃねーの」
こんな暑いんだから、終わったらさっさと帰ればよかったじゃん。
冷えたスポーツ飲料を手に、見舞いがてら様子を覗きに行った万次郎に、決まって場地は不思議そうな顔で言うのだ。
「だって、まだマイキー来てねぇじゃん」
気が向いた時だけふらりと道場に現れては、好きなように暴れて帰っていく。そんな万次郎のことをずっと待ち続けて、勝負を挑むのはいっそ健気ですらあった。
「見ろよ。今日の突きは、昨日よりキレがいいんだよ」
熱くなった拳をぐっと突き出して横たわったまま、赤い顔の幼馴染が笑う。
「……もーわかったから。明日な、明日やってやる。だからちゃんと、熱さませ」
そう言って無理矢理に頬に押しつけた、冷えたボトルに「つめてぇ」と笑って頷いたあの時とよく似てる、と万次郎は思った。
「……茹だってねぇ?」
「何が?」
「場地が」
「はぁ?」
「だってほら、顔赤けぇし」
熱中症、と馬鹿な幼馴染にもわかるよう、殊更ゆっくりと言葉を口にして首を伸ばす。よく冷えた麦茶のお陰か思ったより涼やかな、冷気の名残る唇の奥に押し込むようにしてそこに口付けると、何事かと見慣れた三白眼が丸くなるのが見えた。
万次郎を悩ませていた欠片達は、すっかり場地の口の中だ。もう何も、心配なことはない。
「だから、ちゃんと言ったじゃん」
そう言って、万次郎は笑った。