忘羨 夜の山は凍てつくように冷える。肌を刺す様な寒さは末端から体温を奪い、腹の底から冷えていく感覚に死を予感させた。
ここはとある山の中にある粗末な山小屋で、広さはロバ小屋程度であり、ある物は僅かな農機具と湿気のある藁だけだった。
外は猛吹雪となり、時折小屋がガタガタと揺れて、今にも倒壊しそうな不安な軋みをあげる。
側にいる夫は、寒さをあまり感じないのか、藁の上に座りじっとしているが、魏無羨はいくら厚着をして来たとはいえ、寒くて寒くて仕方がない。
目の前で焚かれる僅かな火の温もりだけが、この場を照らしていた。
「くそ寒い。なんなんだよ!この山に凶屍が出ると聞いてきてみれば、凶屍なんかじゃなく、怨霊の類、しかも弱くて人を呪い殺すことも出来やしない」
悪態を吐いた魏無羨が、寒いと口にしたからか、藍忘機の腕が、魏無羨の体を抱き寄せた。
魏無羨は、藍忘機の膝の上に座る様に向かい合わせになると、背に火の温もりを、胸や腹に藍忘機の温もりを感じ与えられた。
「こんなに冷えて……魏嬰、これも羽織りなさい」
藍忘機は自分の着ていた外套を脱ぐと、魏無羨の肩にかけようとしたが、魏無羨はそれを手で止めると「藍湛が冷えるからいいよ」と断った。
仙師の身体は修行により一般人よりも随分と強い。
しかし、それでも流石に吹雪きの雪山で小屋の中とはいえ、外套をはぎ取る様な真似は出来ない。
「あなたは身体が弱いのだから無理してはいけない」
藍忘機の気遣いの言葉に、魏無羨は苦笑した。
「あのなあ、俺だって仙師の端くれだぞ。金丹がなくてもこのくらいの寒さ大丈夫だよ」
「先程寒いといった」
「寒いよ?寒い。けど、藍湛から外套を奪うほどじゃないよ。俺だって着てる」
「……指先もこんなに冷えて?」
藍忘機の触れた指は温かく、氷の様に冷たい魏無羨の指を優しく包み込んだ。
「冬は手が冷たくなるだろ」
「ならない。…足も寒い?」
無理矢理に外套を二枚羽織らされ、ずしりと重い。そして更に藍忘機は、魏無羨は抱き締めた。
「寒さには強いんだ。昔もそうだった。雪の降る夷陵で、俺は素足で暮らしてた。それに…五年間、一人だったんだ。だから雪は慣れてる」
魏無羨の過去の話に、藍忘機は抱き締める腕に無意識に力が入っていた。この最愛の人は、幼少より酷い境遇を受け、浮浪児を4歳から9歳までの五年間も続け、その後江家に拾われた。
だがしかし、そこでも扱いは良かったとは言い難く、常に周りの目を気にして江晚吟が悪く言われないために振る舞っていた。
彼の過去の話を知りたいと願いながらも、その全てを知る術はない。
そして魏無羨が時折語る幼少期の記憶は、寂しい過去ばかりなのだ。
「藍湛、痛いよ。腰がおかしくなる…なぁ藍湛、俺したい」
突然の誘いに、藍忘機は魏無羨へ視線を向けた。
焚き火を背後にした魏無羨の顔は暗く、その表情は妖魅で、潤んだ瞳が藍忘機を映し、僅かに開いた柔らかい唇から白い小さな歯が覗く。
魏無羨が小首を傾げる仕草をすれば、長い髪がさらさらと首筋にかかり、流れた。
そうしてゆっくりとお互いに唇を合わせるとくちづけをした。
焼けそうに熱い口腔内をお互い求め合う様に貪れば、身体は火照り、魏無羨の指先に僅かに熱が戻った。
「魏嬰、脱ぐと身体が冷える」
「下だけ脱ぐよ。腹の底から冷えてたまらないんだ。俺の中を温めてよ」
甘く囁かれたおねだりに、藍忘機は深く深呼吸をして理性を落ち着かせようとしたが、それより早く魏無羨が藍忘機の唇を塞ぎ、啄む様な辿々しい口吸いをした。
その仕草は愛らしく、藍忘機の腕は魏無羨を再び抱き締め、引き寄せて深く深く口付けたのだった。
完