潮風に乗って、肉の焼ける匂いが漂う。
よく晴れていて、海はどこまでも広かった。白い砂浜の照り返しは結構熱い。
串焼きにした野菜を食べれば、海辺で焼いたからか、いつもよりしょっぱい気がする。
道路の方で大きな箱をキースが能力で運んでいく。キースの知り合いの店が近くにあって、そこから食材を貰ったらしい。それをボーッと眺めてたら、今度は横にいるディノに肉の串焼きを渡された。ディノにピザ以外の食べ物を渡されたのは、初めてかもしれない。いやいや、そうじゃなくて。
「なんでサウスも一緒なの?」
両手に串焼きを持って、俺は遠くでコンロの組み立てをしてるブラッドの背中を薄目で見た。
ディノの部屋から、BBQセットが発掘されてからが早かった。
「見つけたからには有効活用をしないと!」
そう言って、チーム全員が空いてる日にBBQをすることになった。ディノの部屋の断捨離の途中だったのにいいの?とキースを見れば、もう諦めたような顔をしていた。提案者のディノはもちろん、おチビちゃんもノリノリだ。断る理由もないし、そのまま流れに身を任せた。
本当は、海でも山でも何でもよかった。
でも、サウスと合同だなんて聞いてない。
「合同って訳じゃなくて、たまたま一緒だったらしいぜ」
サイコロステーキの串焼きを片手におチビちゃんが答える。さっきまでアキラと炭をいじってたのか、顔が煤けてる。
ああ、そう、と言いながらタオルでおチビちゃんの顔を拭く。なにかモゴモゴ言うのを無視して拭き取れば、白いタオルは黒くなった。
例えば、オスカーの計画でこうなったのなら、まあ良い。
良くはないけど、渋々という顔をしていればいい。それなのに全くの偶然となると、どんな顔をすればいいのか分からない。サウスとウエストそれぞれのコンロの位置は微妙で、つかず離れずだ。
海に着いたらブラッドがいて、はめられたと思った。けど、ディノと話してる雰囲気から計画的じゃなさそうだと察した。さっきの小言は、ただの当てつけだ。ブラッドの後ろでオロオロしてるオスカーが見えたのも悪い。余計に帰れなくなる。キースから野菜の串焼きを渡され、なおさら動けなくなった。
今では両手に串焼きを持ってる。こうなったらもう、諦めるしかない。
肉を食べる。アキラが何かしたのか、サウスのコンロは大きな火が上がっている。オロオロしてるウィルの隣で、ブラッドが注意してるのが見える。そんなの見ててもしょうがないのに、気になってしまう。そんな自分にもイラつく。
「フェイスさん」
いつの間にか、皿の上に海鮮物を載せたオスカーがそばに居た。てんこ盛りって感じに載せられてて、思わずじっと見つめた。
「すごい量」
「アキラが焼いてくれたんです」
よかったらどうぞ、と差し出されたけど両手が塞がっている。後で食べるよと言えば、オスカーははっとして「気が利かなくてすみません!」と謝った。
いいよ、別に。
オスカーの気遣いは、トーストの上で溶けるバターみたいに頼りない。けれど、しっかりそれは届いている。いつも気にかけてくれてる。それを無視するほど子供じゃないけど、面と向かって応えられるほど成熟していない。
中途半端だ。煙が目にしみる。
オスカーは隣で静かに焼かれた帆立を食べている。大きな図体で小さい物を食べているのが、妙に可愛い。
野菜の串焼きを食べ切り、オスカーの皿から焼きイカをもらった。ちょっと焦げ気味だけど美味しい。
「フェイスさん、その…せっかくのチーム団欒にお邪魔して申し訳ございません」
イカを噛みながら、思わず笑った。
海に来て鉢合わせた時から、オスカーはこの一言をずっと言いたかったようだ。誰のせいでもないし、謝るような事じゃない。ただ、俺とブラッドが微妙な関係だから、オスカーは気を揉んでいる。いつもの関係の延長がこの海でのBBQってだけで、今日が特別って訳じゃない。
オスカーは、雨水と日光だけで充分に育った野花みたいに真っ直ぐで、純粋だ。ときどき眩しくて、目を逸らしてしまう。
「我慢はしてるよ」
オスカーの眉尻が下がるのを見て、この言葉じゃなかったと思った。皿から焼かれた帆立をもらう。自分でも、なんて言えば良いのか分からない。俯いて、網の上で焼かれてる野菜を見る。
オスカーは俺の言葉に耳を澄ますように、身体を寄せている。オスカーは安いっぽい言葉で慰めたりしない。口数は少ないけどいつも本心から言葉を選ぶ。俺にないものを、オスカーは持っている。それがひどく眩しい。
我慢はしている。でもそれは、可哀想なことでも、貧しいことでもない。ひとつの成果で、成長だ。
「でも、みんな何かしら我慢してるものなんじゃない?」
オスカーの青い目が少し見開く。じっと、俺の言葉が続くのを待っている。
「…前よりも、なんで自分だけがって思うことが減っただけだよ」
今度は焼きエビをもらう。オスカーの皿の海鮮物が少し減った。新しい皿にカットステーキを載せて渡す。
「フェイスさん…」
皿を受け取ったオスカーに、じっと見つめられる。
オスカーの目は海の色で、心の色だと思う。凪いでいる時も、激しく波打つ時も海の色は変わらない。ただ大きくそこにある。そこにいるだけで、自分に必要なものを受け取る準備ができる。オスカーにはそんな魅力がある。きっと本人は気付いていないけど、何事にも損なわれない魅力。
「フェイスさん、俺はあなたを尊敬しています」
今度は、俺が目を見開いた。
驚いた。俺の変化を、そんな風に受け取ってくれた事と、そんな風に受け取れる人がいるってことが。
オスカーの目には海が映って、キラキラしている。
まだ、しっかり直視できない。色んなものが眩しくて鋭い。そんな言葉をまっすぐ言える、お前の方がすごいよ。そう思っても、まだ俺は口にできない。
肉を食べる。いろんなものを噛み砕く。食べたものは血肉になって、明日を生きる。変化があってもなくても、人は生きていく。だから、別に焦ったり落胆したりしなくていいのかもしれない。
どこまでも続く海の水面は輝いていた。食べ切った串焼きを置いて、オスカーの肩を叩く。
「後で、一緒に泳ごう」
「はい!」