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    絢乃_

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    絢乃_

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    ペン×ビルダー(自ビル)
    ペンを裏切りたくない話

    ⚠️ネタバレ、本編とは異なる結末

    逃げ道ここ数日、サンドロックの町は常時と違う雰囲気に包まれていた。誰もが顔を突き合わせては首を振り、日常のやり取りにもどこか、“こんなことをしている場合だろうか?”という落ち着かなさが付き纏っている。

    ───ビルダーが崖から落ちて行方不明になった。
    サンドロックを荒らす盗賊たちを追い詰める作戦中、民兵団の助っ人として手を借りていた若手のビルダーが、彼女だけが、命の危機に晒されたのだった。
    その結果を重く受け止めたのは当事者の民兵団や町の運営を担う者たちだけにとどまらず、捜索には殆どの住民が協力を申し出た。荒野や遺跡周辺へ赴き直接捜索を行う者、それに必要な武器や物資を提供する者、ビルダーの仲間たちも彼女のいない町で一層忙しく仕事をこなした。
    しかし、危険の大きい崖下の遺跡やその近辺へ足を踏み入れることができる人員には限りがあった。ペン、民兵団の2人以外に適任者は町におらず、捜索は思うように捗らないまま数日が過ぎた。



    「辛いけれど……ここまでよ。もう、あまり望みはないでしょう」

    そう告げたトルーディの瞳は灰がかった失望の色に覆われていた。
    町役場に集った、捜索に係る面々は誰もが疲れた顔つきで、その言葉を黙って受け止めた。大きな痛手だった。だが目処もなくただ続けるわけにもいかず、公的な捜索が打ち切られるという判断に異を唱える者はいなかった。

    「オレは明日も出る。町は頼んだぞ、バージェス」
    「ペン……」

    これも守り手の仕事だ、とペンは続けて口にしたが、それを言われなくとも誰も彼を止める気にはなれなかった。
    ことあるごとにビルダーと恋仲だと触れ回り、往来にも関わらず親密な様子でくっつきあっていたのは町の誰もの記憶に新しい。目の前でショーが始まってしまった時はジャスミンの目に手を当てて迂回させたものだと、ハイジは思い出す。時に鬱陶しくすら感じたその光景が、この痛ましい現実へ続いているなど考えたくもない。

    「個々での捜索は…止めることはできないわね。認めます。業務にかかわることについては、教会の方で調整をしてください。正直ね、私個人としても諦めたくはない。どうか、彼女を見つけてくれることを祈っているわ」
    「ああ…あとは任せておけ」

    トルーディの言葉に、ペンが重々しく頷く。おそらく彼は“調整業務”を先ほどの言葉で済ませた気でいるのだろうとミゲルは思った。頭が痛い。様々な懸念が渦巻く胸のうちを流すように、ため息をついた。

    「でも、明日の午前中は町にいてほしい。彼女を悼むセレモニー…葬儀を行います」
    「ハッ…葬儀?馬鹿馬鹿しい!そんな事…」

    続いた町長の言葉にペンが声を荒げる。だがそんな反応も想定していたように、静かに彼女は続ける。

    「ごめんなさい、ペン。もし彼女が無事に戻ってきたなら、何倍も盛大に、お祝いの会を開くわ」

    ペンへと視線をやるジャスティスを制して、トルーディは彼へと一歩近づいた。悲しみ、悔しさ、重い責務。すべてが込められた彼女のまなざしは重く、苛立つペンの口を噤ませる。

    「みんな、疲れている。一度、区切らないといけないのよ。悲しんでいいと言わなくては、いけない」

    冷え冷えとした悲しみが町役場に満ちる。無力を思い知り、帰路へと着く各々の足取りは重かった。





    暗いセレモニーで、ビルダーへの祈りを捧げる時間が終わるとすぐにペンはその足を荒野へと向けた。数人が彼を振り向いたが、誰も止めようとはしない。

    「ペンは…ドナを探しに行ったの…?」
    「ああ。悲しみを癒す手段は人それぞれだ……」

    何度も涙を拭いながら、ジャスミンがその後ろ姿を見て問う。ヒューゴは優しく彼女の頭を撫でた。彼女がいつまでも、こんな思いをすることがないようにと祈りを込めて。





    「クソッ……」

    夜半、自室に戻り、ドアを閉めるとため息に混じって悪態が溢れた。
    午前中から一日、探し回ったがだめだった。遺跡の近辺は建物の間を通る風が強い。足跡など1日経てば痕跡すら残らないだろう。朽ちた建物に身を隠し、閉じ込められたのだろうか。それとも、けがをして動けないところをモンスターにでも襲われたか。嫌な想像を振り切るように頭を振ると砂埃が舞った。
    汗と砂に塗れたプロテクターを鬱陶しげに外して、マントと共に床に置く。自身の体も濡らしたタオルで拭い、一息つくと腹が鳴り、急激に体が空腹と疲れを思い出した。炊事場に粥の残りでもあるだろうかとドアへ向かい、そして、それが勝手に開き、息を呑む。

    「…………!!」
    「あ、し、静かに……お願い、」
    「静かにって、ああ、ドナ…本物か?本当か?」
    「ふっ…本物だよ。そうだよ。ペン」

    開いたドアの影から室内へ滑り込んできたのは、まさにペンが探し回っていた人物で。一瞬のうちに色々な表情を浮かべた彼女へ大股で近づくと、お互い吸い寄せられるように抱き合った。
    カビやほこり、汗や血の匂いが混ざっているがたしかにそれは彼女だった。知った温もりに心の底から安堵して、それを味わうようにしばらく抱擁を続けた。

    「会いたかった……」
    「オレもだ。何日も探し回ったんだぞ、一体どこに落っこちていたんだ?」
    「うん、あ…あの、ペン。会いたかった、んだけど…話したいことがあって、来たんだ」
    「ああそりゃあ、山のようにあるだろうな…」

    甘やかな抱擁をわずかばかり崩し、その腕に身を預けたままのドナは真剣な眼差しでペンを見つめた。話したい事というが、それはただ町に帰り着いた経緯という訳ではなさそうだ。
    捜索を続けながら何度も思った、ふたつの良くない結末がペンの胸をよぎる。ひとつめは、彼女が永遠に失われること。そしてふたつめは。

    「聞いて。私は、サンドロックに戻ってから誰にも会っていない。まずペンに、あなたに会いたかったから。…会わなきゃ、いけなかったから」
    「…どういうことだ」

    こちらを見つめるその瞳に間違いなく、何らかの決意の光が灯っている。たしかに不思議と彼女から、荒野へ一人投げ出されたはずの体から、餓えや死の匂いはしなかった。民兵団から伝え聞いた状況からすると、何も損なわずに済むという可能性はとても低い。おそろしい予感がペンの胸を締め付け、問い返す声は少しだけ震えた。

    「……、ローガンに、会った」
    「……!!」

    悪い予感は当たるものだ。点と点が繋がり、胸に理不尽な怒りの火を熾す。無意識に抱きしめる腕に力がこもる。ドナはそれも分かっていたという態度で、苦しそうだが動揺したそぶりはない。
    だがどうしてこんな所で。誰もいない、秘された場所で。この腕に抱かれながらオレに打ち明けるのか?ペンの沈黙に応えようとする唇が紡ぐ言葉を、一刻も早くひとつ残らず暴き出したい。何ひとつ言わせず消し去ってしまいたい。相反する感情が胸の内を暴れる。

    「彼の父親が、残した言葉を聞いた。デュボスと告げて死んだって、聞いた。あなたが…あなたたちが、水を隠していると、聞いた」
    「………」

    笑い飛ばすことができなかった時点で自白したも同然だった。
    感情を一切なくしたような表情で黙ったままのペンに、とうとうドナの目から涙が溢れる。笑い飛ばして欲しかった。なんて荒唐無稽な、ありえない話を思いつくんだと言われたかった。それが聞けないなら残された道はそう多くない。おそらくペンは、最後に信じてやりたかった愛する男は、能面のような顔の裏で自分を殺す算段を立てているのだろう。

    「わたしは、本当のことが知りたい。聞きたい。好きだから、ペンのこと、裏切りたくない、から」

    どうせ死ぬなら言葉を抑える必要もない。愚かな自分を笑おうとして失敗しながら、震える喉に邪魔されながら。死を司る腕に縋り付いて問うた。

    「他の人から何を聞いたって、愛してて。気持ち、変わらないんだ。だから、…あなたは私の敵じゃない、から。ペンの口から聞くまで、信じない」

    だから話してと懇願した。心を内側から突く痛みは今までの思い出の分だけ強く、コントロールしきれない悲しみに息が上がる。
    黙って何事か考えていたペンが口を開き、物を言うことなく閉じる。葛藤の面持ちが浮かぶ表情すら愛おしく、しかし触れられずに、ドナの指先はその服を小さく握りしめた。

    「……そこまで考えが及んでいて、あんたはオレを……信じたいっていうのか」
    「……うん」
    「オレには…立場がある。あんたを、この部屋から、帰すわけにはいかない」
    「……。そうだよね」

    決別の言葉に、傷つきながらも微笑む恋人。それを口にしたペンの方が、後悔の面持ちで立ちすくんでいる。
    道は一つしかない。何も言わずこの首を捻るんだ。獲物は腕の中に大人しく収まっている。容易いはずだ。ペンにできないわけがない。
    だのに体は動かず、その時を引き延ばすように言葉が転がり出る。命乞いってのは、殺される側がするものだと思っていた。

    「大馬鹿だな、あんたどうして、助かった命を無駄にしようとするんだ。全員裏切って、自分も死んで…意味がわからない」
    「だって、ペンが好きだから」
    「たった…それだけで?ハハ……あんたを探してた奴らの顔を見せてやりたいよ。どいつもこいつも必死だったよ。あんたがこんな酷い人間だと知らなかった」
    「うん。……うん、本当に、みんなに、申し訳ないね。でもそれに応えたら、その時点で、ペンの味方でいられなくなるから。苦しいよ、苦しいけど、私はこうするしかなかった」

    何もかも踏みつけにしてるのは分かっている、ペン以外のすべてを裏切ってここへ来たのだとまた涙をこぼした。様々な痛みに心を裂かれながら、望みをあらわにする。もうひとつの道を。

    「ペン、私はあなたと、逃げたい。国も、町も、責任も棄てて。ふたりで、生きたい……」
    「デュボスに、来る気は」
    「それは、……できない。私には、目の前にいるあなたと、あとは自由が必要なんだ。なんでもね、自分で選びたい」

    誰かの戦いに使われるのも嫌だったのかもね、と今気づいたような口振りで続けた。泣いて赤くなった目元に、埃に汚れた頬。だがはっきりと自らの望みにのみ従うと、覚悟に光る瞳が美しかった。
    彼女を信じたいという欲望が喉元まで迫り上がる。それと同時に、背信のおそろしさが背骨を這い上がる。かつて手にかけた、肉体も尊厳も破壊された骸の数々に己の姿が重なる。

    「私がペンを連れていけないなら」

    目の前の存在がペンに語りかける。

    「ここで、……終わり」

    涙を堪えて歪む顔で、でも俯かずにペンを見据えている。優しくペンの手を取って、己の首にあてがった。

    「分かってて来たんだ。こわくなんか、ないよ」
    「……っ、ダメ、だ」

    両手で覆えば指の大半が重なり合うような、細い首。
    この手で守りたかったものを、この手で終わらせる。何のためにと考え出せば止まらずに、手が震えた。
    何のためにオレはこんな思いをしている?何がしたくてここにいる?どうしてこんなに苦しむ必要がある?何をしたら後悔しない?

    「ずっと、ペンが好きだよ。幸せで、いて」
    「やめろ……」

    細い指がペンの手を愛おしげになぞる。魂に刻みつけて、あの世で思い返すのだと言うように。
    憎しみを抱けない。愚かさを嘲笑うこともできない。ただこの手に力を込めれば終わる。
    彼女の体と、己の魂が、生きることをやめるだろう。



    素晴らしい戦士。国のために奉仕することを厭わない、美しい守護天使たち。規律や階級で制御された、人間を内包する構造が繰り返し告げる。
    戦え。奪え。それが正しく生きることだ。弱いものは愚かだ。自由は弱者の幻想だ。欺瞞を正せ。
    戦士たちは折れない翼を背負い、競って目指す。夢の果てに待つ世界は平穏。完璧に支配された平穏に、一人では生きられぬ人々の喜びがある。

    目の前の存在を見て思う。

    自由で愚かで、日々を不安定に駆けゆく細い足。
    思うがままにこちらの腕の中へ滑り込み、嬉しげに乱れる体。
    翼のように軽く、重い工具を振り回すしなやかな腕。
    よく笑い、悪態をつき、素直に愛を紡ぐ口。

    われわれの平穏な世が訪れた時に、こんな人間が存在するだろうか。生きる場所があるだろうか。
    そんな問いを抱いた時点で、答えもまた見えている。なら、そこには、オレ自身の幸せもないのだろう。心がひび割れる。
    折れぬ翼を抱いた高潔なこの心が、たかだか愛などで錆びつくなどと思わなかった。



    首にかかった手が離れ、うなだれて落ちる。怒りとも失望ともとれる表情を浮かべ、大きく息をついたペンの体が、僅かに後ろに傾く。目の前の小さな体に、ちっぽけな存在におびえるように。

    「ハッ……あんたの、勝ちだ。なあ、何度オレを負かせば気が済むんだ?あんたと会って…オレは失敗して、ばかりだ。役立たずのペン。意味がない。この体も、この心も……」
    「ペン。ペン、こっち、見て」

    存在意義の揺らぐ体を、細い腕が支える。その選択に色を与える。

    「ペンが、朝にね。役場の向こうからゆっくり歩いてくるのが好き。朝の光にふちどられて…言ったことないけどさ、本当はいつも見とれてる。
    教会まで階段のぼってるときに、上にいて、そうしたら私のこと、待っててくれるよね。そんな時にさ…ふふ、どんな顔してると思う?
    バージェスがペンのこと嫌いじゃないのはね、きっとお人よしだからって理由だけじゃないと思うよ。いじわるだけど、勝手だけど、でも面倒見てるの知ってるよ。
    ペン。私の知らないペンがいくらいたって、今、目の前にいるペンのこと、私は知ってる。知ってるよ」

    うつむく頬を小さな手で撫でる。ほんのささいな、でもそれが彼を形作っているのだということ。たくさん、たくさんある。使命など知らなくとも、ここに在るペンその人を知っている。伝えたい事が多すぎて、伝える言葉が足りなくて、その身も心も丸ごと抱えてやりたいのに何もかも足りなくてもどかしい。

    「ペンの、からだも、ペンの、こころも、好きなんだ。大切なんだよ。死んだっていいって思ったけど…でも、私があなたの傷にならなくて、よかったって思うよ。
    あと、やっぱりね、ペンの世界に、居られるのがね……、嬉しいよ」

    ため息をついたペンが、わずかに表情を緩める。行き場を失っていた手が、やさしくビルダーの頬に触れた。そっと親指で撫でると、懸命にペンへと語りかけていた彼女の口元は、安心したようにほころんだ。

    「……あんたがいないと、つまらんからな」
    「…そうだね」



    どんな選択にも責任が伴う。その大小を比することはできるけれど、流される状況にも、抗えない状況でも、完全に無責任な選択などあり得ない。
    選ばないことを選んでいる。着く人間を決めている。自分の人生の責任は、自分で引き受けるものだ。
    今がその最たるものだった。自分の人生を選び取って、後悔も受け止める覚悟で、今、自分を生かしている。

    「逃げよう。ペン。一緒に行こう」
    「…どこへ」
    「誰も知らないところ。ここと、私と、あなたに関係ないところ」
    「どうやって?」
    「うちに馬がいる。よく懐いてるから、しばらく頑張ってくれるよ」
    「知ってるよ。あのヒョロっちい白馬だろう」
    「悪口言うと蹴られるよ」
    「ああ、…………」

    葛藤も逡巡も越えた心で向き合えば、話は早そうだった。“死んだビルダー”は、長くここに留まることはできない。
    軽口めいた行く末の整理の最中、急にペンが黙り込む。自分の中の何かを探り出すような、さまよう視線。見落としている何かに気づいたのだろうか。

    「…どうしたの?」
    「いや、…ハ…おかしいんだ。なんだか…あー、すごく、感じたことがない気分で、変なんだ。オレは…、ずっと、ずっと、……クソッ…」

    ひどく歯切れの悪い言葉。かつての彼なら、そこまでして表したい感情などないと誤魔化して終わらせていただろう。それでもなんらかの形にしたいようで、手を開いたり閉じたりしながら考えている。ビルダーは黙ったまま、彼の言葉を待った。

    「……。ずっと…あんたを探してた」
    「あ、いなくなっちゃってごめん…」
    「そうじゃない。……オレは。どこにいても、本当には、何も手にしてないみたいで。いなかったんだ。心から…本心で…味方、だと、思えるような」

    そこで再び言葉が途切れる。ペンはビルダーの顔をしばらく見つめて、続けた。
    あんたみたいな人間がいるんだな。そう小さい声で言って、笑う目元が優しく歪む。小さく溢れた感情はすぐに本人の指に拭い取られた。

    「ドナ。オレだけの細腕っ子。あんたを、生涯守るよ」
    「……っ、私も、ペンのこと、まもる。助ける。いつも、ずっと、そばにいる」

    格好つけの守護者につられ、高鳴る胸が涙を押し出す。泣き虫のビルダーも、切れ切れの言葉で不恰好に愛を誓った。
    体に腕を回すと、同じように抱き返される。胸に頭を預けて感じる鼓動。たったひとつの命に受け入れられた至上の瞬間を、少しの間だけ、目を閉じて味わった。





    次の日の夜。馬を駆って、町を離れるひとつの影があった。
    その行く末を、誰も知ることはなかった。


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