狼さんとネズミさんと。夕暮れ時。
オレンジに染まる街を見ながら。
通い慣れた道をほんの少しだけ逸れて、私は歩いていた。
***
今日はスケートリンクの大規模な清掃があり、少しだけ早く練習を終えた。
夕暮れの、涼しくなった秋風が気持ちいい。
はなたちと過ごす時間が日に日に増えて、スケートの練習もあって。
ほまれの毎日はぱっと明るく賑やかになっていった。
だけど、こうして一人でいる時間も、嫌いじゃない。
適当に歩いていたほまれは、その見覚えのある道に顔を上げた。
「・・・・あ、」
そうだ。
そう言えばこの道。
前にも走りながら通った道。
そのまま歩いて行くと、ふいに視界が開ける。
そこにはあの日と変わらない公園があった。
さっきまで子どもたちがいたのだろうか、地面に落書きをした後や少し砂のついた遊具。
今は全てがオレンジ色に染まり、静かにひっそりと佇んでいる。
「あの日…、」
雨が降る中、逃げるように傘も持たずにビューティハリーショップを駆け出した。
そんな私を、傘一本だけ持って迎えに来てくれたハリー。
「優しくなんてしてくれなければ…」
こんな苦しい思いをしなかったかもしれない。
「・・・・ばか」
雨の中、何となくこの公園を見つけて、雨宿りをしようと思った。
ただそれだけだった。
ほまれは思い出のあの滑り台の階段にそっと手をかける。
ハリーは、あの日。
どんな思いでこの階段を駆け上がって来たんだろう。
ハリーは誰にだって優しい。
私だから特別に来てくれた訳じゃないんだ。
分かっていた。
だってハリーの、そんなところが…
好きだったから。
階段に座って俯く。
考えたくないけど、どうしても考えてしまう。
ハリーのこと。
「ああーもうっ!」
モヤモヤとした気持ちを振り払うように頭を上げた。
考えたって仕方ない。
一番星が綺麗に輝き始め、夕暮れのオレンジは次第に夜の空に飲まれ始めていた。
公園の出入り口。
ほまれの視界の端に、人影が動くのが見えた。
人影はほまれに声を掛ける。
「お嬢さん、ひとり?」
薄暗い中に見えたのはかつての敵。
褐色の肌に金髪の男性。
「こんな時間にかわい子ちゃんがフラフラしてると、狼さんに襲われちゃうぞー。ガオー♪」
ヘラヘラと笑いながら、チャラリートが近づいてくる。
「何やってるの?」
ほまれがふざける彼にツッコむ。
「ん?俺ちゃん撮影の帰り☆今から帰って動画編集すんの。何ってったって俺ちゃんイケメンニューカマーだから☆」
「・・・・・」
「家この近くで、公園突っ切ると近道なんだよね♪」
チャラリートがほまれの前で立ち止まる。
こんな所でこんな人に出会うとは。
さっきまでの暗い気持ちが少しだけ紛れた気がする。
「ほまれちゃんは?練習帰り?」
「うん」
「そっか。練習頑張ってるってネズミが言ってたぜ」
ネズミ…。
急にハリーの話になって心臓が高鳴る。
私がいない時に、そんな話をしているんだ。
そんな風に見ていてくれたんだ。
なんて、ちょっとしたことで一喜一憂してしまう。
そんなほまれを知ってか知らずか。
チャラリートは続けた。
「なんかよくわかんないけど、大会とか優勝してたりするんでしょ?」
「少しだけね」
「前の大会、ネズミがチケットくれたからパップルと見に行ったんだよね」
「え…?!」
驚いて目を見開く。
そんな素振り、全く見せなかったから。
「なんか、スゲェなって思った」
ざっくりとした、素直な感想。
チャラリートに褒められて少し恥ずかしくなる。
「ほまれちゃんさ、何か最近…可愛くなった?」
「・・・・っ?!」
「いや、別に変な意味じゃなくて。前はトゲパワワいっぱい持ってて、プリキュアになっても、カッコイイって言うか…ある意味近寄り難いみたいな?」
褒められてるのか貶されてるのか。
「でも、最近の頑張ってるほまれちゃんは、素直に応援したくなるし。なんか…何っつーか、うん。可愛くなった」
たぶん、褒められてる。
やっぱり恥ずかしくて、ちょっとくすぐったい。
「・・ありがとう」
こう言う時、素直に相手の顔が見れない。
「学校とかでモテるっしょ?」
「・・・え?そんなことないよ」
一緒にいる天使さあややルールーがモテるから考えたことなかったけど。
「うそー!絶対モテる!俺ちゃん保証する!!」
「いらないよ、そんな保証…」
そう言えば最近、ラブレターをもらった。
あと、男子に話し掛けられる機会も増えた気がする。
・・・・けど。
「でも、1番振り向いて欲しい人は、」
きっと私を見てはくれない。
言いかけて止める。
こんなことチャラリートに言っても、仕方ない。
「・・・・・」
何かを察して、珍しくチャラリートも口を閉じる。
少し気まずい雰囲気。
「ごめん…忘れて」
沈黙を破ったのはほまれだった。
チャラリートはほまれを真っ直ぐに見ている。
「青春だねっ」
一言つぶやいて、にっと笑う。
「たくさん悩んだり、壁にぶち当たったりして行くもんなんじゃない?楽しいだけじゃないんだよ、恋って。…って、パップルが言ってた」
全くだ。
分かりすぎて、笑ってしまう。
「振り向いてもらうだけが全てじゃないじゃん?」
「そう…だよね」
チャラリートを見ると、いつもの笑顔。
変わらないその態度に、チャラリートの優しさを感じる。
「ぶつかってダメなら、回り込んで前進めば?」
「・・・?回り込む??」
妙な表現にほまれも思わず笑みがこぼれる。
「ほまれちゃん可愛いから大丈夫。美人だし、大会で優勝とかして、たくさん自分を磨き上げて、見せつけてやれば?」
「何それ」
「うーん…例えば、俺ちゃんと浮気してみる?!」
「ぇ…遠慮しとく…」
なんて言って少し笑う。
「ありがと。話聞いてくれて。
なんかちょっとスッキリしたかも」
ほまれは立ち上がる。
「そろそろ帰るわ」
夕日は沈み、辺りは薄暗くなっていた。
あちこちの家に明かりが灯る。
「送るよ?」
「大丈夫。私も家そんな遠くないし」
笑顔で手を振るほまれ。
「りょ。本物の狼さんに気を付けてね。何かあったら俺ちゃん胸貸したげるから☆」
「うーん。考えとくよ」
チャラリートはほまれに手を振る。
ネズミさんにもね、と小さく呟いた言葉は、ほまれには聞こえない。
ほまれは公園の出入り口へ向かった。
辺りはすっかり暗くなり、丸い月が輝いていた。
公園から一歩出た所で後ろを振り返る。
チャラリートは反対側の出入り口に向かっていた。
あんまり周りにはいなかったタイプの人だ。
適当にあしらわれているのか、何なのか。
でも、そんな適当な言葉も、今の私には必要なのかもしれない。
「自分を磨く、か…」
ほまれは着ていたパーカーのポケットに手を入れた。
コツンと手に当たる、小さなヘアピン。星の形をしたヘアピンを何となく髪に刺した。
考えたって仕方がない。
だってこの気持ちを伝えるまでは、
「私の恋はまだ、終わってない」
明日はこれで、ビューティーハリーショップに顔出してみようかな。
***
ほまれは公園に背を向けて歩き出そうとした。
でも、そこで足を止める。
人気のない道。
月明かりに照らされて、赤い髪の彼が見えたから。
「ハリー…なんで…?」
「はぐたん、今日ははなん家にお泊りやから連れてったんや」
ハリーがほまれに近づく。
「・・・・?」
その顔が、いつものように笑っていなかったから。
なんだかほまれも緊張してしまう。
「今日は練習やなかったんか?」
「・・・?練習の帰りだよ」
言葉の真意が掴めずに少し戸惑う。
「少し散歩してただけ。
今ね、そこでチャラ、」
言いかけたほまれの腕を、ハリーがぎゅっと掴む。
「・・・っ?!
痛いよ、ハリー?」
「すまん…、なんか力加減間違えてもうたわ」
ほまれの言葉に、ハッとしたように力を緩める。
そして、反対の手でそっと、星の髪飾りに触れた。
「お祭りの時のやんな?やっぱ、よう似合とる」
月明かりに、少しだけ微笑むハリーが見えて、ほまれは恥ずかしくなって目を逸らした。
「送ってくわ」
「うん。ありがとう」
END***