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    mee30232362

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    mee30232362

    ☆quiet follow

    死んでもいいわ虫の音が静かに響く秋の夜。
    縁側にはすすきと団子が今年も供えられていた。


    いつもはひとりて過ごしていた十五夜の夜。

    満月が見えた所で、さほど興味もなかった。
    ゆり江が団子やすすきを飾り、縁側に供えてあって、夕食にも添えられた白玉団子。

    ただそれだけの日。



    風呂に入り、何とはなしに縁側に出る。
    秋風が涼しく、風呂上がりに丁度良い。

    夜空を見あげれば綺麗に輝く中秋の名月。
    満月とは、こんなにも明るいものだったか。

    供物の近くに腰を下ろす。
    今年はゆり江と、美世が2人で作ったのだろう。



    「今日は冷えますね」

    婚約者が、お盆を手に縁側に姿を見せる。
    彼女はまだ夏物の淡い色の寝巻きに、上衣を羽織っていた。
    美世は膝を折り、清霞の隣にお盆を置く。
    きな粉のかかった白玉団子に、湯気のたった温かい緑茶。

    「中に入るか?」

    美世の手はいつも冷たいように思う。
    華奢な身体は、清霞の体感よりも寒さを感じ易いのかもしれないと、一緒に生活をするようになって感じた。

    「いえ、大丈夫です」

    言って美世は笑った。
    お盆を挟んで隣に座り、清霞に団子をどうぞ、勧める。

    美世は小学止まりで、女学校にも通っていないと気にしていたが、元々のものだろうか。
    その所作は美しい…と、思う。

    団子をひとつ口に運び、夜空を見上げる美世を見る。

    こんなふうに、女性と月を眺める日が来ようとは。
    去年の今頃には、考えもしなかった。

    清霞も夜空を見上げる。
    美しく輝く、丸い月。



    不意にその視線に気付いて、清霞が美世を見た。

    目が合った…気がしたが、すぐに逸らされる。
    恥ずかしい…のだろうか。
    奥ゆかしいこの婚約者は、時折こうして目を逸らすのを知っている。

    ふわりと、秋風に揺れる彼女の髪がとても綺麗で、目を離せなくなる。


    「ーーが、」

    言い掛けた彼女が、一瞬何かを躊躇う。
    よく、聞こえなかった。

    迷っているような困っているようなその表情に、少しだけ清霞を見てから、美世は再び視線を夜空に移した。

    澄んだ大きなその瞳は、何を思って月を見るのか。
    彼女の言葉を、静かに待てば。



    「 月が…綺麗ですね 」




    思わぬ言葉に目を見開く。
    楊枝に差し、持っていた団子が思わず皿に落ちる。

    美世はただ静かに、夜空を見上げていた。
    綺麗な満月を見ていた。


    意味を分かって言っているのだろうか。

    と、思ったが。
    美世の態度を見ればそれは一目瞭然だった。


    もしこれが自惚れでないのであれば…、
    たぶんその言葉は、美世の精一杯の愛情表現。

    でもこの婚約者に、
    『死んでもいいわ』と伝えたら…。

    どうするのだろう。

    …それもまた興味はあるが…。



    清霞は瞳を閉じて、少し考えてから口を開く。
    美世のその横顔を見た。



    もしも、美世に出逢えていなければーー


    きっと私は、
    一生知る事もなかっただろう。


    ただ静かに日々を過ごすこの幸せも。

    たったひとりの人を、こんなにも愛おしいと思うこの気持ちも。


    その人と見る月が、こんなにも綺麗だと言う事も。




    「 傾く前に出逢えてよかった 」



    清霞が呟く。
    これが、清霞の答え。

    今すぐにでも美世に触れて抱き締めたい。



    想像していた答えの、どれでもなかったからなのか。
    美世はきょとんとしていた。
    そして少しだけ、安堵したような表情を見せる。


    清霞は美世の膝に置かれた手に、自分の手を重ねた。美世の手は少し冷たい。

    「少し冷えて来たな。部屋に戻ろう」
    「はい」

    言って清霞は立ち上がった。
    隣で座る美世に手を差し出せば、彼女は少しだけ俯き、清霞のその手を取る。



    いつか、美世の口からその気持ちを、
    聞ける日が来るのだろうか。

    そんな日が訪れる事を。



    いつまでも、

    いつまでも待っている。



    「 死んでもいい 」


    小さく口の中で呟くその声は、美世には届かない。


    願わくばその気持ちが、
    自分と同じである事をーー。







    End***







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