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    mee30232362

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    mee30232362

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    籠 籠の鳥ーー僕は、斎森美世が好きだった。


    美世は幼い頃から家族に虐げられて育ち、そんな彼女を僕は救いたかったんだ。

    でも、何も出来なかった。

    僕は妹の香耶と結婚する事で、斎森の家から彼女を守ったつもりでいた。
    けれど実際は、何も変わっていなかった。
    誰も救われてなんていなかった。


    あれから1年の月日が流れーー

    それを思い返しながら、幸次は香耶の綺麗にまとまった文字を眺める。
    奉公先の香耶とは月に1度、2度手紙のやり取りが続いていた。奉公人である香耶は、朝から晩まで忙しい。そんな彼女が、時間を割いて幸次に手紙を送ってくる。
    取り留めのない日常が記されている事がほとんどだったが、そのどれもが良い意味でも悪い意味でも彼女には新鮮な出来事だったようだ。

    香耶は奉公先に恵まれている、と思う。
    厳格で有名な奉公先だったが、その実奉公人に対しての扱いはしっかりしたものだった。
    年季も一年単位での更新があるが、香耶はある程度の年数は既に話し合いで決まっていて、順調に年季が明ければ現時点で婚約者である幸次との結婚が待っている。

    勿論初めは自身が奉公に出る事に納得もしていなかったし、恨み節も多かった。でも、今はこの環境にも馴染んだのか、もしくは諦めたのか、不服に思う事を手紙にしたためて来る事はなくなっていた。

    客観的に見て香耶は可愛いと思う。
    芸事も出来て、器量も良い。
    旧都にある奉公先は客商売をする老舗で、それなりに重宝もされているのだろう。



    そんな香耶に会うのは、彼女が奉公に出る日に見送って以来。久しぶりに見たその顔は、少しだけ柔らかくなっている気がした、が。

    「まさか、幸次さんが私に会いに来て下さるなんて思ってもみなかったわ」

    紡がれる言葉にはやはり棘がある。

    香耶と同じく旧都で修行に励む幸次だったが、やはりまた、日々を忙しく過ごしていた。
    それでも奉公人の香耶と違い、幸次はそれなりに余暇はあったのだが…。

    何となく、この婚約者にどんな顔をして会えば良いのかわからずにいた。

    「当たり前だよ。一応婚約者なんだし」

    我ながら素っ気ない返答になってしまったと感じる。でももう、あの日以来彼女に気を使うのは辞めようと決めていた。

    「むしろ、あまり休みはないだろうに。君こそ、せっかくの休日に僕なんかでいいのかい?」

    と、意地悪く聞いてみる。
    器量良しと謳われた彼女はやはり人当たりが良い。それが計算だとしても、休日を共に過ごす知人や同僚はいるだろう。

    「一応、婚約者だから」

    香耶が幸次の言葉をそのまま返す。

    「買い物…付き合って下さるのよね」

    そして香耶は、笑った。




    旧都をふたりで歩く。
    香耶は以前とは違い、少し落ち着いた色合いの他所行きの着物を来ていた。上等とは言えないが、庶民よりは少し上と言う所だろうか。
    それでもやはり、ぱっとした美人である香耶は目を引いた。一緒に歩くと、振り返る男も多い。

    そんな香耶とは、店で着物や小物を見たり、街を散策したりして過ごした。
    香耶は以前のようにたくさんの買い物をする訳ではなく、日用品を最低限購入しているようだった。


    「少し、休憩でもする?」

    言って甘味処を見れば、香耶は立ち止まる。
    不機嫌そうに幸次を見てから俯き、小さく呟いた。

    「…あまり、予算がないわ。色々と買ってしまったし」

    奉公先に恵まれている香耶は、わずかながら賃金をもらっている。奉公人の日用品は、普通雇主が購入するもので、今日香耶が買った物もわずかだった。財布にお金は残っている、と幸次は当たり前に思っていたのだが。

    香耶はぷいっと外方を向いてしまった。

    はぁ、と小さくため息を吐く。
    相変わらず、彼女の気分はよくわからない。


    「僕が、」

    と、言いかけて…辞めた。

    「・・・・・」

    これは気分が、と言う問題でもない気がしたから。
    以前の香耶なら、奢ってもらって当然だった。

    でも、香耶は手持ちがないと、恥を忍んで…不機嫌そうだが、幸次に話してくれたのだ。
    この令嬢は、自分で稼いだ賃金で払うつもりなのだ。

    幸次はどうしたものかと、視線を彷徨わせる。

    「あ。団子は?」

    後ろに団子屋が見えた。
    香耶が振り返る。
    団子なら、甘味よりも遥かに安く買えるし、お茶が付く所も多い。

    「…そうね。ええ、そのくらいなら」

    串に刺さった団子をふたつずつ購入し、のきさきに出ていた椅子に座る。
    ひと息吐いて、お茶を啜り団子を並んで食べた。
    特に会話もなく静かに過ごす。

    別段、好き同士で婚約した訳でもない。
    当時から2人で過ごす時間はこんなものだった。



    沈黙を破ったのは、香耶だった。

    「ねぇ幸次さん。お姉さまが今どうなさっているか、知っているかしら?」
    「…え?」

    不意に香耶が口を開く。
    皿に団子を残して、お茶を手にしていた。

    「ああ…うん。まぁ少しなら」

    兄の一志に少しばかり美世について聞いていた。美世とは時折手紙のやり取りもしている。
    久堂さんとは順調そうだが、香耶に伝えるのは躊躇われる。隠した所で、彼女が本気で美世を探ろうとすれば、拙い異能で“視る”事も出来るだろうが。

    「…そう」

    香耶は一言言っただけだった。
    彼女が異母姉を気にしない訳はない。…でも、聞かないつもりなんだろう。探る気もなさそうだ。

    香耶は小さくため息を吐く。
    少しだけ、静かな時間があってから。

    「…私、お姉さまが嫌いよ」

    ぽつりと呟いた。
    威勢はなく、か弱い言葉。
    少し悲し気に聞こえたのは幸次の気のせいか。

    幸次が香耶を見ると、香耶はずっと遠くを見ていた。

    「知っているわ。私は恨まれこそすれ、お姉さまを恨む権利なんてない」

    香耶は全く動じない。

    「でも、好き嫌いは自由でしょ。どうしようもないわ」

    少し遠く、彼女の視線の先には、鞠で遊ぶ姉妹がいた。子どもらしい艶やかな着物が可愛らしい。

    「…普通の姉妹として育ったらって、何度も考えてた」

    香耶が幸次を見た。

    「私、子どもの頃に遊んだ記憶がないの。玩具は部屋にたくさんあったけど。…幸次さんは私と遊んだ記憶、あるかしら?」

    問われて、思い出す幼い頃の記憶。

    継母に叱られ罵られ、父に無視されて泣く美世。そこに兄はいたりいなかったり。

    自分たちで持って来た面子で遊んだり、広い庭を走ったり、隠れんぼや鬼ごっこ、内緒話で笑い合ったり。
    美世も家の手伝いは既にしていたようだが、少しは自由もあって、みんなで遊ぶ時間が楽しかった。



    でも、そこに香耶の姿はあっただろうか?



    香耶はいつも母の香乃子に手を引かれていた。
    綺麗で艶やかな着物を着て、家の中にいる。
    うんと小さい頃は遊んだ気もするが、いつの頃からか香耶はそこに居なかった。

    「…あまり、ない…かもしれない」

    でしょ?と香耶が言う。
    幸次が考えていると、香耶が口を開いた。

    「小学校に入る前から、毎日のように習い事をしていたわ。お茶にお花に、書道にお琴。あと、お作法やピアノなんてハイカラなものもあったわね」

    まぁそれなりに役に立ってるわ、と笑う。

    「お姉さまは無能と言われていたけれど、私だって少し異能が使えるだけで、始めから有能な訳じゃない。沢山習い事もしたていたし、家に帰っても沢山練習したし、誰にも負けないように勉強もした」

    笑う笑顔は、やはり少し悲しげに見える。


    「だって、失敗は許されないもの」


    それが、彼女の全てだったんだろう。

    失敗を許されない環境。
    蔑まれる異母姉。
    常に上を目指すことを押し付けられ、失敗すれば「次は自分かもしれない」と言う恐怖。

    美世とは立場が違うから、実際そうはならなかっただろうが。
    幼い頃から植え付けられた記憶と歪んだ感情。

    「必死で勉学や芸事に励んで、自分を磨いたのよ。母や父に、嫌われない為に。お姉さまのようにならない為に。流行りの服装や化粧、立ち振る舞い、言葉の1つずつを、全て」

    少しだけ大人になった彼女の表情は、笑っているように見えるけれど。
    これが精一杯の見栄なんだと分かる。

    「なのに…。それなのに、どれだけ頑張っても努力しても、誰も私を…、見てはくれない…」

    涙が一筋流れた。

    「だから。もっと、もっと。お姉さまよりも上に…立たなきゃ…、いけない。お姉さまよりも、もっと、もっとしっかり…しなきゃ…、いけないのに…っ」

    香耶の目からは、堰を切ったように涙がぽろぽろと溢れた。
    途切れ途切れの言葉を切って、幸次から目を逸らす。

    その香耶の後ろ姿は、とても小さく見えた。
    少しだけ肩が震えている。


    ーー普通の姉妹だったら。

    さっき香耶が言っていた。
    普通の姉妹だったら…どんなに良かっただろう。


    幸次は手を伸ばす。

    いいのだろうか。
    この子を慰めるのが、僕で。

    少し躊躇ったが、ここにはもう誰もいない。
    香耶が言う通り、もう何もないのだ。誰も見ていない。

    幸次は香耶の頭にそっと触れる。

    「頑張ってたんだね」


    そんな事。

    美世だって頑張っていた。
    頑張って、頑張って、心を閉ざしていった。

    それを久堂さんが救ってくれた。
    僕は救えなかった。


    じゃあ、香耶は?



    奉公先で揉まれれば、常識は身に付くだろう。
    でももう、過ぎた時間は戻らない。

    香耶は、誰が救うんだろう。


    香耶は幸次の手を振り払う。
    振り向いた彼女は、目に涙をいっぱいに溜めて幸次を睨んでいた。

    「私は、貴方の好きな美世じゃないわ。貴方の嫌いな、香耶よ」

    こうやって彼女もまた、斎森と言う箱の中に入れられて一人で生きてきたんだろう。


    幸次は振り払われた自分の手を眺める。
    久堂さんとは比べ物にならないくらいに小さな手だ。
    こんな手で、何を守れるんだろう。
    はぁ、と自分にため息を吐く。

    幸次は持っていたハンカチーフを香耶に渡した。
    香耶は戸惑いながらも俯き、ハンカチを受け取って涙を拭く。

    「そうだね。僕は美世が好きだよ。でも、香耶の事も別に嫌いじゃない」

    ハンカチで目元を押さえながらも、香耶がちらりとこちらを見る。

    「…僕は、美世しか見てこなかったから。わからないんだ、君の事を。知らないんだ…」


    ーー僕は、香耶を知らない。

    確かにそうだ。
    だって興味がなかったのから。

    でもたぶんそれは、香耶も同じ。
    香耶も、僕を知らない。


    「美世は…もうここにはいないんだ。僕も香耶も、彼女の事を忘れてはいけないけど。少しだけ、自分の為に…、前に進んでもいいんじゃないかな」

    幸次は笑ってみせる。
    今はそれしか出来ないけれど。

    「もっと成長して、それから香耶なりに美世と向き合って行けばいいと思うよ」


    好きではないけれど。
    嫌いじゃない。

    好きになる程、嫌いになる程、
    僕は君を知らないから。


    でも今はもう少しだけ、香耶の事を知りたいと思っている。


    「香耶は僕のこと嫌い?」

    でも、これだけは知っている。
    だって、嫌いな相手にこうもマメに手紙は出さない。
    とても整った綺麗な字で。
    寝る時間も惜しんで。

    「…別に」

    短く言う。
    まぁ、似たようなものだろう。

    「今日はもう、帰ろうか?」

    と聞けば。
    香耶はそっと幸次の袖を掴んだ。
    そしてやっぱり目を逸らす。
    いつの間にかハンカチは膝に置き、口がへの字になっていて、その様子はまるで小さな子どものようだった。

    気に入らなかったのか?

    「じゃあ少し遠回りして、帰ろうか」
    「…うん」

    そのまま頷く香耶。

    僕たちもこんなふうに普通の幼馴染だったらどんなに良かっただろう。

    姉妹の時間はもう、取り戻せない。
    でも僕たちは違う。

    まだ、始まったばかり。



    ここから始めよう。
    それから、考えよう。





    End***

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