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    mee30232362

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    mee30232362

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    籠 妹ーーお姉さま。


    そう、呼ばれた気がして。




    美世は立ち止まり、振り返る。
    隣を歩いていた清霞も、立ち止まる美世に気付いて足を止めた。


    人混みで、彼女の姿を見た…と、美世は思う。
    綺麗で目を引くその顔に、艶やかな着物を身に纏った異母妹。

    あれから2年の月日が流れようとしていた。
    香耶は奉公に出て、此処にいるはずはないのに。

    苦しいくらいに心臓が脈打ち、呼吸が一瞬止まる感覚。

    その姿を探すが、人混みに紛れてもう見つける事は出来なかった。

    ーー何処に行ったんだろう。

    「…待って、」

    美世は走り出す。


    ーー待って。

    自分でも驚くほど自然に身体が動いた。
    もう、会う事はないかもしれないと思っていた異母妹。
    彼女がそこに居るかもしれない。


    美世が数歩進んだ時、不意に後ろから腕を掴まれる。痛いくらいに握られて、それを振り払う事が出来ない。

    「美世っ!」

    少し大きな声が頭に響いて我に帰る。
    言われて足を止め、振り返れば心配そうな清霞の顔。

    「美世…?」
    「旦那、さま?」

    心配そうな清霞の顔を、きょとんとした美世は不思議そうに見る。

    「急にどうした?何かあったのか?」

    言って美世の頬に触れた。
    清霞の温かいその手が、美世の頬に伝う涙を拭う。

    ーー涙?

    いつの間にか頬が濡れていた。
    美世は自分が泣いていた事に気付く。

    「申し訳、」

    言いかけて止める。

    違う。
    もう、あの家に私はいない。

    最後に彼女に会ったのは、もう随分前なのに。
    目を閉じると、あの家での出来事を今でも鮮明に思い出す事が出来た。

    でも、今の私は、昔の私とは違う。
    美世は小さく深呼吸をして、清霞を見た。

    「気のせいかもしれないのですが…妹を、見た気がします」

    清霞の袖を無意識にぎゅっと握る。
    少しだけ、手が震えていた。

    清霞が辺りを見回すが、それらしい人影は勿論ない。

    「たぶん居ない、と思うが」

    見当違いか他人の空似か、もしくは…。

    清霞の言葉に美世も辺りを見回す。
    やはり何も見つからない。行き交う人々は美世と清霞に何ら構う様子はなく流れて行った。
    美世はほっとしたような、少し複雑な表情を見せる。

    「そう…ですね。勘違いだったようです。すみません…」

    美世は香耶の奉公先を詳しくは知らない。
    ただ、遠くとだけ聞いていた。
    聞かれれば伝えると告げられているが、美世の方から話題にする事は今まで一度もなかった。
    故に、清霞は少し驚いたようだった。
    ただ此処に、彼女が帝都には居るはずがないと清霞自身は知っている。

    「…あの子は、帝都には…もういないんですよね」

    清霞は静かに頷く。
    美世の手を引いて道の端に寄った。
    元より人通りの多い道だ。店々を見て立ち止まる人もいれば、立ち話をしている人もいる賑やかな大通り。清霞と美世が話をしていても誰も気に留めない。

    「気になるか?」

    小さく呟いて、それ以上は何も言わない清霞。
    それは美世を気遣ってのものだろう。
    美世はいえと短く断って、何処か宙を仰ぐ。
    晴れやかな青空が、何処までも続いていた。

    「最近、昔の夢を時々見るんです。斎森のあの大きな家で、幼い頃に遊んだ夢を」

    夢。
    美世の言う夢は、時折深い意味を持つ。
    全てが異能と言う訳ではないと思うが、全く意味が無いとも勿論断言は出来ない。

    「幼馴染の幸次さんや一志さんと庭で遊んでいるのですが…。そこにあの子はいないんです」

    振り返ると障子の向こうから見ている香耶がいて、声を掛けようとするけれど…。
    一瞬躊躇った所で目が覚める。
    目覚める寸前に「香耶、行きますよ」と彼女を呼ぶ義母の厳しい声。

    「あの時私が声を掛けたかどうか、記憶はありません。そもそもこれが現実だったのかもわかりませんが…」

    何処か朧気な視線を彷徨わせる美世。

    「私は幼い頃、異母妹と遊んだ記憶があまりありません」

    そして、それはそのまま確執へと変わっていったーー。
    美世は寂しそうに笑う。
    その先には、姉妹が揃いの着物を着て、母の手を握り歩く姿があった。楽しそうに話をしながら、歩く小さな姿。片手には風車がそれぞれ握られていた。

    「あの時、一度でも勇気を出して声を掛けていたら…、何かが変わったのかも…しれません」

    親子は通り過ぎて、すぐに人混みに消えていった。美世はそれを優しい眼差しで見送る。優しくて、哀しい瞳。
    胸がぎゅっと痛くなる。

    ーーどうして私たちは、上手く付き合う事が出来なかったのだろう。

    「美世が、それを責める必要はない」

    彼女は、それ以上の事を美世にしてきた。
    香耶の歪んだ人格形成は、斎森家に責任があるだろう。あの家での出来事の被害者は、美世だけではない。でもそれは、それだけで済む問題でもない。だから美世に辛く当たっても良いと言う理由にはならない。

    清霞に出逢った頃よりも幾分か明るくなった美世。
    今、異母妹を語る彼女の表情は、辛いとか悲しいとかそんな暗いものではなくて、何かを必死で探しているような…。
    自分自身でも気持ちの整理が付かない。

    清霞は遠くを見る。
    躊躇ったが、美世に視線を戻して言葉を続けた。

    「文を出してみるか?」

    美世は大きく目を見開いた。
    考えた事もなかった、と言う表情をしている。

    「文…、ですか?」

    書類関係は全て清霞を通すように伝えてあるが、いつか美世が斎森に何か思う事があれば、文字にする事をと清霞は考えていた。父か継母か、香耶か幸次辺りか。

    「考えるだけでもいい。文字に起こして、やはり止めるなら捨て置けばいい。書くだけで出さずとも構わない」

    美世は小学を出ているし、久堂家に来てから勉学にも励んでいた。今なら気持ちをしたためる事も出来る。

    「もっと言ってしまえば、受け取る相手側も、読む読まないは自由だから、美世が気負う必要もない。ただ…、」

    とは言え、手紙は受け取れば余程の事が無ければ読む。美世と異母妹ーー斎森の実家は今は絶縁状態だから、「余程」の間柄だと美世も清霞も認識している。

    「良い意味でも、悪い意味でも、相手を気にかけていることは知られてしまう」

    美世は大きな瞳を曇らせる。

    ーー文。

    それはきっと…もし上手く行ってしまえば、また再び香耶と繋がる事になる。
    繋がらなくとも、お互いを意識せざるを得なくなる。

    絶縁した異母妹。

    今は何をしているのか。
    あれからどうしているのか。
    元気だろうか。
    奉公は辛くはないだろうか。

    奉公人となった今、
    …私を、どう思っているのだろう。

    やはりまだ、良くは思われていないのではないだろうか…。

    何もかもが理不尽だったあの家。
    罵られ、蔑まれて育った自分。
    対照的に褒められ、持て囃されて育った異母妹。

    あの家に産まれていなければきっと、お互いもっと違った人生を歩んでいたかもしれない。

    もしそうなら。
    もう少し違う関係になっていたかもしれない。


    色んな気持ちが一気に押し寄せる。
    息が詰まる。胸が苦しくて潰されそうで。
    胸元に手を当てた。

    何故、今更あの家の夢を見るのだろう。


    と、考えてすぐにそこに至る。

    ーー何故?

    美世はちらりと、清霞を盗み見た。
    清霞はそれに気付いたのか、美世に目線を下ろす。視線が交わって恥ずかしくて思わず俯いた。

    幸せ、なんだ。

    胸にあったしこりが解けていくように軽くなる。
    毎日清霞と一緒に過ごせて、何でもないその毎日が幸せで。
    自分は今満たされていて…、だからこそ自分が救えなかった異母妹を思い出す。

    彼女の全てを、許せる程優しくもなれないけれど。だからと言って、頭から彼女を否定は出来なかった。

    「無理に、とは言わない。気が向いたら書けばいい」

    清霞はただ隣に居て、何も言わない美世を見ていた。
    美世は顔を上げる。

    「あの子に会いたい気持ちは、…まだ、ありません…。でも、」

    怖い。私は異母妹が、怖い。
    やはりそれは、すぐには消えない。
    彼女に会って、平気でいられる自信もない。

    ただ、清霞はいつも、隣に居てくれる。
    斎森の家を出て、清霞と暮らして。辛い事もあったけれど、いつも背中を押してくれた。

    だから…。

    「文を、出したいです」

    美世は真っ直ぐに清霞を見た。
    自分の過去と、彼女ー香耶と向き合う為にも。


    「たった一人の妹ですから」








    いつか、会うことが出来たら。
    何かが変わるのだろうか。

    あの頃の
    斎森美世ではない自分と、
    斎森香耶ではない彼女と。

    そんな風にいつか出逢えたら。


    何を書けばいいんだろう。
    言いたい事は、もう然程ない。
    彼女は応えてくれるのだろうか。
    否、返事はいらないのかもしれない。


    ただ、どんな形であれ貴女を思う姉がいると、伝えたいだけ。

    あの家は、もうないのだと。





    End***










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