いつか思い出になる日の為に。済んだ空気に、星の綺麗な日。
いつもと変わらない夜。
でも少し、何かが違う夜。
***
12月に入って急に寒くなった。
はぐたんを寝かし付けて、ハリーは再びビューティハリーに戻る。
ーー輝木ほまれは、
ハリーのことが大好きです。
面と向かってほまれに、そんなことを言われるとは思わなかった。
ほまれは強い。
きっとこの失恋からも立ち直って、俺なんかより素敵な相手を見つけることが出来るはず。
コーヒーでも飲もうとやかんに手をかけた時、ドアの方から音がした。
こんこんっと扉を叩く音。
「ねーずみっ!遊びに来てやったぜっ」
気を使ってなのか小さい声が聞こえる。
でも、いつものテンションのそれに、思わず笑みがこぼれた。
「ネズミちゃうわ。ハリハムハリーさんや!」
言いながら扉を開けるとチャラリートがいた。
「こんな時間になんやねん」
と、聞いてはみるが。
たぶんはぐたんが寝た頃に合わせてわざわざ来たんだろう。
「今日は飲もうぜーっ」
笑ってコンビニの袋を差し出す。
中を見ると缶ビールに缶チューハイが数本と、ワインが1本。
「こっちはつまみな」
ほいっと手渡してチャラリートは勝手にビューティーハリーへ入っていった。
チャラリートはソファに座って缶チューハイを開ける。
「カンパーイ☆」
飲みたい気分、と言う訳でもないけれど。
ハリーも缶を開けて、つまみを皿に出した。
「ほんま、何やねん。
何で今日やねん」
少しそれに口を付ける。
ひとりになりたいような、誰かと一緒に居たいような…。
察したようにやって来たチャラリート。
「ん?何でって、ハリーが振られたって聞いて」
・・・・?
一瞬、沈黙が流れた。
フラれた?
「俺が、振られた?誰に?」
「誰にって、決まってんじゃん」
驚くハリーをチャラリートは笑うでもなく、ただ見て言った。
「輝木ほまれちゃん」
「・・・・?!」
その名前に胸を締め付けらる。
何?
俺が?
振ったのはむしろ俺なのに。
「何言って…」
「そんなシケた面してっからだよ」
頬杖をついてチャラリートは一口、チューハイを口に運ぶ。
「ほまれちゃん。この前の大会最高に輝いてたぜ。何があったか知らないけど」
「・・・・・」
ほまれは輝いていた。
これからも、この経験をバネに大きく成長していくんだろう。
フィギュアも。
新しい恋も。
それなのに、俺は。
「それに比べてネズミのシケた面〜」
「ネズミやない!ハリハムハリーさんや!シケてないし!」
ぐっと缶を握ってそれを飲む。
はぁ、と溜息がひとつ聞こえた。
「じゃあ俺ちゃん、ほまれちゃんに本気出してもいい?」
・・・・・っ?!
驚いて顔を上げる。
チャラリートは真っ直ぐこちらを見ていた。
「…何、言うてんねん」
言葉が出なくて。
一言振り絞るのがやっとだった。
「だってほまれちゃん美人だし。最近なんか可愛いし、性格だって悪くない。頑張り屋さんでおまけにスタイルもいい」
チャラリートにも笑顔はない。
頬杖をついて、片手にチューハイの缶を握っている。
「何言うてんねん…」
心臓が、ドクンと脈打つのがわかる。
分かっている。
それを止める権利は、もう俺にはないことを。
でも。
「そんなん…
そんなん、俺が…っ」
言いかけてハッとする。
チャラリートがニヤリと笑うのが見えた。
「俺が??」
ハリーはチャラリートから視線を落とした。
ーー俺が、諦めた意味がない。
歯を食いしばる。
ーー本当は。
本当は、この右手で彼女に触れたかった。
いつもみたいに頭を撫でてやりたかった。
その肩を、背中を、その小さな身体を。
抱きしめたかった。
ハリーは自分の右手を見つめる。
「俺は…、」
何もない右手を、ぎゅっと握った。
あの時、何も出来なかった右手。
「いつか、未来に帰らなあかんのや。何で、別れなあかんのわかっとるのに…!俺は、ほまれを幸せには出来ん!わかっとるのに…っ」
瞳を閉じれば、あの時のほまれが思い浮かぶ。
綺麗な涙を流すほまれ。
きらきらと輝く、強くて純粋な少女。
らしくない。
でも、何も考えずに言葉を紡ぐ。
「わかっとる…のに。好きです、なんて…言えんやろ…」
ーーほまれは強い。
きっとこの別れを、ほまれなら乗り越えられる。
いつか現れる本当にほまれが大切に想える相手。
ほまれを大切に想う相手。
その人と、幸せになるために。
ーーでも、
「俺は…ほまれみたいに、強くなれへんねん」
ぽつりと呟く。
ほまれが大切だから。
大好きだから。
ほまれの想いに気付かないフリをしていた。
自分の気持ちに蓋をして、そのまま未来に帰りたかった。
隣にいるのが当たり前になった彼女との別れを、乗り越えられる自信がない。
そんな未来なら、捨ててしまいたい。
「ズルイな。大人は」
薄く笑うハリー。
チャラリートはチューハイを机に置く。
「ズルくねぇーよ」
俯いたままのハリーを見る。
「カッコ悪いけど、」
その手でぐしゃぐしゃっとハリーの頭を撫でた。
「よく頑張りました★」
ニッと笑う。
「何すんねんっ」
顔を上げてその手を雑に振り払う。
いつものハリー。
「ワイン開けちゃう?
ちょい高いの買ってきてやったんだぜっ」
「おー。グラス用意するわ」
言ってハリーは席を立つ。
「大人は辛いねっ。
色々考えちゃう」
ワインを用意するのに、チャラリートはチューハイをぐいぐい飲む。
「お前は何も考えてないだろー」
溜息まじりにハリーが呟く。
「失礼なネズミっ」
「ネズミちゃうわ!って、何回言わすねん」
ハリーが笑うのを見て、チャラリートも笑う。
「こんだけ想われるほまれちゃんも、幸せだねぇ」
***End