明日へ。あれから半年の月日が経った。
忘れられないたくさんの思い出を胸に、私たちはそれぞれ新しい未来へ進んでいた。
***
ほまれはひとり、暖かい日差しの中ベンチに座ってランチをしていた。
おばあちゃんの作ってくれた野菜中心のお弁当。
おにぎりを一口頬張る。
スポーツ特進クラスに戻った今も、いつもははなやさあやたちと一緒だったり、別の友だちと食べたりもするが…何となく今日はひとりだった。
いつもの屋上。
見上げた空は今日も青い。
彼の瞳のように…綺麗だった。
「ねぇハリー。
ハリーは今、幸せ?」
小さく呟く。
私は彼の幸せな未来を、守ることが出来たんだろうか?
ーーガチャ。
扉が開く音がする。
はなかさあやか…
じゅんなとあきか?
振り向くと、そこには久しぶりに見た意外な顔があった。
「あれ?輝木さん?久しぶりっ」
「ひなせくん?」
向こうも少し驚いたようにこちらを見ていた。
扉を閉めてひなせはほまれのいるベンチに近づく。
「4月からスポーツ特進クラスに戻ったんだよね?どう?」
歩きながら気さくに話し掛けてくる。
3月まで同じクラスだったが…あまり話したことはない。
たぶん、はながいつも近くにいたから。
「楽しいよ。毎日が充実してる」
前よりも練習する時間も増えた。
何より、同じスポーツ選手を目指すクラスメイトと共に過ごす時間は充実している。
「ひなせくんは?確か、今年もはなと同じクラスだったよね」
はなとさあやは普通科の別々のクラス。
はなはひなせくんと今年も一緒だったはず。
「うん。同じクラスだよ」
ひなせは一言言うと、ほまれから視線を逸らした。
ベンチの手間で立ち止まり、少しほまれと距離を置く。
屋上の手摺に手を掛けてほまれに背を向けた。
「野乃さん…少し変わったね」
言われて驚き、ひなせを見る。
「そう…かな?」
そんな風に思ったことはない。
ほまれにとってはなは、出会った頃と変わらない、はなだ。
「告白したんだ、俺。野乃さんに」
ほまれは何も言わない。
確信はなかったけれど…。
ひなせがはなを好きなのは、近くで見ていて気付いていた。
「ダメだった。何となく分かってはいたんだけどね…。野乃さん、好きな人いるんじゃないかな」
言われてはっとする。
はなが変わったって言うのは…そう言うことなんだ。
「たぶん、本人は気付いてなさそうだったけど」
思い当たる節はある。
「だから、付き合えないって」
ひなせは青い空を見ていた。
表情はわからないが、悲しそうにも見えない。
はぁ、とため息を吐く。
「野乃さんは優しいよね」
ほまれはそんなひなせを見て、少し前の自分を重ねる。
想いを告げたこと、きっと彼も後悔はしてない。
それは私たちにとって前に進むために、必要な言葉。
「今日もさ、野乃さんに挨拶されたんだ。今週末の演奏会行くねって言われた」
変わらない日常の会話。
「告白されたら普通…ちょっとは気まずくなるじゃん?でも、野乃さんは俺に対して前と変わらないんだ。気を使ってるのか、天然なのか」
はなの笑顔が思い浮かぶ。
たぶん彼女は…後者。
「天然じゃない?」
「ハハッ。やっぱ、そうだよね」
はなにとって、多少の気遣いはあるのかもしれないが。
「もう結果は出てるのに、話しかけてもらえると何だか嬉しくて…やっぱ、好きだなぁなんて。未練がましいよな、俺」
やっぱり、はなは、はなだ。
ほまれにはひなせのその気持ちが…痛いほどわかる。
「未練がましくなんかないよ。振られたからって、明日からこの気持ちがなくなる訳じゃない」
告白したあの日以降も、ハリーは変わらず私に接してくれた。
ハリーはたぶん…前者だけど。
その優しさに何度も救われた。
私も、色々と悩んだけど…最後まで「普通」に、接したつもりだった。
「私もさ、ちょっと前に振られたんだ…」
ひなせが驚いた顔でほまれを見る。
「…もう半年も経つのに…まだ忘れられない」
ほまれはそんなひなせから目を逸らす。
やっぱり、自分のことを話すのは少し恥ずかしい。
「未練はない…と思う」
目を閉じると、すぐに思い出すことが出来るハリーの笑顔。
いつだって思い出すのは、楽しかった彼との日々。
今でも涙が、溢れそうになる。
「でも…今は無理に、この想いを忘れる必要もないかなって思ってる」
ほまれは空を仰ぎ見る。
この青空は、ハリーのいる未来に繋がっているのだろうか?
「その人は、ずっと遠くに行ってしまって…きっともう会うこともないと思うけど」
本来なら出会うことのなかった私たちが出会って、未来を変えてしまった。
変わった未来にいるハリーはきっと、ハリーであってハリーでない。
だから、もう会うことが出来なくても…。
「いつか私の名前がその人に届くくらいに、スケート選手として輝いてみせる」
それは、ハリーの為ではなくて。
初めて恋した私の為。
アイツを見返すくらいの自分になる為。
「いつか、その人より大切な誰かが現れるかもしれない。その時のために、今は自分を磨こうと思う」
視線の端にひなせがこちらを見ているのが何となくわかる。
ほまれもひなせを見た。
「それまでは…まぁ、このままでもいいかなって」
目が合って、ひなせが少しだけ笑う。
「時間薬…だね。本当」
「うん」
ふたりの間に、静かに時が流れる。
私たちが守った今と言う時間。
それは時に残酷で、でも時に優しく。
「今はまだ…彼の恋を応援は出来ないけど…。それでも大好きな彼の幸せを願ってる」
それは嘘偽りのない言葉。
「…そうだね。僕もいつか、」
たぶんひなせにとってもそれは同じ。
「心から野乃さんの幸せを願える日が…来るといいな…」
ひなせくんなら大丈夫。
そんな日が、来るよ。
ねぇ、ハリー。
ハリーは今、幸せ?
想いを伝えたい人に、
その想いは伝わったのかな。
結果は…知りたくないけど…。
あなたの幸せな未来を、私が守ることが出来たのならーー
「お互い、またいい人に巡り会えるといいね」
End***