ほまれの結婚前夜。ほまれが荷造りする姿を、ハムスターのような小動物のハリーはベッドにちょこんと座ってぼんやり眺めていた。
季節は春。
ほまれは明日、結婚する。
***
リストルとビシンは、もぐもぐと一緒にほまれのお母さんと散歩に出ていた。
ハリーも誘われたが、そんな気分にはなれなくて。
「ビシンたちがいないと暇でしょ。ハリーも行けば良かったじゃん」
ほまれが呟く。
「別に。今日はゆっくりしたかっただけや」
なんて素っ気なく応えてみたが。
そんなハリーを見てほまれが笑う。
「素直じゃないなぁ」
荷造りをしていたかばんを閉じて、部屋の隅に置いた。
荷造り、と言っても明日の式の準備で、中には着替えや付け爪やアクセサリーなどが入っていたりする。
最後に入れた星の髪飾り。
ほまれによく似合っている。
「ありがとうね。ホントは私の準備に付き合ってくれたんでしょ?」
「そ、そう言う訳じゃ…っ!」
ハリーがぷいっと視線を逸らす。
ほまれはベッドの横に座り、そんな小さなハリーを人差し指で軽くつついた。
「もう少し素直になったらきゃわたんなのに」
笑うほまれを見てハリーがはぁ、とため息をひとつ。
こんなやり取りは、あの時3匹でほまれに拾われてから毎日のはずなのに…。
何だか少し複雑な気持ちになる。
ぽん!って軽い音を立てて、小動物だったハリーは赤い髪の青年に変わった。
見た目は高校生くらいか、もう少し上か。
ほまれは驚きもせず彼を見ていた。
「なぁ、ほまれ…」
ハリーはほまれのベッドに座って、項垂れる。
「ほまれはさ、その…」
行く当てもなく彷徨っていた孤児の俺たち。
兄弟と言っても血の繋がりはなく、産まれたばかりのビシンを抱えて路頭に迷っていた。
そんな時に声を掛けてくれたほまれ。
『…ハリー…?』
今にも泣きそうな顔で、でもとても嬉しそうに俺の名前を呼んだ。
初めてあったはずの彼女のことを、何故か俺は信用することにした。
ほまれは、何も聞かずに、何も言わずに俺たちをこの家に置いてくれた。
感謝してもしきれない。
大袈裟かもしれないけど、ほまれは俺たちの命の恩人だ。
「ほまれは…あの時、何で俺らを助けたん?」
リストルも何となく気付いてはいるようだが…。
ほまれはたぶん、俺たちに出会う前から、俺たちのことを知っているようだった。
ほまれは何も言わない。
ただ、いつも俺たちを見守ってくれる。
「自己紹介はしたけど…前から俺らの名前も、知ってたんとちゃうの?」
ハリーはベッドに座って静かにほまれを見た。
ほまれもそんなハリーを見る。
「ずっと聞きたかったんや。俺らは、ほんまはもっと前に、ほまれに会ったことあるんちゃうか?」
前にも似たような質問を、したことがない訳ではない。
その時は軽く流されてしまったが、否定はしなかった。
ほまれは静かに答える。
「うん。あるよ。ずっとずっと前にね」
ほまれは少し難しい顔をする。
「別に隠してた訳じゃないんだ。始めは話すつもりで、みんなを家に連れてきた」
ほまれは話しながら、ハリーをまっすぐに、じっと見つめていた。
「でも、信じられないでしょ。私が中学生の頃、タイムスリップしてきた大人のハリーに出会ったなんて」
目を見開いて驚くハリー。
思考がイマイチ付いて行かず、頭が真っ白になる。
「私ははなやさあやたちと伝説の戦士プリキュアになって、ハリーたちが住む未来の世界を救ったんだ」
まるで夢物語を語るようだ。
と、ぼんやりその話を聞く。
「信じたくなければ、それでもいい」
言われて首を横に降る。
「ほまれは嘘吐かへんから、信じる」
うん、と頷いてほまれは話を続けた。
「ハリーはね、ハリハリ地区って言う所で育ったんだって。病気でたくさんの兄弟を失って…。みんなそれぞれの守りたいものや幸せのために、リストルやビシンとも戦った」
信じられない。
でも、本当にほまれが嘘を吐いているようにも見えない。
「何を言いたいのか、まとまらないんだけど…」
と、前置きをする。
少し考えながら、ほまれが言葉を紡ぐ。
「あの戦いで私たちプリキュアは、絶望の未来から希望の未来へ変えることが出来た」
プリキュア、と小さく口の中で呟く。
何だか、不思議な気分だ。
知らないのに…知っているような…。
でも、やっぱりわからない。
「それから私は大人になって、もう一度ハリーと出会った。でもハリーはハリハリ地区ではなくて、今ここに居る。リストルもビシンも失わない今がある」
ほまれは優しくハリーに微笑む。
安堵した表情。
俺たちが仲良く暮らしていることを、心から喜んでくれているんだと思う。
「あの戦いで未来は変わった」
でも、少しだけ寂しそうな表情。
「たぶん…ハリーはハリーだけど…私が出会ったハリーとは…違う」
中学生の頃にほまれか出会ったハリー。
それは俺だけど…たぶん俺は、そいつとは違う未来へ向かっている。
戦いのない未来へ。
経験が人格を作るのなら、俺が成長しても、きっともうほまれの知ってるハリーにはならない。
と、言うことだろう。
時折寂しそうにほまれは笑う。
その笑顔が、胸に刺さる。
何だろう…?
何だか、すごく…悔しい。
何だか…、
「会いたいんだ…そのハリーに」
つい、意地悪なことを言ってしまう。
大人のハリーは、きっとそんな風にほまれを困らせたりはしないんだろう。
「そうだね。会いたい…かな」
目を伏せて呟くほまれ。
そんなほまれを見て、胸がきゅっと締め付けられる。
最低だ…俺…。
ハリーが俯く。
きっと…俺は俺に叶わない…。
「でも、彼がいたから、ハリーに会えたんだよ」
言われて…、ふわりとほまれの香りに包まれる。
「ハリーは彼じゃないけど…私にとって何より大切な家族。ハリーの代わりは、どこにもいない」
ほまれはぎゅっとハリーを抱きしめる。
「いつも側にいてくれてありがとう」
ハリーは何も言えなくて。
ただその場で、瞳を閉じる。
「彼は私の初恋だった。もう会えない人には絶対に叶わないの。ズルいよね」
耳元で響くほまれの声が心地良い。
「だけど、彼を忘れなくていいって言ってくれた。それも全部含めての私を…受け止めてくれる人にやっと出会えた」
はつこい。
その言葉が胸に刺さる。
「だから…私はあの人と結婚することを決めたの」
ハリーは涙が溢れそうになるのを必死で堪える。
明日は結婚式。
もう少し…。
せめてもう少し…早く産まれていたら。
「ほまれ…好き」
「私も、ハリー好き」
たぶん、ほまれの好きはリストルやビシンの好きと同じ好き。
俺の好きとは…違う。
本当は俺が、ほまれの気持ちを受け止めたかった。
でも…もう遅い。
「ほまれ、結婚おめでとう」
End***