君と私。ノックをしても返事はなくて。
キィと軽い音を立ててcloseの看板がかかったビューティーハリーの扉を開く。
***
「ハリー?さあや?はなー?」
声を掛けても帰ってくることはなかった。
さあやとはなは先に着いてるはずなのに…。
不思議に思ったが、まぁ用事で出ているんだろう。
クライアス社がなくなった。
ルールーやハリーたちとの別れももう目の前。
トラウムが今製作している汽車型のタイムマシンが完成すれば、ハリーたちは未来へ帰る。
完成…しなければいいのに…。
ーーなんて。
考えてしまう私は、きっとプリキュア失格だ。
せめてみんなには、こんな暗い気持ちがバレないように、と。
努めて明るく振る舞う。
とんとんとんっと、階段を軽快に駆け下りてくる足音が聞こえた。
やっぱり、誰かいたんだ。
顔を上げると同時に、階段から降りてきた彼と目が合った。
「なんだ。またアンタか」
興味なさ気に呟くビシン。
ほまれを気にする訳でもなく、そのままカウンターの席に座った。
「何してんの?」
ほまれも何となくソファーに座ると。
ビシンがほまれを見ていた。
「何って…別に」
ビューティーハリーの入り口にはcloseの看板が掛かっている。
お客さんも来ないし、ただみんなと…ハリーと残り少ない時間を一緒に過ごしたかったからここに来た。
「ハリーに会いに来たんでしょ?残念だね、誰もいなくて」
含みのある言い方をするビシン。
「別にいいよ。その内帰ってくるでしょ」
まぁ買い出しかはぐたんの散歩か、といった所だろう。
「それに、ビシンもいるし」
少しビシンとも話したかった。
もう時間もないし、ビシンは相変わらずハリーが大好きだし、私に機会はないと思っていた。
ほまれの言葉にビシンが少し驚いた様に見える。
「は?何言ってんの?」
短く答えたビシンの言葉。
「言ったでしょ。私はビシンのこと、嫌いじゃないって」
言われてきょとんとするビシン。
少し考えて、ぷいっとほまれから顔を背けた。
「何で?普通、嫌いになるでしょ。いっぱい…酷いことしたし」
言われてほまれは苦笑する。
何でだろう?
あまり考えたことはない。
「何で…かな。分からないけど…」
話す、と言ってみても別段話したい内容がある訳でもない。
ほまれは目線を逸らしたままのビシンをまっすぐに見た。
「人を好きになることに、そんなに意味なんていらないでしょ」
少し意味合いは違ったかもしれないけれど、同じ人を好きになった彼。
「ただちょっと、ビシンがどんな子なのか気になっただけ」
私もプリキュアである前に、1人の人間。
彼と私の違いは、たぶん仲間だったり置かれた環境だったり。
彼なりに色々あっただろうと思う。
「まぁ、好きになって欲しい訳じゃないけどね。押し付けはしないよ」
笑って見ると、ビシンがちらりと横目でほまれを見た。
目が合うと、またすぐに目線を逸らす。
「別に…嫌いじゃないけど…」
呟くビシン。
でも、すぐに顔を上げて不服そうにほまれを見た。
「まぁ、好きでもないけどっ」
ビシンの態度に思わず笑みがこぼれる。
「…何笑ってんの」
「素直だなぁと思って」
弟がいたらこんな感じなのかなぁと思う。
素直になれない私とは、やっぱり似てないかもしれない。
「はぁ?アンタって…」
言い掛けたビシンを遮る。
「私はほまれ」
自分も使うから、アンタって言われるのが嫌な訳じゃないけど。
もうそんなに時間もないから。
ただ、伝えておきたかった…私の名前。
「輝木ほまれ」
「かがやき…ほまれ…?」
ビシンがほまれを見て小さく呟いた。
「ほまれでいいよ」
もしかしたら、知らなかったのかもしれない。
それ程に興味もなかったのかも。
「私はビシンのこと、きっと忘れない」
色んな意味で誰よりも忘れられない存在となったビシン。
でも今、私は彼の前で笑っていられる。
すごく不思議だったけど、それも何だか嬉しい。
ほまれを見て、ビシンがやはり短く言葉を紡ぐ。
「勝手にすれば」
明後日の方を見ながら言われて、ほまれは笑う。
少しだけ怖いと思ったこともあったけど。
案外彼は自分の気持ちに素直なだけなのかもしれない。
ほまれは立ち上がって窓に近付き、外を見た。
まだ、ハリーたちの姿はない。
「仕方ないから…僕も覚えててあげるよ。ほまれのこと」
小さく呟く声が聞こえた。
振り向くと。
ビシンがほまれを見ていた。
「ありがと」
ほまれはそれに笑顔で返す。
ビシンも少しだけ、笑った気がした。
ーー未来で。
どんな未来が待っているかはわからないけど。
ビシンともまた、未来で出会うことが出来れば。
また違った関係が築けるのかもしれない。
その時は、きっとーー、
End**