赤い髪夢を見た。
赤い髪の、あすかに似た女の人に助けられる夢。
目を覚ますと、懐かしい顔が目に入った。
見慣れた赤い髪の彼女。
「目、覚めた?」
言ってペットボトルの飲料水を手渡される。
まだぼうっとする頭を右手で抑えて、空いた手でそれを受け取る。
「…ありがとう」
何か大きな事が確かにあったはずなのに、問題なく進む寝台列車。
何か…。
「・・・・・!
怪我をした人は…っ?!怪物とか…が!」
百合子が飛び起きる。
あすかが手を伸ばして、立ち上がろうとする百合子を静止した。
「大丈夫。誰も怪我してない。
ちょっと電車が急停車して、揺れただけだったみたいだよ。みんな無事」
百合子は目を見開く。
「…そんな…」
「倒れたのは、誘導してた百合子だけだよ」
だって、そんなはずはない。
確かに、見た。
怪物と戦う、あすかに似た女性を。
「でもっ、」
と、言いかけて止めた。
表情のないあすかの顔が、目に入ったから。
たぶん彼女は、
嘘を吐いている。
“あの時”とは違う、嘘を吐いている顔。
百合子は目を伏せた。
「夢を、見たの。貴女が…怪物と戦う夢」
「…そっか」
否定もなければ肯定もない。
彼女の返答。
寝台列車の個室は静かだった。
外からは楽し気な声が聞こえる。
それがより一層、この場所の静けさを際立たせる。
百合子は目を伏せ、反対側に座るあすかはただ窓を見ていた。
ペットボトルをぎゅっと握る。
「変わらないな百合子は、昔から。
自分よりまず一番に他人を心配するんだ」
顔を上げると、あすかはいつの間にかこちらを見ていた。
「そんな事はないわ…」
そんな事はない。
そんなに優しい人間なら、私はあの時、貴女を救えたかもしれない。
あすかが立ち上がる。
「元気そうで良かった。先生呼んでくる」
その姿を百合子は何も言わずにただ見ていたが。
ここまで来て、初めて気付いた。
あすかが今ここに居ると言う事は。
つまり、自分が目覚めるまで、ずっと隣にいてくれたと言う事ーー?
「…待って」
つい、呼び止めてしまった。
あすかが立ち止まって振り返る。
「ありがとう、あすか」
その綺麗な瞳と目が合えば。
彼女は笑っていた。
あの頃と変わらないその笑顔。
私は、笑えているだろうか。
「どういたしまして」
End***