女の子逃げ回るほまれを追いかける。
幼くすばしっこい彼女は、フィギュアスケートで身体を使う為か、同じくらいの子どもよりも足が速い。ぐるぐるとあちこち、公園の遊具や木、車止めを駆使して駆け回る。
身体の大きい分、ハリーには不利だ。
「だぁー!もうっ!!」
大人気なくイラついてしまう。足を踏み込んで遊具を乗り越え、ほまれの前に立つ。
「……っ?!」
ぎゅっとその小さな腕を掴んだ。
「もう、逃げられへんで」
肩で息をしてほまれを覗き込む。
やっと見つけたほまれは、公園のベンチでぽつんとしていた。追い回したのは、はなやなぎさや、俺たちだけど。
ハリーを見付けたほまれはすぐにその場を駆け出していく。
ほまれは目に涙をいっぱい浮かべていた。
でも、口を一文字に結んで小刻みに震え、泣くのを我慢している。
「…おうち、かえりたい…」
俯くほまれ。
「パパは、どこ?ママはどこ?」
パパと言う言葉に小さく違和感を覚えた。
何かがハリーの胸を掻き回すような、複雑な違和感。
小さな身体が震えている。
逃すまいと握ったその手を、ハリーは思わず離してしまった。
「………っう、っ」
ほまれは逃げる事なくその場に座り込んだ。
うずくまって、肩を震わせる。
「ままぁ、ぱぱぁ…」
そんなほまれに、触れる事が出来なくて。
伸ばしかけた行き場のない手をゆっくり下ろした。
自分が、彼女を…抱きしめて良いのか、
正直わからない。
はぁ、と溜息を吐く。
泣きたいのはこっちや、と頭を抱えるけれど。
ここにいるほまれはきっと、何も知らない…ただ、家に帰りたいだけの幼い女の子。
お化けや知らない人間に追い掛けられて、泣くことしか出来ない。
ただの、女の子。
「あぁ、もうっ!」
ハリーはしゃがんで、ほまれの目線に合わせた。
極力自分の焦る気持ちを隠して、笑って見せる。
「俺は、ハリハム・ハリーさんや。よろしゅうな」
手を差し伸べると。
小さな少女は、涙でぐちゃぐちゃになった顔をゆっくりと上げた。
「怖がらせてごめんな。俺は、ほまれのママさんの友だちやねん。一緒に、ママさん捜したる」
口をへの字に曲げた少女は、精一杯の強がりを見せる。
「知らない人に、着いてっちゃいけないんだって、先生が言ってた」
袖で涙を拭いながら、少女は呟く。
「せやから、俺はハリハム・ハリーさんやって」
ほまれは首を傾げる。
「はりはむ、はりー…さん」
彼女が少しでも安心できるように、笑顔を作る。
嘘は得意だから。
「ハリーでええで?」
「ハリー?」
笑顔で頷くと、ほまれは微かに小さく笑った。
ポニーテールの長い髪が揺れる。
「ハリー」
「…せやで」
はい、とポケットからハンカチを出して渡した。ほまれは素直にそれを受け取る。
「ありがとう、ハリー」
その笑顔に少しだけ胸が痛むのは、気のせいではない。
「よっしゃ!じゃあ、ママさん探しに行こか」
ハリーは小さなほまれを抱き抱える。片手でも抱えられるくらいの小さな身体。小さな手足。
いつものように、ぽんぽんっと頭を撫でた。
ほまれはきょとんとした顔で、ハリーを見ると。
「ハリーの手、パパみたい」
笑う彼女の笑顔は、いつものほまれと同じ。
「パパ…か」
「うん。パパの手は、大きくて、温かいんだよ」
少しだけハリーは俯く。
調子が狂って仕方がない…。
掛ける言葉を考えて。
やっぱり、嘘を吐く。
「せやな。パパさんも一緒に探したる」
「うんっ」
抱えた笑顔のほまれを、そっと抱き寄せる。
彼女の顔を見る事なく、小さく呟いた。
それはたぶん、ほまれにとって残酷な質問。
「会いたいか?パパさんに」
「うん。会いたい」
「…そっか」
その頭に、唇を寄せて。
この少女の小さな幸せを、ただ願った。
End***