晴れやかな昼下がりの空の下、ドラケンガルドの王がいる天幕から一人の蒼い戦姫が飛び出し、とある人物がいる天幕へ目掛け駆けていく。ヴァージニアは今気分が良かった。あのギルベルトに三連勝したからだ。
アレインと久しぶりにした盤上遊戯で完敗を喫してからというもののヴァージニアは腕を上達させるため、ギルベルトに度々勝負を仕掛けるようになった。
かといって彼が特段上手いのかと訊かれたらそうでもなく、寧ろ互角に張り合う程度には下手だった。手合わせの時と同じように勝って負けてを繰り返していたが、今日初めて三連勝できたのだ。
初めての対戦でヴァージニアが勝利し、戦場での采配は上手いのにと揶揄った時には「現実の戦と机上の遊戯は別物だろ」と珍しく不満を隠さず膨れっ面をしていた。
そう、何もかもが違う。だからどちらも学ぼうとしてこなかった。あの十年の中で、そんな余裕はなかったから。
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「アレイン!今時間は……っと」
ヴァージニアは従弟の天幕を無遠慮に開け、戦場でもよく通る澄んだ声を張り上げたが、目の前に飛び込んだ光景に慌てて口を塞いだ。
寝台に腰掛けている二人の親子がいた。子は親の肩に頭を寄せて服の裾を掴みながら眠っており、親は特に抵抗するでもなく静かに隣に座っていた。
「姫、急ぎの御用件でしょうか」
「いや、勝負に誘おうとしただけだ。寝てるならいい」
アレインの肩に手をかけ起こそうとしたジョセフに首を振って制止した後に、従弟の顔をまじまじと見つめる。十年前と比べ、随分背丈も伸びて心も体も王として相応しい男になったが、寝顔は幼い子供のようであった。このあどけなさは普段の寝顔がそうだというより、すぐ側に養父がいる安心からなのだろうと感じて微笑ましくなる。なるのだが。
「……何故そこまで行っておいて横になっておらんのだ」
眠いのなら椅子代わりに腰掛けてるそれに寝っ転がればよかろうに、と思っているのは当事者もどうやら同じらしく、ジョセフは首を傾げて答えた。
「さて……。私には殿下の意図は測りかねます」
「なら私が横にしてや…うおっ、なんだコイツ」
肩に手をかけ力を加えたがびくともしない。流石にアレインの性格上ないとは分かっているものの、恐ろしいまでの体幹に狸寝入りをしてるのではと疑うほどであった。
「…というか、二人ともこんなのんびりしていて大丈夫なのか。この後の予定は?」
「いえ、殿下も私も今日は夕方まで何もないので大丈夫です。……殿下は最近忙しく、充分に睡眠を取れていなかったようなので、今日は天幕でお休みになった方が良いと助言したのですが、どうしても共に時間を過ごしたいのだと言われてしまい…。先程までは起きていたのですが、やはり無理をしていたようで」
「……なるほどな」
つまり、ジョセフに子として甘えたかったのか。
ヴァージニアは従弟の真意を察したが、コルニア王子としての面子を潰さぬよう相槌を打つだけに留めておいた。
解放軍の総督と参謀という重要な立場である以上、休息が被る日はそうそうない。だからアレインは無理をしてでも隣にいて、主従でなく親子として過ごせる時間が欲しかったのだろう。結局耐え切れずに眠ってしまっている訳だが。
「しかし、お前はそれでよいのか?」
「と、言いますと」
「……アレインのせいで身動きが取れんだろう。邪魔とは思わんのか」
普通だったら文句の一つや二つくらいあっていい場面なのに、ヴァージニアに言われ初めてそのことに思い至ったらしく、口元に手を当て考える仕草をした。
「いえ、そのようなことは全く。今は殿下に休んでもらうのが、私としても一番安心しますので。……それに…」
かくん、とアレインの頭が肩からずれ落ちそうになったところで、ジョセフは優しく受け止めて元の体勢に戻した。
「契約の儀式をして以降、こうして遠慮せず頼ってくださるようになって……それが、何よりも嬉しいのです」
船を漕いだ際に少し乱れた髪を手櫛で整えながらそう答えるジョセフの表情が、子の幸福を願う親の顔そのもので、ヴァージニアは相好を崩した。
「…そうか、お前がよいのであれば、起こさずこのままにしてやるか」
起きたアレインに自分が天幕に来ていたことを知られれば、何故起こさなかったのかと拗ねられそうではあるものの、今回はジョセフ側につくことにしたので後で言われるであろう不平不満は甘んじて受け入れることにした。
家族との大切な時間をなるべく多く過ごしたいという気持ちは分かるが、それで体調を崩すのは本末転倒であるし、なによりそれで一番悲しむのはジョセフだ。解放軍と養父のために、弟の理不尽に付き合うのも姉の務めである。
私はなんて寛大で素晴らしい姉なのだろうかと声に出して自画自賛すれば、ジョセフは穏やかに微笑みながら頷いた。…なんだかその笑みには幼児に向けるような意味合いがある気がしないでもないが、ヴァージニアはそれでとりあえずは良しとした。