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    ここのえ

    ここのえ(DoN0939)のSS置き場

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    ここのえ

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    「ナリタさんって、どんな食べ物が好きなんですか?」
    狂じさんの食欲のお話。13話を読んで。

    グー! オレンジ色の照明に、チョコレートソースがてらてらと光っている。クリームとその下のバニラアイスを一緒に掬い、口に運ぶとじぃんと脳の奥が痺れるのがわかった。
     味はよくわからない。バカ舌だからか、前に座る唐田からもうもうと吐き出される煙のせいなのかわからないが、「甘み」がわかるなら充分だ。
    「お前、そんな甘いモンをバカスカよう食えんな」
    「ちょお頭疲れてて、こういう時は糖分やろ」
    「限度っちゅうもんがあるやろ……。コーヒーにパフェて、もうほぼエナドリやん」
    「プリンアラモードな」
     口の中のアイスが完全に溶け切った後、コーヒーを含む。苦味が舌の上に広がった瞬間「目ェ覚めるな~」と感じた。そんな速さでカフェインが効くはずないことはわかっている。ほとんど中毒と言っていいほどコーヒーを常飲しているがゆえの錯覚だった。
    「五反田の『クローバー学園』知っとる? 未成年雇ってたとかでガサ入ってたで」
    「あ~……」
    「ウチんとこも気を付けんと、お前ちゃんと面接しとけよ」
     大きくカットされたリンゴを摘まみ、がぶりと半分食べる。店に飾られた白黒写真を眺めながらぼんやりと咀嚼していると、「お前、聞いてんのか」と呆れた声が投げられた。

    「成田さんって、どんな食べ物が好きなんですか? 家庭料理とか、お菓子とか」
     今よりもう少し若い頃、三十代前半くらいまでは担当先のキャストによく聞かれた。期待を込めた上向きの睫毛を見つめながら(あかんで~)と毎回思っていた事を覚えている。あかんよ、こんなんに惹かれちゃ。だから上手いように使われるんやで。
     そう、そっちはよく覚えているのに質問の答えが思い出せない。適当にその場で思いついたものを挙げていたような気もする。肉じゃが、コロッケ、ホットケーキ……。
     実際、自分だって自分の好きな食べ物がよくわからない。辛いもの、酸っぱいものは苦手だ。甘いものはいい、手早くエネルギーになる感じがするから。でも、じゃあ具体的にと言われるとよくわからなかった。なんとなくの時間に、なんとなくのものを食べる。ずっとそうやって生きてきたから、特段それが不幸だとも思っていない。


    『家いる?』
    『もう帰ってきてます』
    『買うもんある?』
    『牛乳ない』
    『わかった』

     せっかく飲むならイイやつがいいだろう。一リットル395円の牛乳が入ったスーパーの袋をがさがさ鳴らしながら、聡実のアパートまでの道を歩く。夕方まで降っていた雨がアスファルトを濡らし、秋の空気を殊更ひんやりとさせていた。スマホのメッセージを読み返していると、湿ったような匂いが鼻腔をくすぐったので大きく鼻から息を吸って、吐く。あれこれの「仕事」で強張った身体がやっと緩んだ気がした。
     この時間が好きだ。ビカビカと明るい蒲田の駅前を通って繁華街を抜け、住宅地に入っていく。静かで薄暗いアパートまでの道のり、頭の中ではカラオケ大会で兄貴分が決まって歌う古い曲が流れていた。恋の通い路、なんて浮かれている。

     どう気を付けても大きな音を立てるアパートの外階段を、一個飛ばしで上がっていく。登り切った時にふわんと漂ってきた石鹸の香りに、聡実がシャワーを浴びた後だとわかった。温かい首筋に顔を埋めたら怒るだろうか。いやそれよりも自分が風呂に入る方が先か。
     夜が明けるまでの僅かな時間、聡実をどう過ごそうか思いを巡らせながらアルミ製のドアをごん、と叩いた。

    「……何これ、初めて見た牛乳」
    「あ、それな駅前のスーパーで買ってん」
     店名を告げると聡実が信じられないという顔を見せる。
    「いくらだったん。高かったやろ、絶対」
    「ん~、まぁ三百円ちょっと、くらい」
    「信じられへん、普段のやつの倍近い」
    「うそぉ。まぁ偶にはええやろ、美味しいのん飲んで」
    「舌が高い味覚えたらあかんのに」
     唇を尖らせながらも、大事そうに牛乳パックを抱える姿に口元が緩む。聡実くん、味わかるんやなぁ。俺ぜーんぜん、わからんのに。畳の部屋にあがって鞄を置く、ジャケットを脱ぐとどっと疲れが出てきたようでふぅと長めの息を吐いた。
    「疲れてるん」
    「ン、まぁな。今日は池袋とコッチ、二つ回ったからね」
    「じゃあお腹空いたやろ」
     その言葉がぴたりと自分の背中に張り付いた気がした。背を向けたまま動きを止めた自分に気付かないのか、聡実は「鍋の残りあるけど、うどん入れて食べますか?」なんて言いながらキッチンで冷凍庫を漁っている。その言葉が背中から沁みて、腹の底に沈んでいって、
    「え、いまの」
    「……ハハ、はずかし」
     何年振りやろ。自分の腹の音聞いたの。湧き上がってくる変な笑いに顔を覆うと、何故だか鼻の奥がつんとした気がした。
    「そんなお腹減ってるんやったら、うどん二玉入れましょうか」
    「や、ひとつでええよ」
     温め直した鍋から、白だしと鶏肉の匂いがし始めた。あ~、俺、鍋はあっさりした味が好きかも、新しい発見。そんな事を思いながらキッチンに大股二歩ぶん。貴重な自分の腹の音を聞いた耳たぶに噛みつくため、腹を空かせた獣よろしくふらりと近寄った。

    終わり
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