成田さん最強伝説「成田さんのチンポには真珠が20個ついてるらしい」
一人が真剣な顔でそう切り出すと「おお……」「やっぱすげぇ」と声が上がる。
大阪の都心部、治安はまぁまぁな場所にある寂れた喫茶店に男達はいた。年齢は十代後半から二十代ほど、祭林組の若衆だ。
眠たくなるような土曜の昼下がり、こんな場所で集まって何をしているのかというと、待機である。兄貴分にあたる小林が地元の議員と会食するとかで、あっちは料亭ですき焼きを食べ、こっちは近くの喫茶店で茶をしばいているのであった。
金髪にピアスをじゃらりを付けた男がアイスコーヒーを一口飲むと、興奮気味に口を開いた。
「成田さん、落とせんオンナはいないって噂やろ?」
「そうや、若い頃はもっとすごかったらしい。道歩くだけでオンナが失神したとか」
「今だってまだ現役やろ~? ミナミの高級クラブのママ、成田さんにぞっこんらしいで」
男たちが口々に言い合うのは自分たちの上司、成田狂児の話だった。
恵まれた体躯に、はっきりとした顔立ち。あえてそうしているのだろう、物静かで何を考えているのかわからない雰囲気。
まさに憧れのヤクザである成田狂児には、様々な「都市伝説」があった。
「山でクマと戦って素手で勝った」だとか「ミナミのクラブの女達100人が成田を巡って決戦をした」だとか。その中でもいつも話に挙がるのは……
「でもやっぱり成田さんには『聡実』がおるからな」
先ほどの金髪が腕を組んで言うと、周りの男たちも頷いた。
そう、その中でも一番謎深く、ドラマティックなのが「聡実」という存在であった。
「命の恩人やもんな」
「何度聞いてもアツいわ、伝説のカラオケ大会」
「天女やろ?」
「そう。凶弾に倒れた成田さんの元に天女が現れて一曲歌って」
「そしたら立ちどころに息を吹き返した」
ハァ~~。
しんと静かな店内に、溜息というには些か大きすぎる5人分の唸り声が響く。
「一途に思い、思われるっちゅうのはええなぁ」
「ほんまに。愛人作ってナンボってアニキも言うとったけど……。でもやっぱりなぁ、憧れるわ」
「成田さん、天女に会うてから他のオンナ抱いてないらしいわ」
「はぁ!? あの成田さんが!?」
「チンポの無駄遣いや……」
けほっ、ごほん!
とその時、真後ろの席から咳がひとつ聞こえた。
なんやと思って振り向くと、大学生風の若者が口を覆って俯いている。机の上にはコーヒーと食べかけのケーキ、それから文庫本が伏せたまま置かれていた。
「なんや兄ちゃん、風邪か?」
若衆達の一人がそう声を掛けると、薄い肩がびくりと震え、男は下を向いたまま「だ、大丈夫です」と答えた。
怖がらせたのだろうか? 堅気に圧をかけるつもりはなかったのだけど。
男たちはひらひらと手を振りながら「寒いから気ぃ付けや〜」と言ってまた話へと戻った。
「で、なんの話やったっけ?」
「そう、成田さん操立てしとるらしい。聡実さんに」
「女抱こうとするとな、腕の『聡実』から血が流れるらしい。悲しみの涙っちゅうわけやな」
「はぁ~~……なるほど……」
全員「聡実」の涙を想像しているのかもしれない。意味ありげな沈黙が暫く流れた後、5人組の中で一番年長らしいオールバックの男が声を潜めて言った。
「……その聡実さんな、今来とるらしい。大阪に」
「エッ!? ほんまか!?」
「成田さん、今日大事な用ある言うてたやろ? きっとそれや」
「一度見てみたいなぁ、成田さんの天女。美人なんやろなぁ……」
「アホ。会わへんほうがええに決まってる。会って失礼でもあってみ、俺たち明日には道頓堀浮かんどるで」
「た、確かに……」
その時だった。後ろの若者が立ち上がり、荷物を纏め始めた。メッセージが何通も来ているのだろう。断続的に震えるスマホをポケットに突っ込んでリュックを背負う。
立ち上がって会計を済ませるため、若衆たちの席の横を通り過ぎようとして、そしてぱっとしゃがんだ。
「……あの」
「ん?」
「これ、お兄さん達のやないですか」
男の手に握られていたのはハンカチだった。黒地に鶴の刺繍がされている。
「あ、これ俺のや!」
それは金髪男の私物で、密かに成田の刺青に憧れて持ち歩いていたものだった。
「……はい、どうぞ」
鶴の羽についていた紙くずをそっと指で摘まみ、差し出してくる指先がどうにも色っぽい。いや、男に色っぽいなんて変な話なんだけど。
「あ、あぁ、ありがと、な……」
そんな風に思う自分に戸惑いながら受け取る。それから顔を上げると、まず目に飛び込んできたのは大きな垂れ目だった。少し珍しい薄い瞳の色が目を惹く。トータルで見ると地味な学生なのに、控えめな綺麗さがあるというか。
「あ、あの、兄ちゃん」
そして更に目立っていたのが、前髪についた大きな綿ぼこりだった。
それ、どこで付いたん? 楚々とした雰囲気なのにそんなものを付けているところがアンバランスで、思わず「可愛い」と思ってしまう。
取ってやろうかと声をかけたが、垂れ目の男は既に会計を済ませ、足早に店を出るところだった。
こちらの声に気付かずに扉を閉め、歩き出す後ろ姿をなんとなく目で追う。と、その瞬間
「聡実くん!! おった!!!!」
ガラス窓を真っ直ぐに貫通してこちらまで届く大きな声。
その嬉しそうな声色は、間違いなく自分たちの上司のものだった。反射的に顔を見合わせると、全員の顔に「成田さんや」と書いてある。
「……!」
「うるさい? ハハ、ごめんごめん。待たせて悪かったなぁお腹減ったやろ? ご飯行こか~」
「……」
「って聡実くん、髪の毛にほこり付いとんで。なんや、掃除でもしとったん?」
尚もこちらまで聞こえる声で話す男の顔は、見たことがないぐらいに柔らかかった。「聡実くん」の前髪を梳く指先も、大事なものに触れるように優しい。
「アカンあんまり見たら殺されんで」と誰かが発し、男たちはやっと硬直が溶けたようで、一斉に体勢を低くしてソファに崩れ落ちた。
「……聡実さんやったな」
「うん。俺たち、見てもうた」
「成田さん、ぞっこんやった」
「ウン……」
「聡実さんのホコリ、取らんでよかった。死ぬところやったわ……」
金髪男はそう言いながら、頭の隅では先ほどの二人の手つきを思い出していた。
鶴の羽から紙くずを取ってやる指先と、前髪を撫でる指先。そのどちらも優しく、間違いなく愛情が篭っているものだった。
「……ええなぁ、やっぱり」
ぽつりと呟く。その言葉は静かな喫茶店の空気を揺らし、そして溶けていった。
◇
「今日鉄板焼き予約してん。あんまり肩肘張らんようなとこやから、なんでも頼んでええよ~」
「狂児さんって」
「ん?」
「ちんちんに真珠入ってたことあるんですか?」
「ン!?!?」
「いや、なんか、そんな話、ふふっ……き、聞いて、はは……!」
「何!? どこで聞いたん? っていうか聡実くん、入ってたほうがええの!? あんなん痛いだけやで……!」