Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    komaki_etc

    波箱
    https://wavebox.me/wave/at23fs1i3k1q0dfa/
    北村Pの漣タケ狂い

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 224

    komaki_etc

    ☆quiet follow

    恭みのリクエスト

    #恭みの
    reverence

    魔法みたいだ ピエールに、また「密会!」と怒られてしまうかもしれないが、今日も今日とて、みのりさんは我が家に来た。曰く「居心地がいいから」とのことで、みのりさんの家に行く回数より、我が家に集合する回数の方が多い。たいしたものはない、気に入りの家電と貰い物の紅茶くらいしか。でもみのりさんはこれがいい、と言って床に座る。ああだから、座布団使っていいのに。
    「ピエール、最近また背が高くなったかなあ?」
    「そうかもっすね。そのうち越されたりして」
    「あはは。その時が楽しみだなあ。俺が一番低くなるの?」
     みのりさんはチューハイの缶を片手にけらけらと笑う。俺はようやく慣れてきたビールをちびちびと飲みながら、その将来のことを考える。ピエールが俺よりも高くなったとしたら。見える景色はだいぶ違くなりそうだ。
    「パフォーマンスとか変わってきそうですね」
    「わ、過去と未来でフォーメーションが変わったりするの? 激アツじゃん!」
     みのりさんは目を輝かせ語りだす。いつもの光景だ。俺は例に習って苦笑しながら彼の話を聞くのだが、今日はなんだか違う気分だった。
    「変わってくんだよな。過去から未来へ」
    「……恭二?」
     いつまでもくすぶってちゃいられない。俺は更なる高みを目指さないといけない。いつだってのしかかるのはプレッシャーだ。俺はビールの缶を机に置き、ちょっと換気します、と言ってベランダの戸を開けた。
    「恭二、お水飲んでないでしょ」
     夜風にあたっていたら、みのりさんがコップに水を注いで持ってきてくれた。波打つ水面は透明で、何の味もしない液体、と思いながら受け取る。
     今夜は満月だった。満月と新月の時は、身体に不調が出やすいと聞いたことがある。俺もきっとそれに違いない。ベランダから見える道路脇の木々が黒々と揺れ、地面はしっとりと夜を映していた。街はまだまだ眠らないらしく、星よりも煌々と明るい。だけど誰も今、俺たちがここにいることを知らない。
    「ねえ、恭二。コップ、前に突き出してみて」
    「……?」
     俺は言われるがまま、コップをベランダから先へ突き出してみた。まさか下に水を落とせと言われることはないだろう。
     みのりさんはコップに手を被せ蓋のようにして、「えいっ」と唱えたかと思うと、その手をぱかりと開いた。
    「ほら。満月。めしあがれ」
     コップの中には、満月がいた。もちろん空にも輝いちゃいるが、ミニチュアの満月が、俺の手の中に浮かんでいる。この人はときたまこういうことをする。俺はまた苦笑しながら、それを飲み干した。
    「どう? 満月の味は」
    「……魔法みたいだ」
     月光は身体に染み渡り、俺は今無敵であると潤った。不思議だ。たったこれだけの魔法で、未来は明るいものに思える。
     歩幅は様々でも、着実に前に進めているから、俺は今この場にいるんだ。道を走る車が小さくなるまで見送る。その道の先が幸多からんことを、と思ってしまうほどには、心中は慈愛に満ちていた。これも満月のなせるわざか。みのりさんは缶チューハイをそのまま持ってきており、乾杯、と言って俺のコップに軽くぶつける。
    「満月の夜にはね、乾杯しなきゃだめなんだよ」
    「……さてはアンタ、酔ってるな」
    「あはは。酔ってても酔ってなくても、今日は素晴らしい日って意味!」
     彼の楽しそうな様子を見るのが好きだった。鬱屈とした日々に彩りを添えて、笑って、楽しんでいいのだ、と許された気持ちになるから。俺も缶ビールを持ってきて、みのりさんの缶にぶつける。
    「はやくピエールとも飲みたいなあ」
    「そうっすね。強そうだな」
    「あー、泣いちゃいそう」
     ええ、と動揺していると、みのりさんは目尻に涙を溜めながら「楽しくて!」と言って笑った。
     ああ、そうだな。泣いてしまいたくなるほど楽しい、満月の夜だ。
     夜風は生ぬるく俺たちを包み、あいまいに撫でて吹き去っていった。つけっぱなしのテレビから、俺たちの出ているバラエティー番組の音が漏れ聞こえる。付け足されているであろう観客の笑い声がたとえ空虚でも、お茶の間に笑顔を届けられていたらと願ってやまない。
    「ねえ、恭二。俺たちさ、無敵だよ。どこまでも行こうね」
     満月を飲み込んだ俺たちは無敵だ。みのりさんの肩を抱き寄せて、はいと答えた俺の手は。沸騰しそうな程熱かった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭👏☺💗✨💗☺✨💗☺
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works