想いは手帖から第二章
巡り合わせ
人間の存在を確認できたからなのか、ホームの電気が、チカチカチカっと奥から奥からどんどん点いた。
「おかしなこともあるもんだね」とノートに話した彼は、ふと後ろを見た。
さっきの音が嘘かのような、事故なんて起きてませんよと、そんな何事も無かったような済ました表情で電車は止まっていた。
彼は唖然とした。
すぐ口を開け、「はー誰かが僕を騙したんだな…!よかったな!僕が人間で!ほんと、こっちは驚いたんだぞ!」と彼はわざとらしくも、電車に当たるような口調で言った。
『驚いた? そのわりに 落ち着いてたよ』とノートは赤瀬に話しかけた。
彼は笑い、「いやいや、心の中では驚いてたんだよ?人間誰しも予想しないことがあると、驚くだろ?それと一緒さ」と答えた。
ノートは『ま、まぁ そうかもしれないね』と言い、ページを閉じた。
「さてと、どうするか……こんな地下に海があるわけないもんな………あるのは広告の海だけか…」彼は張り紙に目をやり、そこに映る水着の女の子が走る広告を見ていた。
“夏だ!海だ!”というフレーズの下に海に行くおすすめのルートや乗り継ぎ情報などを載せていた。
「あーあ…」と彼は広告が貼ってある柱の下にあるベンチに向かい、そして座った。
明かりの点った、誰もいないホームで彼はどうしようかとまた悩んだ。
ここがどこなのかも、そもそも現実なのかも分からない。考えても仕方ないな、一旦寝るかと彼は疲れ果てたからか、そういう結果に辿り着いた。
しかし、横になったところで、どこからか、
「あ、あんなところにあった。おかしなお兄さんも一緒だわ」
少女のような幼稚な子どもの声が聞こえてきた。
彼はベンチから頭を上げ、「誰だ!」と声を発した。すると後ろから「ここよ、ここ」とさっきまで気配を隠してたかのように少女が姿を現した。
「わぁ驚かすな!君はなんだ……!!?」
「………………」
「……………綺麗な和服着てるね…」赤瀬は少女の方に振り向き、一目見て感じたことを言った。
少女は笑い、「おかしなお兄さんだ」とあどけたような笑い声を出し、そう言った。
「僕はおかしくないぞ」とそっぽを向きながら言うと、少女はまた笑い、少しして「それよりも、その、その手帖」と彼が持ってるノートを指さした。
赤瀬は「……?このノート…手帖がどうかしたか?」と首を傾げた。女の子は続けて「その手帖、貴方、正体知ってる?貴方、それ、なんで持ってるの?」と次々に質問を投げた。
赤瀬は「僕は聖徳太子のような頭脳は無いから一つずつ質問してくれ。その……失礼だが、お名前は…?」と声をかけた。
少女は「私?私ね、チヨって言うの」と簡単な自己紹介をした。
赤瀬は「あー、チヨくんだね」と答え、少女は「それよりもその手帖、なんで貴方、持ってるの?」と再度、指差しながら言った。
彼は「このノート、僕が図書館に行ったらあったものなんだ。僕の相棒になりたかったんだよ」と答えた。
チヨは首を傾げ、続けて言った。
「おかしい そんなの絶対おかしい」
そしてすぐ、
「そのノート………現代にあるはずがないもの 」と否定した。
「それ、大正時代のものよ」
「それは……一体どういうことだ…?」赤瀬は顔をしかめた。ノートはパラパラとページをめくり、文面で『ノートはノートだから。過去なんてもう、関係ない』と話した。
赤瀬は混乱を感じつつも、一旦落ち着こうと深呼吸をした。胸に手を当て、スーハーと息をした。
すぐにチヨに尋ねた。
「一つの質問がある」
彼が話すとチヨは「あら、いいわよ」と答えた。赤瀬は続いて、「君は自分の年齢を覚えているのかい?大正時代からあるものと君が仮定するのなら、君はこの手帖の存在を知っている。それなら君は何故、現代にいるんだ?もう、歳をとってるはずだ」と話した。
「それがまぁ……」彼は頭を掻きながら、
「手帖が当時からあったという、根拠の裏付けにはならないと思うが、矛盾点は見つかる」と淡々と話した。
そして「さて、君は今何歳なんだ?」と付け加えて訊いた。
チヨは一通り赤瀬の話を聞くと、顔を暗くした。まるで質問の内容を聞いて、答えたくないと言わんばかりに先程の笑みは消え失せていた。
赤瀬は慌てて、「あ、いや……君を悲しませる意図はなかったんだ。ただ、気になっただけで……!答えたくなければ、答えなくていい…」と弁解した。
途中から目を逸らし、何故、自分が見ず知らずの女の子の機嫌を取ってるのかと別の疑問を抱くようになり、肩を落とした。
しばらくしてチヨは顔を赤瀬に向け、「いいわよ。答えてあげる」と話した。
ホームに冷たい風が流れた。
「私ね、ずっと家にいたの」
チヨは赤瀬の隣に座って話し出した。
「本当は学校に通ってたんだけど、家にいないといけなくなった。あれから思い出せない…から多分私はね……十二歳ぐらいかな」と言い、赤瀬は「十、十二……」と目を丸くした。
チヨは「何故、そんなに驚いてるの?あ、さっき、さっき貴方が言ってた矛盾点のこと?それがまた、生まれたのかしら?」と今度は赤瀬に聞いた。
赤瀬は「あ……まぁ…いや…………」と頭を下げた。どう言えばいいのか分からない様子だった。チヨはそれを読み取ったように、笑って「貴方が気になってるけど、分からないこと、私が答えてあげようか?」と赤瀬に言った。
赤瀬の返答も待たず、チヨは「大正から生きてる少女が十二歳なわけない、でも私はそう思ってる……どう切り出せばいいのかな………でしょ?」と頭を下げた赤瀬を覗き込んだ。
赤瀬は言った。
「君って僕よりも人物の心情の読み取りは上手なんだね。小説家が向いてるよ」と。
チヨは笑いながら「褒めてくれたの?だとしたらありがとう。でも、そうね……」
「私は小説は嫌いじゃなかったわ。ただ、絵本……あ、そうそう…コドモノクニをよく読んでたわ!挿絵があると、本はもっと面白いから…」と顔を俯かせながら話した。
感情の起伏が激しい彼女を見ながらも、赤瀬は頷いた。
「たしかに、物語性のある読み物だと挿絵がある方が想像力が育まれる。僕が普段書く論文は、子ども向けと言うよりも、専門向けだから、君の言いたい事はよく分かるよ」と話した。
ノートはまたページをめくり、チヨに話しかけるように『たしかに君は コドモノクニが好きだったね 病気で寝たきりでもずっと読んでたよ』と話した。チヨは「あら、もう昔のことでしょう?でも、このノートもまさか話ができるなんてね……私が生きてる時に、お話ができたら良かったのにな〜」とノートに言った。ノートが文字を書く暇もなく、赤瀬は聞いた。
「生きてる時に……?まさか…………」赤瀬はチヨの顔を見た。チヨは儚い笑顔を見せ、意を決したように話した。
「私ね、肺結核だったの。元々、私の家は裕福だったのかな?だからか、学校もそういう所だったんだけど…」
続けて彼女は話した。
どんどん声のトーンが下がってるのを、赤瀬は聞き取るように彼女はそんなことを気にしないで続けて話した。
「でもやっぱり……お金持ちでも関係ないのよね。病気なんて、すぐ蔓延したわ。結核がそこらかしこで大流行して、私も結核になっちゃった。お母様もお父様も、そんな私のために休んでる間は勉強を教えてくれたり、本を買ってくれたのよ。お父様はもちろん働いてたけどね。でもいつしか、お母様も結核になって、家の付き人も何人か解雇せざるを得なくなって……そして私はお母様の後に死んだのよ」
赤瀬は真剣に話を聞いた。
頷くのも忘れるほど、彼は真剣に聞いていた。
時が止まってるかのように、駅のホームは静かだった。