6月9日「地球って何でこんなに暑いんだ?」
止めどもなく吹き出る汗を雑にシャツで拭って、俺はオルコットに聞いた。
「今、この地域は夏だからな」
夏?四季?
ライブラリで観たことがある。
一年中気温が管理されているフロントと違って、地球には四季がある地域があり、一年で4回、気温が上下するんだろ?
春と秋は適温で過ごしやすくて、夏は暑くて陽射しが強く、冬は寒くて雪が降るんだろ?
リゾートフロントでスキーをやった事があるけど、雪ってあんな感じなのか?
オルコットの端末で「雪」の情報を見せてもらう。
スキーにはパウダースノーが適してるってそういや父さんが言ってたな。新雪、粉雪、ざらめ雪、牡丹雪。色々種類があるんだな。
「冬になったら雪を見に行きたいな」
思わず口に出た言葉に、オルコットは複雑な表情になった。
「どうしたんだ?変な顔して」
「グエル…お前、冬まで地球に居る気か?」
「あ」
窓から見える軌道エレベーターをオルコットは指差した。
「お前は明日、アレに乗って宇宙に帰るんだろ」
忘れたのか?とオルコットは呆れたように言う。
…忘れてなんかないさ、本当だ。
弟、会社、社員、俺の大切な、俺の責任。俺の罪。俺が背負わなきゃいけないもの。
ただ、ちょっとだけ、そうほんのちょっとだけ、俺はつい、あんたと俺の旅が、このまま終わらないんじゃないかと思ってしまったんだ。
安モーテルの空調は全然効かなくて、開け放した窓の外から蝉の鳴き声が聞こえる。あれはひぐらし。あんたが教えてくれた。
「お前はもう地球に来やしないし、俺とは二度と会わないんだ。約束しろ」
わかってる。でも、ちょっとだけ。今日1日だけ、明日にはひとりで立ち上がれるから。
俺はオルコットの生身の方の手を取って、俺の身体にそっと当てる。
もう一回だけ抱いてくれよ。
あんたの体温と汗の匂いを、夏の地球を、絶対に忘れたくないから。