月の庭にアメジスト(丞紬)第一章:暁、明けの明星
その日は二月の寒い明け方で、窓の外はしんと静まりかえっていた。
昨晩見た天気予報では、深夜から明け方にかけて、関東南部でも大雪になると言っていたのを思い出す。
「さすがの丞も、朝のランニングはお休みだね」
寝入りしな、ロフトベッドの向こう側から、少しからかうような幼馴染みの声がした。
丞が肯定とも否定とも取れる曖昧な返事をすると、「え? まさか行くなんて言わないよね?」と、上体を少し起こし、不安げな声が向けられた。
丞は布団を鼻の辺りまで引き上げて寝返りを打つと、「積もってなかったら行くだろうな。日課だからな」と、ぶっきらぼうに答える。
「寒いよきっと。やめたほうがいいんじゃない?」
まだこちらを見ている気配で、幼馴染みの紬はそう言った。
「寒いのは冬だから当然だろ。それに走ってればすぐ暑くなる」
「そうだろうけど雪だよ。天気予報見たでしょ?」
「ああ」
「やめたほうがいいってば」
「わかった。雪が積もってたらやめる。それでいいだろ」
「積もってたらじゃなくて、もういま決めちゃったほうがいいと思うけど。決めておけば無駄に早起きしないで済むし」
「早起きは無駄じゃない。お前と一緒にするな」
顔だけ紬のほうに向けてぴしゃりと言うが、紬は不満そうな表情をしている。
紬は極端に寒がりで、更に朝起きるのが苦手だ。だから毎朝夜明け頃、わざわざランニングにでかける丞の気持ちがわからないといつも言う。
雨が降っていてもひどくなければ丞は行くし、どんなに寒くても動けば温まるのだから当然行く。舞台に出演する日にだって、自分の体調を確認するためにも、距離の長短はあれどほとんど欠かさず走りに行っているのに。
「ねえ、丞ってば」
紬が体を伸ばし、ベッドの境にある柵を超えて丞の布団をパタパタと叩いてきた。「行かない」とひとこと言いさえすれば、大人しく眠るのだろうか。朝に弱いだけでなく、朝練があるというのに。丞のことなど気にせず寝てしまえばいいのに。
「なんだよ。もう寝ろよ。明日起きられなくなるぞ。俺は寝るからな」
紬の言葉も行動もシャットアウトするように、丞は布団の中で再び寝返りを打ち、体を横に向けて腕組みをした。
紬が次になんと言いだすか、もう丞にはわかっている。言ってほしくなくて、「頼むから寝てくれ」と心の中で祈るのだが。
「ねえ、そっちに行ってもいい?」
「……」
「たーちゃん」
丞が返事をする前に、紬はもう起き上がっている。
そう尋ねられて断ったことがないから、断られるとは思っていないのだ。
体をかがめ、柵を超え、紬はそろりと移動してきた。掛布団と毛布をめくってもぐりこんできて、背を向けた丞にピタリと寄り添い額を押し当ててくる。
「あったかい……」
囁きのような紬の柔らかな声が、背骨から微かな振動になって伝わってきた。
冷えたつま先が丞の足首に押し付けられ、冷たい指先が丞のみぞおち辺りに伸びてくる。
丞はほんのわずか、息をのんだ。
世の中、こんなことをしている同性の幼馴染みがどれほどいるか。普通はいないだろう。ならなぜ、こんなことを許しているのか。
出ている答えを脳裏に浮かべ、丞は無言で冷えた指先に触れてみせた。
「たーちゃん」
紬が寒さを異様に嫌う理由を、丞はよく知っている。だから拒めない。本当は拒んだほうがいいのかもしれないのに。このままではいつまで経っても、苦しむのは丞自身だ。拒めないまま冬が来るたび、紬をこの体で暖め続けることになる。
暖める以外の意味のない触れ合いを、永遠に続けることになってしまう。
しんとした窓の外は、まだ夜が明けはじめばかりだというのに、異様なほど白かった。普段なら向かいの家の屋根の濃さが、黒っぽくすりガラス越しに見えているはずなのに、今朝はそれが見えない。本当に雪が積もったのだ。
丞は小さくため息をつき、ランニングはやはり中止だなと思う。
まだ隣で寝ている紬の長いまつ毛を見つめると、呼吸するたびまつ毛は微かに震えていた。小さく開いた唇からは、小さな唇に似つかわしい、小さな寝息が漏れている。艶のある頬はほんのりと赤く染まり、深夜布団に入ってきたとき冷たかった手足は、すっかり温まっていた。
丞は額に、じっとりと汗をかいている。着ているスウェットは微かに湿っており、吐く息は自分のものながら熱いと感じる。
「またか……。くそっ」
苦しいと、吐き捨てるように言いそうになってしまう。
もうこんな毎日は終わりにしたい。でも、丞からは終わりに出来ない。
下腹部に集まった熱をやり過ごしながら、丞はゆっくりと紬に背を向けた。
寝ているはずなのに、紬の手がスウェットの上着の裾をつかんでくる。
いっそ、紬が誰かのものになればいいのに。丞が終わらせられないのなら、紬がこの関係を終わりに出来るよう、誰かのものになれば。
でも本当に紬が誰かのものになったら、丞は――。
第二章:夜更け、上弦の月
丞の家族と紬の家族とで、二月に旅行へ行ったことがある。子どもの頃の話だ。
コテージを一棟借りて二泊したのだが、帰る日になって突然大雪に見舞われ、もう一泊することが決まった。
訪れたのは山に囲まれた盆地で、降雪は年間を通して東京と変わらないくらい少ない土地だという。
その日も週間予報では雪が降るとは言われていなかったが、急な低気圧の発達で大雪になってしまった。
なんとか帰れないものかと大人たちは困り果てたようだが、電車は早々に運休になっていた。
丞と紬、そして丞の兄である冬雪の三人は、学校を休んでもう一泊できることを喜び、はしゃいでいた。
コテージの庭で真新しい雪に足を取られながら雪合戦をしたり、地元の人でも驚くくらいの積雪の中、小さなかまくらを作り、一人一人順々に中に入って遊んだほどだ。さすがに三人が入れる大きなものは作れなかったが、初めての遊びは楽しくて、丞も無邪気に笑ったのを覚えている。
深夜になり、子供たちだけで寝ている部屋で物音がしたのに気がついて、丞は目を覚ました。するとベランダにつながる大きな窓の前に、パジャマ姿の紬が立っていた。
そのころにはもう雪は降りやんでいて、窓から見える西の空には、沈みかけの上弦の月が光っている。
「つむ?」
眠たい目をこすりながら、丞はベッドの上からそう呼んだ。部屋の入り口側のベッドで寝ている冬雪を振り返ると、すっかり深い眠りに落ちているようで、もぐりこんだ布団が規則正しく上下しているのが見えた。
「雪が積もってるのに、暗いね」
紬の言っていることがわからず、丞は黙り込んだ。まだ月が出ていて少し明るいのに、〝暗い〟というのはどういう意味だろう。それに雪が積もっている日の空は、どこかぼんやりと薄明るいのに。
「たーちゃん、こっちに来て」
手招きをする紬に従って、丞は冷たい絨毯の上に足を下ろした。普段暑がりの丞がこんなに寒いと思うのだ、普段から寒がりの紬がパジャマ一枚だけで布団から出ていることに驚いた。
丞は掛布団を背中に引っ掛けて、引きづりながら窓際に歩み寄る。エアコンがついているはずなのに、体が震えそうなほど寒い。
「入るか?」
と紬の隣で小さく問うと、丸くて大きな目を見開いて、紬は「うん」と嬉しそうにうなずいた。
二人して布団を羽織り、ベランダの向こうに広がる庭を眺める。
丞が見る限り、雪明かりのせいで外は少し明るい。紬はどうして〝暗い〟と言ったのか。
「雪って、氷の粒がいっぱいくっつきあった塊なんだよね」
内緒話でもするように、紬の声が間近で響く。
「ああ」
「その粒と粒の間に光が当たると、反射するんだって。だから雪が白く見えるって、こないだ読んだ本に書いてあった」
「ふうん」
紬はずいぶん話を端折っている。丞にはそれがわかったが、あえて言わないことにした。紬が外を見つめる目が、どこか遠くを見ているように思えたからだ。ここではないどこかを見ているから、明るい雪の夜を、暗いと言っているのではと。なら、どこを見ているのか。
「俺、ここより明るい夜を知ってるよ」
ちらりと紬の目を見ると、きらきらと光っていた。一瞬泣いているのかと思いハッとする。涙に雪明かりが反射して、光っているのかと思ったのだ。
「俺、行ったことがあるんだ。その夜に」
実際は泣いていなかった。その代わりいつも綺麗な海のような水色の瞳が、色を失い透明になったように見えていた。
「夜に行ったことがあるって、どういう意味だよ」
丞はなんとか尋ねることができた。夜は〝行く場所〟ではない。夜は〝なる〟ものであり、時間の概念の一つだ。
「行ったことがあるんだよ。明るい夜に」
「天鵞絨町だって、夜は明るいだろ」
「電柱とか、お店の電気のことじゃないよ」
「ならなんだよ」
「夜をしまっておける場所があるんだ」
「夜をしまっておける場所?」
「うん、もしかしたらここにもあるかもしれないから行ってみる?」
「行くって、どこに……」
「たーちゃん着替えて。あったかい格好して行こう。冬雪くんを起こさないようにね」
紬は二人で羽織っていた布団からするりと抜け、ソファーの上に折りたたんであった自分の服に着替え始めた。眠っている冬雪が身じろいで、丞はドキリとする。冬雪を起こしてはいけない。紬を一人でどこかへ行かせてもいけない。そう思い足を忍ばせて、それでも急いで外へ行く格好に着替えることにした。
着替え終わると紬は、黙ってベランダにつながる大きな窓を押し開け、ぴゅうっと部屋に入り込んでくる風に体を縮こまらせた。
「おい、外に行くのか?」
コテージの別の部屋にでも行くのかと思ったのに。
ベランダには雪が吹き込み、一歩踏み出すだけで部屋よりずっと寒そうだ。昼間遊んだときに窓から入って脱ぎっぱなしにしたスニーカーが三人分転がっており、紬は自分のスニーカーに足を突っ込んでいる。
「たーちゃんも早く靴を履いてよ。窓を閉めないと、冬雪くんが風邪を引いちゃう」
慌ててスニーカーを履いて窓を閉めるが、「そうじゃないだろ! こんな時間に外に出るのは駄目だ!」と声を上げた。
「しぃーっ! みんな起きちゃうから黙って」
人差し指を唇に押し当て、紬は妙に大人っぽい表情でそう言った。するとなぜだか丞も強く言えなくなり、押し黙る。
もし誰かが起きてきて、二人そろって防寒具に身を包んで外に出ていることがばれたら、絶対に叱られるだろう。外に出ては駄目だという自分の正しい主張よりも、紬の「みんな起きてきちゃうから黙って」、という言葉を優先した。
紬はザクザクと進み、ベランダから庭に降りてしまう。風はとても冷たくて、時折り積もった雪を巻き上げている。
遠くを見ると、木立の向こうはなだらかな雪原のようだ。一昨日ここへやってきたときは田んぼだった。雪はこんなにも降り積もっていたんだと、改めて丞は思わされた。
明日、ちゃんと帰れるだろうか。
丞が不安に思っていると、ニット帽をかぶった紬がくるりと振り返り、昼間作ったかまくらを指さした。
「あそこ。かまくらの中。夜をしまっておける場所かもしれないんだ。しまってあるか見てみたい」
どう見てもただの小さなかまくらだ。なんとか子どもが一人入れるだけの洞穴みたいな。それでもよくあんなものを作ったなと思う。
口のうまい冬雪に乗せられて、好奇心旺盛な紬に励まされ、結局ほとんどの雪を丞が運んで積み上げた。中に入っても体を丸めておかなければならないけれど、部屋にいるのとはまた違った静けさに包まれて、不思議な気持ちになったのを思い出した。
夜をしまっておける場所。その夜がどんなもので、それがどんな場所なのかわからないが、かまくらの中は確かに秘密の場所のような気がした。
沈みかけの上弦の月が、静かに光っている。空はぼんやりと薄明るく、曇ってはいないのに白かった。
踏みしめる雪は柔らかく、まだ凍り始めてはいないようだ。いつ頃まで雪が降っていたのかは寝ていたのでわからないが、降りやんだのはつい先ほどだったのかもしれない。
次第に足が冷たくなってくる。昼間散々雪の中をこのスニーカーで遊びまわったので、ぐっしょりと濡れたままだ。つま先から凍ってしまいそうだが、紬はそんなことを気にする素振りもなく、真っすぐかまくらに向かって行く。
「つむ!」
思わず声を上げるが、丞の声は遠くへは行かず、真下の雪にまっすぐ落ちたような感じがした。もしかして雪は音を反射せずに吸収してしまい、音が遠くまで届かないのかもしれない。かまくらの中がいやに静かだったのはそのせいだろうか。
かまくらに到着した紬は、一度だけ丞を振り返り、頭からかまくらの中に入って行く。丞も追いついて中をのぞきこむと、小さく丸まった紬が「ないや」とつぶやくのが聞こえた。
「ないって?」
丞が尋ねる。紬は少し寂しそうな顔をしながら「夜はここにはなかった」と答えた。目を合わせてみると、紬の瞳はまだ透明だった。
「そんな簡単にわかるものなのか?」
紬の言っている〝夜〟がいったいなんなのかわからないまま、丞は尋ねた。こんな雪の降り積もる中わざわざやってきて、ほんの数秒かまくらに入っただけで「ない」と言われても納得がいかない。
「わかるよ。だって、夜は光るんだ」
「光る?」
「あれば光るんだ。いつも光ってるから手を伸ばすんだ」
ますますわからない。しかし紬は手のひらを見つめて黙りこくってしまった。見つからなかったことにひどくショックを受けているように見える。
「いつもって、そんなに何度も見つけたことがあるのか?」
「ううん。まだ三回だけ。でも、あれにさわったら見たんだ」
「なにを?」
「未来」
「……は?」
三日月が昇る夜、紬は夢を見たのだという。大人になった丞と紬が、月明かりの美しいどこかの庭で、笑顔で話をしていたと。
「あそこに行けば、ずっとたーちゃんと一緒にいられるんだ。誰にもヘンだって言われたりしない」
「誰かに変だって言われたのか?」
「うん。ケッコンするみたいに、ずっと一緒にはいられないって。それなのにずっと一緒にいたいなんてヘンだって」
「……結婚とか俺にはよくわからないけど。幼馴染みなら大人になっても、ずっと一緒にいられるんじゃないのか?」
「それは、ヘンなことじゃない?」
「変じゃないだろ? 幼馴染みは友達なんだから。ずっと一緒にいて当たり前だ」
そう言った丞の胸が、なんだか急にチリチリと痛んだ。おかしなことは言っていないはずなのに、なにか違っているような気がして。
「そっかあ……。たーちゃんとずっと一緒にいても、ヘンじゃないのか。……幼馴染みって、ケッコンしなくても一緒にいていいなんて、すごいね!」
紬の瞳に色が戻り、かまくらの中から顔を出して、嬉しそうに丞に抱きついてきた。
冷たい頬が首筋に当たり、丞は氷にでもさわったように驚いて、思わず声を上げそうになった。
「ずっと一緒にいられるね。幼馴染みだもん!」
無邪気にしがみつく紬の背中に手を回し、丞は小さく「ああ」と答えた。力を込めた腕の中に、紬はすっぽりとおさまってしまう。ダウンジャケットを着ているのに小さく感じられた。
少し前までは身長もあまり変わらなかったのに、いつのまに差がついたのだろう。紬はこんなに細くて、小さかっただろうか。
――俺もつむと、ずっと一緒にいたい。離したくない。
浮かんできた心の声に、丞はかあっと体が熱くなった。
いまのはなんだろう。
幼馴染みなのだから、ずっと一緒にいて当たり前だ。あたり前なのに、それだけではない気がした。
幼馴染みだからずっと一緒にいたいのかと誰かに尋ねられたら、なんと返事をしていいのかわからない。
理屈ではなく、ただ単に幼馴染みだからずっと一緒にいる。少なくとも紬はその言葉にこれほどまでに喜んでいる。でも本当に、それでいいのだろうか。
なにがひっかかるのか。なぜこんなにモヤモヤするのか。
紬はなぜ、丞とずっと一緒にいられないかもしれないと思い、妙なことを言い出したのだろう。妙な夢を見て、妙なことを口走って、妙ななにかを探して。瞳の色を失ったようにさせるほど、不安定になってなぜ悩んだのか。
幼馴染みである事実を、丞はうまく受け入れられなくなる。むしろずっとこのまま、幼馴染みでしかいられないのかもしれない。
深夜部屋に戻った二人は、あまりの寒さに同じベッドにもぐりこむ。紬の体はがたがたと震え、丞は必死になって体をさすってあたためた。
尋常ではない震えぶりに怖ささえ感じたが、誰にも言えずとにかく抱きしめて眠った。叱られるのも怖かったのだ。
幸い冬雪にも家族にも気がつかれなかったのだが、朝になって紬の体が熱いことに気がついた。真っ赤な顔をして、濃紺の髪は汗に濡れ、呼吸がとても浅い。こんなに体が熱いのに、紬は小さな声で「寒い、寒い」と繰り返して丞にしがみついてくる。
「つむ!」
ふぅふぅと苦しそうな紬に驚き、丞はすぐに紬の祖母のところへ走った。
「つむの体が熱い! 熱かも!」
案の定紬は高熱を出しており、旅先の病院へ連れて行くことになった。
「俺も一緒に行く! つむが熱を出したのは俺のせいだから!」
と、丞は紬の両親に昨夜のことを話して頼み込んだのだが、自分の両親に制され、先に帰路につくことになった。
電車の中で、こっぴどく叱られたのを覚えている。
「丞と違ってつむちゃんは繊細なんだから! 夜中に外に出たら風邪を引いちゃうことくらい、わからなかったの?」
〝センサイ〟という言葉の意味はわからなかったが、恐らく紬は丞よりも体力がないのだからと叱られていることはわかった。
確かにそうだ。痩せているし、足だって丞よりずっと遅い。それに最近、だんだん丞のほうが体が大きくなってきた。
そうでなくてもあの雪の中、夜中に外に出てはいけなかったのだ。もっと強く「駄目だ」と言えていたら、紬は風邪を引くこともなかったのに。
「どうして外になんか行ったの!」
夜をしまっておける場所がある、などという不思議なことを紬が言ったからだ。普段綺麗な水色の瞳が、急に色を失って透明に見えたのも理由の一つだ。紬がいったいどこを見ているのか、なにを見つけようとしているのか、丞はそれが知りたかった。
結局、探しているものがなんだったのもかわからずじまいだったが、紬が大人になった二人の夢を見たことがあるのだけは知ることができた。
だが丞はその話を聞いて、心の中に正体のわからないものが生まれてしまった。形のない、名前のわからない、霧のような。チリチリと痛むもの。
あれはいったい、なんなのだろう。
紬が探していた光る夜を見つけ、明るい夜を見に行けば、わかるのだろうか。