誘惑(丞紬) からだを重ねたあと、まだ熱い手のひらで丞は紬の髪に触れてくる。
額の横から指を入れて、汗で湿った濃紺の髪をかきあげ、そのままゆっくりと頭をなでる。
紬が幾つかまばたきをして見つめると、優しい笑みがこぼれた。
その表情は妙に甘ったるくて、快感の余韻に浸っているように見えた。
そんな顔で見つめられたら、また抱きしめて欲しくなる。
「……朝練があるから、もう寝ないとだよな」
丞はそう言ったくせに、紬の髪を指にくるくると巻きつけ、視線をそらそうとはしない。
まだ触れていたいという欲求があふれだしているように思えて、「もう一度したい?」と紬は静かに尋ねていた。
少なからず紬は望んでいるのだが、あまり露骨な表現になってしまわないよう、声のトーンに気を遣った。
「は?」
丞は一瞬動きを止めて、驚いたように目をみはった。
「えっと、いつも一度きりだから。丞はそれでいいのかなって」
「……なんだ急に。誘ってるのか?」
「そんなつもりはないけど、そう聞こえちゃった?」
うかがうように首をかしげると、丞はばつの悪そうな顔をして、どっかりと紬の隣に横になってしまう。
「俺の勘違いだ。もう黙って寝ろ。朝練に寝坊していくわけにはいかないからな」
勘違いではないのだけど、丞がそんなに察しがいいとは思わなかった。見抜かれてしまうくらい、物欲しそうな顔をしていたのだろうか。ちゃんと隠していたつもりなのに。
「勘違いじゃないって言ったら?」
「……馬鹿、そんな体力ないだろお前」
「やってみなきゃわからない」
真顔で言うと、丞はあからさまに大きなため息をついて、紬のひたいをパチンと叩いてきた。
「あいたっ!」
「お前なぁ、俺がどれだけ我慢してるのかわかってるか?」
「……わかってない、かも。どれだけ我慢してるの? 教えてよ」
「眠れないときがある。この俺がだぞ?」
「そっか、じゃあすればいいんじゃない?」
「は?」
「我慢はカラダによくないから」
「聞いてたか? 朝練があるんだぞ? リーダーのお前が決めたんだ。朝弱いくせに夜ふかしを肯定するな」
「でも、丞だって眠れなくなっちゃうかもしれないんでしょ? 夜ふかしをすることになるかもしれない」
「はぁ……。悪かった、そのことは忘れて黙って寝ろ」
「だって悶々として夜ふかしするくらいなら、すっきり夜ふかしをした方がいいと思わない?」
「は? すっきり夜ふかしってなんだよ、ったく」
普段キリっと上がっている丞の眉が、八の字になった。
そんなにおかしなことを言っただろうか。
「ねえ」
「なんだ」
「試してみようよ。俺が大丈夫か」
「……お前、どうなっても文句言わないって約束できるのか?」
「うん」
「お前が誘ったんだからな?」
「……うん」
「……なら、遠慮はしない」
「え!? ……わっ! 待って! 急すぎ……っ!」
ガバッと勢いよく体を起こした丞に馬乗りになられ、紬はロフトベッドの上で慌てふためいた。
誘惑してみたものの、実際にもう一度丞の熱のこもった瞳を見たら、一瞬にして後悔した。
――煽りすぎたかも!
容赦のない丞の唇が、再び紬の体に熱を落とし始める。
「待って!」
と、言ってみるものの「待たない」とキッパリと断られ、観念した。
「今日お前の体力がもったら、次からも二回目ありってことになるよな? 楽しみだ」
わざとらしく舌なめずりをして、丞はニヤっと笑ってみせた。
「もぉ! この体力馬鹿!」
覆いかぶさってくる丞の背中に腕を回し、「優しくしてよ!」とわめいてみせた。
「わかってる。今までだって、乱暴になんかしたことないだろ?」
どうなっても文句を言うななんて言ったくせに、丞の手も声も、愛情に満ちていて優しかった。
夜は更ける。
狭いベッドの上で、丞の熱い手のひらが、また紬の髪にそっと触れてきた。
「声は、押さえろよ」
秘密めかした声で言う丞に、紬はもううなずくことしかできなくなっていた。
-完-